第一話 ・鎖・
「エリカ、は、早いですよっ!」
「お姉ちゃんが遅いんだよー!」きゃっきゃと高い声を上げるエリカは、今年で九つ。そして、息を切らしているアイリスは十四。
美しく長い黒髪のアイリスは、右目に眼帯をしている以外は整って美人と言うしかないような顔立ちで、肢体は細い。少し病気がちで、体が弱く、気も大人しい。・・だが、アイリスには青い左目と同じようには、右目が無かった。本当に、欠けているのだ。生まれつきに。その目蓋は開いてもそこには眼球が無い。
金髪を短く切ったエリカはいかにも子供らしく、可愛らしい。金色の眼はきらきらと輝いて、しっかりと筋肉の付いた体つきから、外で跳ね回る様子が伝わってくる。
ぱっとみた容姿は似てないけれど、やっぱり面影は同じだ。二人とも、村のみんなに好かれ、優しかった。
「お姉ちゃん。ほら!こっちこっち。」
アイリスの手を引いて、エリカが連れて行ったのは美しい百合と鈴蘭が咲く場所。アイリスは、花が大好きなのだ。
「わぁ・・。綺麗!エリカ、有難う。」
「お姉ちゃん。これからも、大人になっても、ずーっとエリカと一緒にいてね!」あらかじめ摘んでおいたのか、ほんの少ししおれかけた百合をアイリスに手渡し、エリカはにこっと笑った。
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「こんにちは。」
「あ、こんに・・・っきゃあああっ!」
村の入り口で、悲鳴が上がる。マントを羽織った男が、若い女の子の喉元に鋭いナイフを突き立てている。あとほんの少しでも力が入ればそのまま喉を切り裂いてしまいそうだ。
「おい。ここの長はどこだ?案内しろ。」
冷たく響く声と鋭いナイフに怯えきった少女は、素直にその村の長、アイリスとエリカの両親の元へと案内した。
「・・・?」一瞬、アイリスの眼が止まる。どうしたの、とエリカが聞いた。
「なにか・・聞こえる・・?」不思議そうに呟くアイリスだが、エリカは「全然聞こえないよ?」と答えた。
『ザザッ!ザーー・・。娘を・さ・・出す・・から、ザァー、村は助けてくれ!アイリスと』
『アイリスとエリカを連れて行って良い!だから、村には手を出すな!』酷くノイズのかかった音が、アイリスの耳に入る。徐々に鮮明になっていったその‘‘音‘‘は、確かに。父の、声だった。
瞬間、アイリスの血の気が引く。逃げなくては、と全身が叫んでいた。
「っ!エリカ!!」
「おじょーさま。見っけぇ・・♪」叫んだのもつかの間、頭の上から声が降る。アイリスもエリカも、頭上を見上げて其処にいたのはあやしく笑う女。
ひゅん!耳元で空を切る音がしたかと思うと、アイリスの口元は硬く抑えられていた。視界の端に入ったエリカも、同じだ。
「お二人さん♪アタシはリンダ。昔はこの村に住んでたの。・・アイリスと、エリカ。あんた達は生け贄よ、パパとママはあんた達を差し出したんだよ、」
あはははははっと、リンダと名のった女は笑った。そして、二人を突き飛ばす。
逃げたいのに、逃げられるはずなのに、二人は動けない。ぴりり、と首筋に痛みが走り、エリカを見ると、その首に訳のわからない機械が張り付いていた。アイリスにも付いているのだろう。
「逃げようとしてもムダ!‘‘研究所‘‘までは動けないわよ。」
そう、言われたのを最後にアイリスとエリカは意識を手放した。