第9話 初パーティー
「本当に困ったと思っているのか?」
強い口調で俺はヒストリアに言った。
「ええ。だって、S級クエストに無印冒険者が挑むのですよ? 確実に死ぬじゃないですか? これが困ったことでなくて何なのでしょう?」
顔色ひとつ変えずにヒストリアが言う。
「よくも平然と言えるな」
「私は事実を言ったまでです」
「さすが、ギルド評議員の娘は違うな。親父の魔道士エリオットそっくりだぜ、その冷酷さ。きっと将来立派な評議員になることだろうよ」
俺の皮肉にもヒストリアの表情は変化しない。
「あのさKK。ヒストリアは間違っていないわよ」
ヒルダの声だ。いつの間にかフレデリカの手を繋いで俺の後ろに立っていたのだ。
「ヒルダ、お前までそんなことを言うのか? そのサキュバスの娘がどうなってもいいのか?」
「よくはないわ。私だって心配」
ヒルダがフレデリカを見る。フレデリカがニコッと笑顔で返し、ヒルダの手をぎゅっと握りしめた。
「だって……まだ子どもなんだよ?」
「だろ? だったらお前からもヒストリアに言ってくれ。こんなのおかしいって」
「それは無理。ギルドルールは絶対なんだから。だからね」
ヒルダが一呼吸置いてから言葉を続けた。
「KKがこの子をパーティーに入れてあげたらいいんだよ」
「は?」
「聞こえなかった? KK、貴方、フレデリカとパーティーを組んであげて」
「……意味がわからないんだが。俺はこの8年間、ずーっとソロなんだ。今更パーティー、それもこんなちびっ子サキュバスをパーティーに入れるなんてあり得ない」
「じゃあ、この幼いフレデリカを一人でダンジョンに放り込むの?」
「それはだな」
フレデリカを見る。身長150センチ程度。粗末な服に華奢な身体。どう見ても武芸のたしなみも武具の扱いもわかってなさそう。こんなの、スライムにすら負ける。
「どうなの? フレデリカを見捨てるの、助けるの?」
ヒルダの声が響く。周囲の冒険者も事情を察したらしく、またもや俺に視線が集まった。本日三回目。
「……くそ」
舌打ち。フーッと息を吐き、ヒルダとフレデリカを交互に見る。フレデリカは視線が集まっているのが気恥ずかしいのかソワソワしていた。
「……わかった」
「何が?」
「つまり、俺がこのちびっ子をパーティーに入れればいいんだな?」
言い終わるや否や「だめですよ」とヒストリアが間髪入れず否定した。
「何がだめなんだ?」
「それではKKさんがリーダーになってしまいます」
「それがどうした? 当たり前だろ? 俺はS 級、フレデリカは無印だ。俺がリーダーに決まってるだろう?」
俺の言葉を聞いたヒストリアが首を横に振った。
「クエスト受注はパーティーリーダーしかできない。ギルドルールです。知りませんでした?」
「知るわけが無いだろ? 俺はソロ冒険者だ。そんなルール聞いたこともない」
「覚えておいてくださいね」
「ああ覚えておこう。お前らギルド評議員は血も涙も無いとな」
「私はギルド評議員ではありません。評議員なのは父です」
「知ってる」
俺は苛つきながら台詞を続けた。
「そのギルドルールとやらのせいで、こいつに一人でナンバーダンジョンに行かせるしかないんだ。血も涙も無いじゃないか?」
「え? どうしてですか?」
「だって、パーティーのリーダーしかクエスト受注できないんだろ? クエスト受注したのはフレデリカだ。俺じゃない。だから俺がパーティー結成してフレデリカ加入させることはできない。よってフレデリカは一人で危険なクエストに行く。これのどこに血や涙が有るってんだ?」
「え? 血も涙もありますよ? ギルドルールは冒険者のためのルールなんですから。わかりませんか?」
ややあってヒルダが「あ」と声を出す。
「なるほど、そういうことね。ふふ」
ヒルダがニヤけた笑顔で俺を見た。
「気持ち悪いぞヒルダ。言いたいことがあるならはっきり言え」
イラッとした声で俺が言うと、
「まだわからない? KKがフレデリカちゃんのパーティーに入ればいいんだよ」
「? 言ってる意味がわからないんだが」
「そのままの意味だけど? よかったね、KK。初パーティーじゃない。残念だけどスターゲイザーへの勧誘は諦めるわ」
ヒルダが笑いをこらえながら言った。そして俺も理解した。
なるほど。フレデリカがリーダーになればいいのだ。俺じゃなく。
「ちょっと待て! なんでこいつがリーダーなんだ!? 俺はS級だぞ? フレデリカは無印だぞ? なのにリーダー? おかしいだろ!」
「おかしかろうがおかしくなかろうが、それしかフレデリカさんを救う方法はありません。私の経験上フレデリカさんがパーティーを組める可能性は皆無です。KKさんがパーティー加入を断れば、数日以内にフレデリカさんは死ぬでしょう」
顔色一つ変えずにヒストリアが言った。
確かにその通りではある。
だが。
こんな、ちびっ子サキュバスが俺のリーダーだと?
「KK、フレデリカのパーティーに入ってくれないですか?」
残念そうにフレデリカが俺を見上げる。
「入っておやりなさいよ、KK。この子が死でんもいいの?」
ヒルダがフレデリカの頭をなでつつ言った。
「それは……嫌だが……」
「なら決まり。よかったね、フレデリカちゃん。KKがパーティーに入ってくれるって」
「本当ですか! ありがとうなのですKK! むふう!」
鼻息荒く俺を見つめるフレデリカ。俺は考える。
こいつをデブから救ったのは俺だ。もし助けなければデブからひどい陵辱を受けたかもしれない。だが死にはしなかっただろう。あるいは直前で逃げ出せたかもしれない。俺が助けたばっかりに、金貨入り革袋をあげたばかりにフレデリカは金貨を払い、冒険者ギルドに登録してしまったのだ。
「わかった。今回だけだぞ。このクエストが終わったら家に帰れよ?」
「はい、もちろんです」
本当だろうか。
「よかったね、フレデリカちゃん」
ヒルダが言った。
「はい!」
かくして、俺はフレデリカとダンジョンクエストする羽目に陥ったのだった。