第5話 フレデリカは冒険者になりたい
「さっきも言ったろう? 未経験のお子様サキュバスにパーティーなんか組めるか」
「えー……」
「えーじゃない。だいたい、サキュバスのくせに、なぜ冒険者になりたいんだ?」
「なりたいんだもん」
「理由になってない。いいか、サキュバスだったらサキュバスらしく……」
言いかけてやめた。いくらサキュバスとはいえフレデリカは子どもだ。身体を売れとは言いにくい。
「メイドか給仕になれ」
メイドも給仕もサキュバスお得意の職種だ。売春ほどではないが。
「やだ! フレデリカ、冒険者がいい!」
「なんでそんなに冒険者になりたいんだ?
「冒険者、かっこいいです! お金持ちです! むふー!」
鼻息荒くフレデリカが言った。
「確かに成功すれば金持ちにはなれるが……」
冒険者として成功するのはごく一部だ。成功するためには仲間を見捨てる勇気、友人を裏切る非情さ、打算と欺瞞で動く狡猾さが必須と云っていい。フレデリカを襲ったハアトとかいうデブ、あれが典型的なS級冒険者だ。もちろん、例外もいる。
「金持ちになってどうするんだ?」
「フレデリカ、お母さんのためにお金稼ぐの。お母さん、毎日朝から晩まで働いているのに、お給金少ないです」
「母親はどこで働いてるんだ?」
「王都の外れにあるお宿です」
冒険者ギルドはいくつかあるが王都のそれが一番規模が大きく、報酬もいい。一攫千金を夢見る冒険者が王国全土から集まるのが王都であり、そんな冒険者相手に多数の宿屋が存在する。
「お母さん、毎日大変そうなのです。だから、フレデリカが冒険者になってお金稼ぐの」
「金ならさっき渡したじゃないか」
俺はテーブル上の革袋に視線をやった。
「いいか? この中には金貨が100枚以上入っている。1、2年は遊んで暮らせる額だ。お前の母親の稼ぎを補うには十分すぎる。冒険者になる必要なぞ無い」
「えー! やだ、フレデリカ冒険者になりたい!」
「あのな」
やや強い口調で俺は言った。
「S級クエストの報償は最大でも金貨10枚程度だ。金貨100枚ということは、S級クエスト、それも大規模なやつを10回以上こなさいと手に入らない金額なんだぞ? さっきお前を襲ったデブですら、金貨100枚稼ぐのひは数ヶ月はかかる」
「そんな大金をKKは盗んだですか?」
「だから、盗んだんじゃない! 慰謝料だ!」
「むー。でも……」
「でもじゃない。いいか? さっきも言ったように冒険者というのは……」「あーもー、わかったです! KKの言う通り、その金持って家に帰るです!」
渋々ではあるが、フレデリカは頷いた。
「やっとわかったか。とにかく、冒険者なんか諦めて、サキュバスらしく生きろ。サキュバスで一番金儲けできるのは貴族のメイドだ。大きくなったら、冒険者の修行ではなくメイドの修行をしろ。いいな?」
「メイドってなんです?」
「お手伝いさんのことだ」
「お給金、良いですか?」
「貴族のメイドならば、な」
「わかったです。フレデリカ、貴族のメイドになりますです」
「それがいい。がんばれよ」
「はい。いろいろありがとなのです、KK!」
「おっと、忘れるところだった。これを持って行け」
俺は自分のズタ袋からブレスレットを取り出しフレデリカの腕にはめた。
「なんです、これ?」
「【幽玄の滴】というブレスレットだ。これをつけている間、すべての物理攻撃をかわすことが出来る」
「へえ! こんなの、もらっていいですか?」
「ああ。この前のクエストで拾ったものの、不死身の肉体をもつ俺には無用だからな。お前にやるさ。これで盗賊に襲われる心配もない。効果は身につけてから1日間だ。寄り道せずに家に帰れ」
じゃあな、と言って俺は食堂を後にした。