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ゾンビマン  作者: 上城ダンケ
ロンサム•クロウ
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第2話 ゾンビマン

「なあ、おっさん。話聞いてなかったのか? 俺様はSランクのハアト様だ。ギルドに出入りしている身なら聞いたことあるだろ、俺の噂」

「ああ、勿論ある」

「なんだ、あるんじゃねーか」


 デブが満足げに笑う。


「脂肪に栄養をとられて脳細胞が少ないとか、身体の割にはナニは小さいとか、色々有名だぜ、ハアト様ってデブ」


 デブに合わせて俺も笑ってみた。


「テメェ……殺されるのが趣味なのか? いいだろう、テメェの趣味に付き合ってやるぜ!」


 デブが剣を抜きいた。


「東洋仕込みの拳法が自慢じゃ無かったのか?」

「うるせー! テメェみたいなヤツに俺の拳はもったいねーんだよっ!」


 デブが剣を俺に向かって振り下ろした。デブにしては速い剣だ。しかし問題ない。軽く身をひねって剣を避ける。


「い、いつのまに剣を!?」


 狼狽するデブ。仕方ない。気がついたら喉元に俺の剣があるんだからな。


「このあと、俺は腕に力を入れ刃を押し込む。すると、お前のアタマは肉と骨の切れる音を聞く暇も無く床に転がり、血の海に沈む。どうだ? 試してみるか?」


 右手に力を入れた。俺のロングソードの先端がゆっくりデブの皮膚に突き刺さっていく。ぽた、ぽた。とデブの表面から血がしたたり落ちてきた。肉を数ミリ切ったところで俺は剣を止めた。


「どうする? 続けるか?」


 兜の中からデブに向かって微笑んだ。


「あ、あ、ひっ、ひ、うぎゃーっ!」


 さっきまでの勢いはどこへやら、デブが悲鳴を上げた。


「ハアト様! こいつ、人間じゃありませんぜ! 魔法軍崩れの死霊野郎、()()()()()だ!」


 デブの取り巻きがデブの遙か後方、安全な場所から叫んだ。


「ゾンビマンだと!?」

「そうでサァ!」


 首の剣を肉に食い込ませつつ、デブが俺を見た。


「ダンジョンでもないのに黒い甲冑……あの、ゾンビマンかッ!」

「その呼び方は好きじゃない」

「ひ、ひーっ! 誰か! 誰か、俺を助けてくれーっ!」


 怯えたデブが絶叫する。だが怯えているのはデブだけではない。ゾンビマン登場と聞いて、酒場が軽いパニック状態。あわてて酒場を出て行く者もいる。


 無理もない。俺は魔法軍崩れのゾンビマンだからな。


 今でこそ魔物狩り・ダンジョン攻略はビジネスあるいはレジャーとして老若男女に大人気だが、10年前までは違った。


 10年前、北の城壁の向こうから突如魔王軍がマルムスティル王国に侵攻してきた。いわゆる人魔大戦だ。

 魔族に通常の常備軍では刃が立たない。建国以来魔王の脅威に備えてきたマルムスティル王国には王立魔法軍があった。

 俺はそんな魔法軍の隊員だった。

 激戦のすえ、俺たち魔法軍は魔王を追い詰めた。1000人はいた魔法軍は全滅。生き残ったのは俺を含む数名だ。俺たちは古代魔法遺跡の最奥部に進み、魔王を倒すことに成功したのだが……。


 なんと魔王の野郎、死の直前に最後の力を振り絞り俺たち魔法軍の生き残りに呪いをかけやがった。奴が死んだその瞬間、誇り高き黄金の魔法軍甲胄があっという間に真っ黒になってしまった。


 王立魔法院の鑑定によれば、その呪いの名は黒い安息日(ブラックサバス)。なんと俺たちはゾンビにされてしまった。青く変色した皮膚。眼球は存在せず眼窩の奥が不気味に赤く光っている。死霊ゾンビそのものだ。やっかいな事に太陽の光に当たると死ぬらしい。おまけに人間としての理性・知性も時間とともに失われていくみたいだ。なのに食事は必要。理不尽だよな。


 他人をゾンビにできるかって? 試したことはないが、噂ではできるらしい。マジもんのゾンビだな。だが一点、本物のゾンビと違うところがある。かつては黄金色、今は黒く変色した魔法軍の甲胄を着ていればゾンビ化はある一定以上進まない。さらに太陽光を遮断してくれるらしく、死ぬこともない。


 とまあ、こんないきさつで俺はゾンビマンとなってしまった。魔法も使えない。だから魔法軍から除隊さ。


 俺の仲間の多くは自死を選んだ。甲胄を脱いで太陽光のもとで歩けば数秒で死ねる。だが、俺は生きることを選んだ。


 俺は「冒険者」となった。ギルドに所属、適当にモンスターを倒しては日銭を稼ぎ、その金で……まあ、いい。話すのはよそう。


 魔王は討伐されたが魔物は全滅したわけではない。マルムスティル王国の至る所で人魔大戦の遺物である地下要塞巣——いわゆるダンジョンに残党魔物が住み着いたり、古代モンスターが復活したりなどして禍を為すようになった。と同時に自然発生的に魔物退治を請け負う冒険者ギルドができた。


 魔王討伐戦で魔法軍が壊滅してから10年。いまや、だれもかれもが「冒険者」となって、レジャー感覚で魔物ハンティング。平和な時代だ。そんな平和な時代。魔法軍崩れの死霊野郎、ゾンビマンの話は一種の都市伝説として生き残っていた。目が合ったらゾンビにされるとか、呪われし甲胄に触ったら手が腐るとか尾ひれが付いてな。


 デブも噂ではゾンビマンのことを聞いていたのだろうが、まさか目の前にいる俺がゾンビマンとは思っていなかったようだ。俺は何度もこのデブをギルドで見かけていたのだがね。


「そ、そのサキュバスはお前にくれてやる! だから……だから、俺から手を離せ! お、俺はゾンビなんかになりたくねーっ! 腐れチンポになるのはいやだーっ! 俺は、まだ女とやりてーんだーっ!」

「腐れチンポだと? 失礼だな。別に腐ってないぞ?」

「頼む、ゾンビマン! 許してくれーっ!」


 醜く叫ぶデブ。


「な、頼む! ステーキも弁償する! だから、許してくれゾンビマン!」

「その呼び方は気に入ってないと言ったはずだが?」

「ひいあああ! わ、悪かった! 俺が悪かった!」


 俺は剣を鞘に収め、デブから離れる。


「弁償しなくてもいい。とっとと失せろ」

「ひぃいいい!」


 ものすごい勢いでデブが去って行く。そのあとを取り巻き連中もついていった。


「えーと、えーと、ゾンビマンさんて言うですか? あ、ありがとなのです!」


 サキュバスの少女が上目遣いで俺に礼を言った。

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