第16話 ダンジョン最下層
飛び込んだ瞬間、床と壁、そして光が消失した。
ブオンと空間が歪み、落下の感覚と闇が俺たちを襲う。間違いなくテレポーテーション・トラップだ。
「何が起こったですか? 揺れてるの?」
道の身体感覚にフレデリカが戸惑う。ややあって落下と歪みの感覚が消えた。空間の歪みが終わったのだ。
だが光りは帰ってこなかった。正確には光はある。だが確実に先ほどよりは暗い。フレデリカに松明を持たせてて良かった。
暗視できないフレデリカにとっては闇でしかない光度であろう。俺でも注意が必要な暗さだ。
フレデリカを肩から下ろす。
「俺の背後から照らしてくれ。お前の松明が頼りだ」
「こんなこともあろうかとフレデリカは松明を持っていたです」
いや、その松明、俺が持ってきたんだが。
「下層の敵は平気で魔法を打ってくる。くどいようだがそのブレスレット、【幽玄の滴】は魔法には意味が無いからな」
「ゴキブリさんにも効かないし、トラップも防げないし、全然役立たずなのです!」
「そう言うな。無いよりかはましだ」
瞬間移動トラップは水平方向か垂直方向の特定の場所にしか標的を移動させられない。ヒルダもこの部屋に来たはずだ。
「ヒルダ、いるか?」
返事がない。フレデリカも松明でヒルダを探すがいないようだ。
とりあえず外に出よう。
俺とフレデリカは扉のある方角へまっすぐ歩いた。ノブに手をかける。下を見るとごく最近扉が開閉した形跡があった。それも複数回。
間違いない。チルドレンオブザグレイブもヒルダもここに来て扉を開けたのだ。
「いくぞ」
扉を開けるべく、ノブを回した瞬間、扉が消えた。
慣性の法則に従い、俺とフレデリカはダンジョンの通路につんのめってしまった。
俺たちが通路に出ると、扉は閉じ壁と一体化した。もはやどこに扉があったのかわからない。
「え? KKとフレデリカちゃん?」
いきなりのヒルダの声。通路の数メートル先にヒルダがいた。深紅に輝く魔装剣クロスファイアを両手で持ち、1体のオークと戦っていた。
「ヒルダ!」
「遅いよKK!」
言うが早いか真っ赤に燃える魔装剣クロスファイアを真横に切り払う。オークの腹部が真一文字に抉られ、グハッとオークが短い悲鳴を上げる。肉と脂の焼ける嫌な臭いが漂う。
「見たでしょ!? このオーク、熱耐性あんのよ!」
魔装剣クロスファイアは魔法力で発熱する。通常発熱したクロスファイアに切りつけられた敵は一瞬で蒸発する。それほどにまで高熱なのだ。だが目の前のオークは違っていた。肉が焦げこそすれ、蒸発することも全身に火が付くこともない。
「おまけにカタいしっ!」
両手で魔装剣クロスファイアを握りしめ、ヒルダが言った。本来ヒルダは二刀流の使い手だ。そのヒルダが肩で息をしながら、両手で一本の剣を振るっていた。
「グガァァ!」
ヒルダの頭部を掴もうとオークの手が伸びた。
「はっ!」
ヒルダの剣がオークの手を下から受け止める。通常であれば切り落とされたであろうオークの両腕は、ヒルダの頭上で静止した。皮膚こそ裂けたが骨にまで刃が到達しない。
「マジあり得ないんだけど! このオーク堅すぎ!」
長剣がめり込んでいるにもかかわらず、オークはなおもヒルダを叩き潰そうと力を込める。ヒルダも魔装剣でそれを防ぐ。魔装剣とオークの両腕が空中で静止した。
「ナイスだ、ヒルダ!」
「え?」
剣を抜いて俺はヒルダとオークの間に割って入った。オークの懐に飛び込み、両手の剣をがら空きになったオークの両脇に差し込む。
「ウガッ……!」
脇の下はどんなに鍛えても筋肉が付かない急所だ。まるでチーズに串を刺すかのように剣が刺さっていく。
オークがひるむ。そのタイミングで俺は剣の角度を変える。あばら骨の隙間から肺に向けて切っ先を突き立てるためだ。
生命の危機を感じ取ったオークが両手で俺の頭をつかもうとする。だが。
「でりゃああ!」
既にオークの両手は存在しなかった。なんとかヒルダが切断したからな。
両腕から吹き出す返り血を避けつつ、俺は剣を肺に突き刺していく。ズブ、ズブブブと空気が抜ける音が周囲に響く。オークは叫ぼうとするが声帯に十分な空気が届かないらしく声が出ない。
俺の攻撃は止まらない。オークの身体に刺さったままの左の剣を放置し、右の剣だけ抜く。そしてオークの心臓に長剣を突き立てた。
「グギャアアアアッ!」
オークが断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。