第13話 ドッグタグとトラップ
「やれやれ。ダンジョンゴキブリだけはS級になっても苦手だわ。だって剣が臭くなるんだもん」
「俺も苦手だ」
「やっぱり?」
ヒルダが笑う。
「ところでKK。こんな上層階でダンジョンゴキブリというのは珍しいと思わない?」
「思うぞ。上層階にはダンジョンゴキブリはほとんど来ないはずだからな」
俺のセリフを聞いたフレデリカが、
「どうしてです?」
と不思議そうに聞いた。
「食い物がないからだ。ダンジョンゴキブリはダンジョンの奥深くに住み、死体を主たる食料としている。ダンジョンの奥には冒険者が倒したモンスターの死体がどっさりだ。もちろん、モンスターやトラップによって死んだ冒険者の死体も豊富にある。死体を食う奴らにとってダンジョン最奥部はパラダイスといっていい」
ダンジョンゴキブリは死体の始末屋だ。ダンジョン内にとどまっていれば益虫といえなくもない。だからといって親しみは持てない。焼かれてもなお猛烈に臭い煙を出す連中なのだ。ヒルダの魔装剣「ウィンドオブチェンジ」がなければ大変なことになっていただろう。かといって焼かないとこれまた猛烈に臭い体液に脚を突っ込むことになる。
バチバチと燃えるゴキブリだったが、やがて炎が消えた。
「終わったようだ。先を急ごう」
歩き出そうとしたその時、フレデリカが立ち止まった。
「あれ? 灰の中で何か光っているですよ?」
ヒカリ苔のわずかな光を何かが反射していた。一つ、二つ……。全部で五つだ。
「ドッグタグね」
ヒルダが灰の山に近づき、手にした。
「それも最近食べられた死体のものだよ」
「もしかしてチルドレンオブザグレイブか?」
不穏な予想が頭をよぎったが、
「違う。彼らの名前じゃない。知らない人たち」
とヒルダが否定した。
「おそらく救出クエストのパーティー。でも、だとしたらS級パーティーのはずよね? 未踏破ダンジョンならまだ知らず、マップ完備のナンバーダンジョンだよ? どうしてこんな上層で死ぬの?」
ヒルダがいぶかしげに言う。
「何かトラブルがあったんだろう。詮索しても意味は無い。先を急ごう。そのドッグタグはヒルダが持っていてくれ」
「うん」
「先を急ごう。もう少し行ったところに下へ下りる階段がある」
マップを確認、ダンジョンを奥に進む。三つ目の角を右に曲がってまっすぐ進み、行き止まりで壁を押す。すると隠し階段に行き着くはずだ。かつては階段に至るまでに落とし穴や槍のトラップがあったとことだが、当然全て破壊されている。
そんなわけで問題なく隠し扉の前に来た。マップに書いてあるとおり、壁の一部を押すと扉が回転した。空いた隙間からひんやりした空気が流れてきた。
次の瞬間。
俺はフレデリカを抱きかかえ地面に転がった。
「きゃ!」
突然の衝撃にフレデリカが悲鳴を上げる。
隠し扉の奥、地上1メートルの高さから複数の矢が放たれたのだ。矢の弾道を読むことでほとんどの矢はかわしたが、フレデリカをかばっているため、どうしても一本だけは避けきれず、甲冑の背中部分をかすめてしまった。甲冑に弾かれた矢がヒルダの頭部目がけて飛ぶ。
パサ、と髪の毛がとちる音。
「隠し矢か。古典的トラップね」
並の冒険者ならば頭部を射貫かれていただろうが、ヒルダはS級のなかのS級だ。かすかな空気の振動と異音、そして俺の行動を瞬時に予測し矢の飛行プランを計算。数本髪の毛を散らした以外は全くのノーダメージだ。
乱れた髪の毛を整えた後、ヒルダは壁に刺さった矢を抜く。
「見てKK。この矢、木のシャフトに石の矢尻で出来ている」
「メタルスキル回避か」
メタルスキル。金属探知のスキルだ。文字通り金属を探知する。微弱な磁場の変化を読み取るのだ。このスキルを持つものであれば大概のトラップは事前に察知可能となるが、木と石でできた弓は発見できない。
「ねえKK、おかしくない?」
「なにがだ?」
「だって、ここって第3ダンジョン。つまりナンバーダンジョンなんだよ? 何度もマッピングクエストされているんだよ? いくら木製だからって、石の矢尻だからってマッピング漏れなんてありえる?」
「あり得ないと考えるのが妥当だろうな」
木製とはいえ、隠し弓は原始的かつ古典的なトラップだ。これまでのパーティーが見逃すわけがない。
「どういうことです?」
フレデリカが不安そうな表情で俺を見上げた。