第419話 冠魔族
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黄金迷宮〈キャメロット〉のエントランスホール〈星道十三聖選〉から移動できる十三の扉の先には、それぞれ異なる環境が広がっている。
〈魚座〉の水場フィールドほど過酷な環境は殆どないが、各フィールドは現地の魔物に合わせた環境になっているので、人間側にとって不利な環境であることも珍しくはない。
その中でも〈双子座〉のダンジョンフィールドは人間側に優しい環境設定にしている。
〈双子座〉のフィールドは大理石で構成された石造りの回廊で、周りは白い硬質な壁に囲まれている。
特殊なフィールド効果もなく、出現する魔物の強さを除けば難易度はかなり低い。
フィールドの難易度が低い代わりに、魔物は二体一組という特殊条件を付けている上に、魔物の種類が多く、個体ごとの戦闘力が高いため、総評としては高難易度寄りの中難易度といったところだろうか。
「さっそく出てきましたね」
〈双子座〉の大理石の回廊を緊張した面持ちで先頭を歩いていたテオドールとヴィルヘルミナの目の前に二体の魔物が現れた。
額から一本の結晶角を生やしたウサギ系の魔物で、種族名は〈闘晶角兎〉。
回廊の先から姿を現した二体のバトルホーンラビットは、俺達を視認すると後ろ足で立ち上がり、まだ距離がある俺達の前でシャドーボクシングを始めた。
二足で立ち上がった今のバトルホーンラビットの背丈は二メートル近くあり、前足でシャドーボクシングをする姿も様になっている。
選考理由の半分ぐらいはネタで選んだ魔物だったが、テオドールとヴィルヘルミナの初戦の相手にはちょうどいいだろう。
「リ、リオン公。デカいウサギ達が立ち上がって何かしてますが、あれは何か意味があるのですか?」
「挑発ですね。自らを鼓舞する意味もありますが、挑発の方が大きいでしょう。見た目通り近接格闘を得意としているので、先に仕掛けるなら今がチャンスですよ」
二体のバトルホーンラビットは横に並んだままジリジリと近付いてきている。
シャドーボクシングをしながら近付くというネタみたいな魔物だが、一定の距離まで近付くと猛攻撃を仕掛けてくる猛獣でもあった。
遠距離攻撃手段がないため、一方的に攻撃するなら今しかない。
「──〈竜体装起〉」
俺とテオドールの話を横で聞いていたヴィルヘルミナが、年相応の可愛らしい声で冠魔族の〈秘血特性〉を解放する。
冠魔族であるヴィルヘルミナが使ったのは、竜人または龍人族系統の人類種のみが使用できる秘血特性だ。
魔人種冠魔族のヴィルヘルミナには本来使用できない秘血特性だが、冠魔族の種族特性がそれを可能にしていた。
冠魔族の種族特性を表現するなら、『これまでに受け継いできた血の中にある他種族の種族特性を発現する』特性といったところだろうか。
発現可能な他種族の力は最大六個で、冠魔族の象徴である三対六角の魔角と同じ数なのは偶然ではないだろう。
冠魔族であれば誰でも発現できるわけでなく、そういった者は魔人種屈指の魔力量ぐらいしか種族的恩恵はない。
仮に発現しても、それにより得られるのは種族特性のみであり、種族特性には外見上では発現の有無の確認ができないものが多いため、自分が他種族の力を発現していることに気付かない冠魔族も珍しくないらしい。
そんな冠魔族において、たった七歳で他種族の種族特性の真髄とも言える秘血特性まで使えるヴィルヘルミナは間違いなく天才だろう。
そしてそれは、ヴィルヘルミナの双子の兄であるテオドールも同様だった。
「──〈竜体装起〉」
ヴィルヘルミナに続いて同種の力を解放したテオドールの肉体に宿る竜の力も増大する。
防具に包まれていて視認できないが、両腕や両足などの全身の各部位には竜鱗が生えていることだろう。
なお、竜鱗の色に関しても過去の血を引き継いでおり、第三代アークディア皇帝の皇后だった古竜人族の女性と同じ藍色だ。
冠魔族の種族特性でどの種族の力を発現するかはランダムだが、双子だからか竜人族系の古竜人族の力が共に発現していた。
他にも二人は祖母にあたる皇太后ベアトリクスの種族である不死鬼族の種族特性も発現している。
吸血鬼族の上位種なだけあって血との親和性は高く、血を摂取することで大きく身体能力を上げられる。
父親のヴィルヘルムも不死鬼族の種族特性を発現しているので、血族の中でも近い者の種族特性の方が引き継ぎやすいのかもしれないな。
「ミーナはどっち?」
「私は左!」
「じゃあ僕は右か」
「うん! せいっ!!」
ヴィルヘルミナが前方に向けて拳を振り抜くと、その動きに合わせて半透明の巨大な拳が出現し、俺達から見て左側のバトルホーンラビットに向けて飛んでいった。
俺が昨日ヴィルヘルミナに買ってやった遠近対応型手甲〈ロングフィスト〉の能力【具象巨拳】は、着用者の膂力によって性能が変化する巨大な拳を具現化するというものだ。
古竜人族の秘血特性によって身体能力を大幅に強化できるヴィルヘルミナにはピッタリな魔導具だと言える。
「行け!」
テオドールの声と共に放たれた思念に反応した思念操作型飛剣〈シュヴァルべ〉の鞘から抜き放たれ、中に収まっていたシュヴァルべが独りでに飛翔する。
シュヴァルべは七歳のテオドールが扱うには少し大きい長剣サイズだが、実際に手に持って使うわけではないため問題なかった。
空中に躍り出たシュヴァルべには、起動時に吸収したテオドールの魔力が宿っており、その魔力には古竜人族の魔力も含まれている。
古竜人族の魔力は同じ竜人系の種族の中でも、竜種に連なる性質を強く有しており、秘血特性により引き出された竜種の魔力を宿したシュヴァルべは擬似的な竜素材製の武器になっていた。
シュヴァルべは能力【分切飛刃】により一振りの長剣から七つの剣刃へと変化すると、テオドールの手元に剣の柄を残して飛翔する。
先に放たれていたヴィルヘルミナの巨拳を瞬く間に追い抜いたシュヴァルべの七つの剣刃が、右のバトルホーンラビットの全身を斬り裂いていく。
「キュ、キュウッ!?」
ネタのようなシャドーボクシングは伊達ではなく、バトルホーンラビットの拳が高速で飛び回るシュヴァルべの刃を捉える。
だが、テオドールの魔力に覆われた刃は殴り飛ばされこそしたが、バトルホーンラビットの剛拳に砕かれることはなく、すぐに攻撃を再開していた。
その横では相方のバトルホーンラビットがヴィルヘルミナの巨拳に殴られて地面を転がっていっていた。
「キュウゥーッ!!」
まさか自分が殴り負けるとは思っていなかった左のバトルホーンラビットは、立ち上がって怒りを表現するように咆哮する。
可愛らしい叫びと同時に額から生える結晶製の角が淡い光を放つ。
バトルホーンラビットの身体強化効果を持つ角の能力が発動し、左のバトルホーンラビットの身体能力が上昇する。
「キュウゥーッ!!」
呼応するように右のバトルホーンラビットも角の能力を解放し、強化された敏捷性を以てシュヴァルべの七つの剣刃を躱し始めた。
左のバトルホーンラビットも連続で撃ち放たれてくるヴィルヘルミナの巨拳を真っ向から迎え打っている。
初撃こそ優位に立てたが、バトルホーンラビットが身体強化の能力を発動させると膠着状態になった。
「ふむ。魔力に余裕はあるが、このままだと二人の体力と精神力の方が先に尽きそうだな」
「手助けする?」
「そうしようか。【白竜王ノ征域】」
腰に佩いている成長する魔剣〈無垢なる命喰の霊剣〉を鞘に納めたまま、第五能力【白竜王ノ征域】を発動させる。
中央大陸の西方にある天竜空域の浮島での竜狩りにアルヴドラを使用した際に伝説級中位から伝説級上位へとランクアップしており、その時に新たに発現した能力だ。
『一定範囲内を自らの支配領域と化する』能力によって、バトルホーンラビットが発動させた身体強化効果を減衰させる。
征服した領域内ならば敵のみを弱体化することも可能なため、テオドールとヴィルヘルミナへの支援には適役だ。
バトルホーンラビットの身体強化効果が弱まって間もなく、間合いを詰めたバトルホーンラビットが二人へ接近戦を仕掛けた。
二人は小柄な身体を活かした素早い動きで攻撃を躱し、テオドールは手元に残ったシュヴァルべの柄から生やした魔力製の剣身で斬り付け、ヴィルヘルミナはカウンターの拳打を繰り出していった。
暫くして、二体のバトルホーンラビットがほぼ同時に倒れた。
それを確認して気が抜けたのか、テオドールとヴィルヘルミナも少し遅れて床に座り込んだ。
「流石に解体する元気はなさそうだな」
「私達で解体してあげる?」
「いや、ドロップアイテム化でいいだろう。今の二人はこれ以上血生臭いを嗅ぎたくないだろうからな」
レティーツィアにそう答えると、二人の元へと歩いていく。
潜在能力こそ凄まじいものがあるが、流石に七歳の身では〈双子座〉最底辺のウサギとやり合うのが精一杯か。
まぁ、思った以上に実戦で動けていたし、これからの成長が楽しみだ。
バトルホーンラビットのドロップアイテムに設定していた素材を使って、ダンジョン初戦闘の記念に二人にお揃いの魔導具でも作ってやるかな。




