第415話 側妃事情と残りの血鬼神器
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勇者達によって二体の魔王が討伐されてから約一ヶ月が経った。
その間にアークディア帝国とスキュアクス血国の戦争も終わり、戦勝国であるアークディア帝国による戦後処理が行われた。
魔王達が封印されていた地の再開発や、敗戦国のスキュアクス血国の属国化への動きなどがあるなか、俺はヴィルヘルムに謁見するため帝都エルデアスに来ていた。
「神造迷宮の大遠征か。魔王討伐に参加してから一月ほどしか経っておらぬのに忙しいな」
「もう少しでレベルが上がるので、原点に立ち返って冒険者として超越者に至ろうかと。レティ達からも言外にレベル上げを急かされていますから、レベルが上がるまでダンジョンに集中するつもりです」
レティーツィアやリーゼロッテ達との結婚は、俺がレベル百に到達してからという話になっていた。
先日の魔王討伐に参加したことで、もう少しでレベルアップしそうだと話して以来、彼女達から事あるごとに結婚やら子供やらの話を振られるようになった。
婚約者の数や各々の家との関係などの都合から、レベル百になったからと言ってすぐに結婚できるわけではないのだが、男性よりも女性の方が準備に時間がかかるからと言われたら何も言えない。
今の俺に出来るのは、レベル上げのために動くのと、全員分の結婚式関連の費用を出すことぐらいだ。
「神造迷宮にはすぐに潜るのか?」
「いえ。せっかくですので、事前に大々的に告知してアルヴァアインの活性化に繋げようと考えています。年明けにはアヴァロンで初のオークションも行いますし、巨塔への遠征は余裕を以て春頃を予定しています」
「ふむ。それでも早い気がするが、レティ達から急かされているなら実施時期としては妥当なところか。分かった。年が明けてからはリオンは忙しいと覚えておこう」
「ありがとうございます」
「この後の予定はあるのか?」
「商会の帝都支店に寄るつもりでしたが、特に時間が決まっているわけではありません」
「そうか。ならば、レーネのところへ御用商人として向かってくれ。細々とした物が必要らしい。購入費の一部は余が負担する」
「第五側妃様ですね。かしこまりました。今回分の一部負担について一筆いただけますか?」
「分かった。少し待て」
レーネとはヴィルヘルムの第五側妃であり、元はヴィルヘルムの側仕えのメイドの一人だった魔角族の女性だ。
約半年前にヴィルヘルムの子を身籠り、皇室入りした。
貴族出身ではあるが実家は貧乏貴族なので、側妃の中では最も経済レベルが低かった。
まぁ、国から皇妃ごとに与えられる予算があるので何も買えないわけではないが、実家からの支援が殆ど無いので他の皇妃達と比べると大きな差があった。
皇后のアメリアはヴィルヘルムと同じ冠魔族であることから分かるように、実家は皇族の血を色濃く引く高位貴族の家だ。
第一側妃と第二側妃はヴィルヘルムが即位する前から婚約者に選ばれるほどの有力貴族の出だし、この二人の翌年に婚姻した第三側妃も国内の高位貴族出身だった。
第四側妃はとある属国の元貴族令嬢で、第三側妃と同様に実家が戦争で活躍した褒美で皇妃の座を勝ち取っており、それだけの力を持つ実家から支援を受けられる。
そういった事情から経済面で他の皇妃よりも大きく劣る第五側妃のために、ヴィルヘルムは俺を通して密かに金銭的な支援を行なっていた。
ヴィルヘルムが私費を投じてまで支援を行う理由は、彼女が側妃の中で一番のお気に入りだからだろう。
俺がはじめて明確に彼女の存在を認識したのも、旧ハンノス王国との戦争中にヴィルヘルムが寝室に連れ込んでいた時だった。
政治的な理由から娶った他の側妃達と扱いが違うのも当然だろう。
だからこそ、他の側妃達──或いは皇后のアメリアも含めて──への牽制も兼ねて自らの御用商人であり公爵である俺を遣わせているのかもしれない。
ヴィルヘルムから念書を受け取ると、第五側妃の住処〈翠玉宮〉がある皇宮エリアへと向かう。
俺がレティーツィアの婚約者兼ヴィルヘルムの御用商人の地位にいるとはいえ、男である俺が側妃の住処に一人で向かうのは、ヴィルヘルムの許可を得ていても外聞が悪い。
そのため、今回も翠玉宮へは直接向かわずに先にレティーツィアがいる紅玉宮へ立ち寄った。
「今日も兄上のお気に入りの子のところへ遣わされるとは災難ね」
「俺が損をすることはないから別に構わないんだけどな。ところで、その格好で剣を振るっていたのか?」
第五側妃の元へ向かうのが決まってすぐ、レティーツィアに同行を頼むため【意思伝達】で連絡を取った。
レティーツィアにとって第五側妃は年下の義姉になるが、それでも皇帝の側妃の元へ向かうとあって、相応しい品位のある姿に着替える必要があった。
紅玉宮に到着すると、その格好のまま敷地内の鍛練場でレティーツィアが剣の素振りをしていた。
「ええ。この剣に慣れるためにも、どんな装いでも振るえた方がいいでしょう?」
まぁ確かに、Sランク冒険者でもあるレティーツィアがこの程度の動きで汗ばむわけがないか。
そもそも冒険者活動時のレティーツィアの防具もドレス系だし、今更と言えば今更の話だったな。
「神剣の扱いにも慣れてきたみたいだな」
「ええ。自分は使わないからと譲ってくれた母上には感謝ね」
レティーツィアの手に握られている荊のような装飾が施された真紅色の長剣の名は、神器〈天に輝く鬼剣〉。
神剣ヒミングレーヴァは皇太后ベアトリクスがスキュアクス血国に捕らわれていた時に二分された四血神器の片割れであり、彼女の体内に最後まで残っていた神器だ。
スキュアクス血国との戦後、つまりは俺が〈血神〉の力を奪った後に、戦時中に他の血鬼神器の使い手達の身に起きたことをベアトリクス達に話した。
その際に、俺ならば身体から安全に取り出すことが可能であると伝えたところ、ベアトリクスから自分の神器をレティーツィアへ譲渡するよう頼まれた。
血鬼神器の大元と言える〈血神〉の力があるので、神剣ヒミングレーヴァをレティーツィアに移すのは簡単だった。
勿論、元の持ち主であるベアトリクスもダメージを負うことなく、神器の移植は成功した。
神器の使い手になったレティーツィアの戦闘力は格段に上がったが、ほぼ同時期に彼女以外にも神器の使い手になった者がいた。
「ユーリは神弓の扱いに慣れたか?」
「正直まだ慣れませんね。扱い切れないからではなく、馴染み過ぎて逆に違和感があります」
レティーツィアの鍛練の様子を傍で見ていたユリアーネは、そう告げてから手の中に真紅色の弓型神器〈迫り襲う刻血弓〉を顕現させた。
〈血神〉の力を得た後に柘榴宮の守護に使っていた【天空神ノ光輝】の絶対防御の光輝結界を回収しにレティーツィアの元へ向かった際、その場には彼女の専属侍女であるユリアーネもいた。
ユリアーネを一目見た瞬間に、身に宿した〈血神〉の力によって彼女の中に所在が不明だった最後の四血神器が眠っていることに気付いた。
それからタイミングを見てユリアーネに宿る神器の存在を告げてから、休眠状態の神器を覚醒させた。
レティーツィアの神剣ヒミングレーヴァとは異なり、ユリアーネの神弓コールガは分割されていないオリジナルの血鬼神器だ。
そのため、等級はヒミングレーヴァよりも一つ上の神域級中位なので、本来であればAランク冒険者であるユリアーネでは持て余す代物になる。
だが、吸血鬼のための神器という特殊な背景から、血鬼神器の正当な所有者であるユリアーネは自らの手足のように扱うことができていた。
馴染み過ぎて逆に違和感があるという彼女の発言は、まさに適切な表現だと言えるだろう。
「あ、そうそう。陛下に近いうちに巨塔へ遠征しに行くと伝えてきたから、一緒に行くつもりなら話を通しておいてくれよ」
「分かったわ。まぁ、兄上が断るとは思えないけどね」
「帝都の防衛力が下がるのを皇帝陛下が危惧されるのでは?」
「大丈夫よ、ユーリ。昔ならまだしも、今は帝聖勇騎士達もいるんだから問題ないわ。それに近いうちに降嫁して帝都を離れて力になれなくなるんだから、その予行としてはちょうどいいでしょう」
「……それもそうね」
手元に出した神弓コールガを再び体内に戻したユリアーネが、素振りで乱れたレティーツィアの身なりを整えていく。
ユリアーネが動くのに合わせてレティーツィアも神剣ヒミングレーヴァを手元から消すと、ユリアーネの仕事が終わるのを大人しく待つ。
二人の準備が終わるのを待つ間、【無限宝庫】に納めているアイテムの中にあるドラウプニル商会で販売している女性物を確認する。
これまでの訪問販売でヴィルヘルムの第五側妃へ対する寵愛ぶりと俺の存在感は十分示せただろうし、今後は俺自身が出向く必要はないだろう。
帝都支店の支配人を任せているミリアリアなら同じ女性だし、俺の代理で向かわせても問題はないはずだ。
オークションやらダンジョンやらで忙しくなるし、今日はそれらのことも一緒に伝えておくとするか。




