第399話 生廃の魔王
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中央大陸某所にある都市跡地。
数年前までとある小国の首都が存在していたその地には、周囲の廃墟と比べて異質な水色と粘体状の質感をした巨大な物体が鎮座していた。
水色の粘体を取り囲むように半透明の障壁が幾重にも展開されており、その壁の最も外側には全部で十二の白亜の柱が円状に配置されている。
〈封印柱〉という名の白亜の柱は、その名が示すように対象を特殊な障壁で囲んで封印する機能を持つ。
その封印対象である水色の粘体の全身が震え出すと、全身から無数の触手が生み出された。
触手が周りの障壁へと触れた途端、障壁に亀裂が入る。
亀裂は触手が触れている間に更に広がっていき、数分ほどで障壁が完全に破壊された。
「亀裂ぐらいの破損なら時間経過で修復されるけど、今みたいに完全に破壊されてしまうと修復されないの。初めの頃はこの機能のおかげで障壁が破壊されることはなかったんだけど、最近になって破壊されるようになったわ」
「つまり、封印障壁の破壊方法を学習したということか。スライムにしては賢いな。〈魔王〉だからか?」
首都跡地を一望できる丘の上から、巨大なスライムの動きを観察する。
新たな魔王の顕現が確認されてすぐに封印柱による封印処置が行われたが、最近になってその封印にも綻びができていた。
たった今破壊されたのは最も内側の障壁であり、同様の障壁はまだ数十枚と展開されている。
だが、封印当初は百枚もあった障壁が半分以下にまで数を減らしていることからも、内部に封印されている存在が解き放たれるのは時間の問題だった。
隣にいるヴィクトリアが、封印を行なっているエリュシュ神教国の人間として補足してくれた情報を聞いてから、【情報賢能】で魔王の情報を確認していく。
「種族名は〈禁忌蝕災粘体〉。冠する称号は〈生廃の魔王〉。ユニークスキル【生命と侵食の理外王】を所持しているようだ」
「聞いたわね。記録しなさい」
「「「はい!」」」
ヴィクトリアからの指示を受けて、俺達の背後に控えている集団の一部が返事をした。
彼らの中には、俺が呟いた魔王の情報を手元の紙に書き記している者以外にも、情報系の魔導具や迷宮秘宝などを用いて魔王の情報を収集している者達もいる。
彼らの正体は、エリュシュ神教国に数多といる神官の中でも、世界の秘された情報を記録し管理している大神殿直轄部署〈秘録科〉の神官達だ。
現在のエリュシュ神教国には、〈魔王〉の詳細な情報を取得できる者がおらず、今回の事態に情報系能力を持つ〈勇者〉である俺が駆り出されるとあって同行していた。
エリュシュ神教国から同行している者達は彼らだけでなく、護衛である聖騎士達もいる。
超越者である〈熾剣王〉のヴィクトリアは勿論のこと、超越者候補〈八聖公〉の一人〈賢勇公〉である俺に護衛はいらないので、聖騎士達の護衛対象は当然ながら秘録科の神官達だ。
秘録科の神官一人あたり複数人の聖騎士がいるので大所帯だが、彼らが扱う情報の重要性を考えれば大袈裟な人数というわけでもない。
「さて、そろそろ封印を掛け直すか」
「そうね。万が一失敗した場合は、所定の位置まで撤退するように」
「承知しました」
聖騎士達の隊長にヴィクトリアが念を押すのを聞きながら、その場から飛び立つ。
すぐ後ろをヴィクトリアが熾天族の翼を広げて追いかけてくるのを感じながら、俺の勇者の冠位称号〈強欲の勇者〉〈創造の勇者〉〈錬鉄の勇者〉とジョブスキル【大勇者】に封印処置を施す。
【荒野と栄華の堕天神】の【失墜ノ烙印】に加えて、【無限源喰の世界龍】の【循環ノ秩序】も使って〈勇者〉の力を封印しているので、罷り間違って〈星戦〉が発動することはないだろう。
「気配が変わったわね」
「分かるか?」
「ええ。感じる圧が弱まったわ。ま、誤差だけど」
「少なからず変化が起こったなら、ちゃんと効果はありそうだな」
横を並走して飛ぶヴィクトリアと話しているうちに〈生廃の魔王〉が封印されている真上に到着した。
感知能力が低いのか、それとも封印を破壊しようと躍起になっているからか、魔王が俺達に気付いている様子はない。
近くで魔王の様子を観察して問題ないことを確認すると、今回の目的である魔王の封印のやり直しを行う。
ヴィクトリアが時計盤のようなアイテムを取り出し、魔力を流しながら操作していく。
地上の十二の封印柱の制御鍵である時計盤型アイテムを操作するに従って、封印柱が順に機能を停止していった。
やがて、最後の封印柱が停止すると、魔王を封じ込めていた封印障壁が全て消失した。
自らを封じていた封印障壁が消えたことで〈生廃の魔王〉が解き放たれる。
その瞬間、魔王に向けて【無限源喰の世界龍】の内包スキル【破滅ノ神戯】の派生スキルの一つを発動させた。
「【無限時環】」
時間を支配する能力によって、地上を這う魔王の周囲の空間の時間が止まり、その中にいる魔王自身の動きも停止した。
神域級の能力であっても半永久的に時間を停止させ続けられるわけではないが、時間停止空間はこの後の過程に必要なことだ。
「準備完了。やっていいぞ」
「ええ。閉じろ── 【封焱神ノ九鍵箱】」
ヴィクトリアの神域権能級ユニークスキル【終炎と剣禍の巨神】の内包スキルが発動し、時間停止空間の周囲に炎の壁が立ち昇る。
その炎が凝縮して炎で構成された立方体が形成されると、間もなく紅色の箱となって物質化した。
ヴィクトリアの手には時間停止状態の魔王が封印されている箱のミニ版が創造されており、その箱には九つの鍵穴があった。
これら全ての鍵穴にヴィクトリアが扱う炎で作られた鍵を差し込むことで封印は解除される仕組みだ。
「さて、仕上げだ」
魔王を封じた紅の箱に対して、【破滅ノ神戯】と同じ内包スキルの【創生ノ神戯】の派生スキル【世界創星】を行使する。
【世界創星】はダンジョン創造能力として使ってるスキルだが、その本質は『認識した対象に干渉し、自らのイメージ通りに一定範囲内の権限・建造物・環境を改変する』というモノだ。
このスキルを用いて、封印箱の機能に内部の時間停止空間を組み込むべく、改変と融合を行なった。
これで封印箱が開封されない限りは内部の時間も半永久的に停止したままになるはずだ。
【封焱神ノ九鍵箱】のみの封印だと内部の魔王は弱体化しても活動状態のままなので、元々の封印同様に内部から食い破られる可能性がある。
神器でもない封印具と神域級の封印スキルだと後者の方が封印の質は上だろうが、相手は仮にも〈魔王〉なので油断はできない。
ヴィクトリアのユニークスキルが封印特化ならまだしも、そうではないため何かしらの追加の策を講じる必要があった。
そのことを正しく認識していたヴィクトリアは、〈生廃の魔王〉の封印を掛け直す実行者に自分の名が挙げられた際に、俺の助力を得ることを提案した。
時間停止能力やら神域級の封印スキルに干渉できる能力やらを彼女に教えていたわけではないが、前の異世界での経験から俺ならば何かしら適した能力を持っていると考えたらしい。
実際、その予想は正しかったため、こうして神域級の能力を三つも用いた贅沢な封印が完成したのだった。
「ふむ。これなら問題なさそうだな。セキュリティの方は……」
【情報賢能】で封印状態を確認すると、【無限宝庫】内の適当な魔剣を封印箱へ投擲した。
投げた魔剣が封印箱に触れた途端に炎が噴き上がり、魔剣が一瞬でドロドロに溶解してしまった。
「……大丈夫みたいだな」
「そうね。許可無く魔王の封印を解こうとする輩がいたら、その罪を身を以て知ることになるでしょう」
神域級の炎なんて、超越者でもなければ一発で焼け死ぬだろうな。
まぁ、俺なら耐えられるけど。
「無事に再封印できたし、あとのことは勇聖祭での話し合い次第か」
「リオンが戦いたかった?」
「少しな。このスライムのユニークスキルには少し興味が湧いたが、今持っているスキルやアイテムで代用できる類いの能力だから、大して惜しくはない。それに〈太母の魔王〉とは戦うのだし、スライムの魔王ぐらいは戦わなくても構わないさ」
「……〈太母の魔王〉とはロンダルヴィアの皇女様の騎士として戦うんだったわね」
「ああ、そうだが……なんだ、その顔は?」
「いいえ? 正体を隠してまで魔王と戦うなんて、そんなにロンダルヴィアのお姫様に入れ込んでるんだな、なんて思ってないわよ?」
「思ってるじゃないか。まぁ、唯一の同族というのが特別な存在なのは確かだな。ほら、彼らを待たせてるし、早く戻るぞ」
ヴィクトリアのどこか非難するような視線から逃れるように、先程までいた丘の上へと戻っていった。




