第398話 柘榴宮にて
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「──これが天竜空域の竜の血で作られた血療強化薬なのね。大儀でした、リオン公」
「勿体ない御言葉です、皇太后陛下」
皇城ユウキリアの敷地内の奥まった場所にある、アークディア皇族の住まいである皇宮エリア。
そこにある宮殿の一つ〈柘榴宮〉の一室にて、皇太后のベアトリクスにブラッド・ポーションを献上していた。
今回用意したブラッド・ポーションに使われている竜の血は天竜空域の竜を狩って採取した物だ。
「ねぇ、リオン。瓶のデザインが数種類あるみたいだけど、何か意味があるの?」
俺と共に柘榴宮に来たレティーツィアがブラッド・ポーションが納められたケースの中から、ポーション瓶を一つ手に取ってから尋ねてくる。
室内には俺とベアトリクス以外にも、レティーツィアと彼女の専属侍女ユリアーネ、そして皇帝であるヴィルヘルムも同席していた。
柘榴宮付きの侍従は退室させられており、ユリアーネが一人で給仕をしている。
ヴィルヘルム達もレティーツィアの言葉を聞いて、ケース内のポーション瓶へ今一度視線を向けた。
「ちょうど説明しようと思ったところだ。皇太后陛下。こちらのブラッド・ポーションですが、使用した竜の種類ごとに瓶のデザインを分けております」
「竜の種類?」
髪色が白金色ではなく白銀色であることを除けばレティーツィアによく似た容姿をしているベアトリクスが、不思議そうに首を傾げる。
娘であるレティーツィアよりも目元が柔らかい印象のあるベアトリクスへ各種ブラッド・ポーションの説明をしていく。
「はい。ブラッド・ポーションに使われている竜の血は全部で五種。こちらの似たデザインの四種は、順番に炎竜、風竜、地竜、雷竜の成竜の血が用いられております。それぞれ炎、風、岩、雷の印が瓶の表面に刻まれているので分かりやすいかと」
「確かに刻まれていますね」
「最後の一つですが、こちらのブラッド・ポーションには上位種である真竜の血を使用しています。他の四つよりも派手なデザインなので、此方も一目で分かるようになっております」
「真竜!」
「真竜も倒したのか!?」
ここまで俺達の会話を聞いているだけだったヴィルヘルムが、真竜の存在に反応していた。
希少な竜の中でも上位種の真竜は更に希少なので、ヴィルヘルムがこんな反応をするのも不思議ではない。
「はい。通常の竜である成竜を率いて襲ってきたので纏めて倒しました。これらの竜の種類によって、ブラッド・ポーションの付加効果と味が異なっております。詳しくはこちらの紙をご確認ください」
ブラッド・ポーションの種類ごとの効果を纏めた仕様書をベアトリクスへと差し出した。
その仕様書を読むベアトリクスを横目に見た後、ヴィルヘルムが此方に声を掛けてきた。
「真竜や成竜の血以外の竜の素材はどうするのだ?」
「殆どは魔導具の素材用に保管して、一部はオークションに出品しようかと考えております」
「オークション? 大陸オークションか?」
「いえ、私の領地のうち、ゴベール地方のアヴァロンにて開催を予定している出品者が私のみの単独オークションです。そこの目玉商品の一つとして出品するつもりです」
「単独オークションか。そういえば、去年あたりにそんな話をしていたな。アヴァロンならば、他国の者達も参加しやすいだろう」
俺の領地は、アークディア帝国の神迷宮都市アルヴァアインがあるアルヴァアイン地方と、飛び地であるゴベール大砂漠内の黄金都市アヴァロンがあるゴベール地方の二つがある。
帝国内部のアルヴァアインよりも飛び地のアヴァロンの方が、土地や人の出入りの面においてもオークションの開催地として適していた。
アルヴァアインも俺が領主となってから土地を拡大させはしたが、それでもオークションハウスを新たに築き、国内外からの参加者に対応したインフラ整備を行えるほど余裕があるわけではない。
そのため、砂漠に囲まれた地である故に土地が余っており、その土地をいくらでも整備可能なアヴァロンでオークションを開催するのは当然だった。
「いつ頃の開催を予定しているのだ?」
「直近でエリュシュの勇聖祭に参列しますので、来年の初め頃を予定しています。まぁ、状況によっては開催時期が変更になる可能性はありますが……」
「スキュアクスとの戦争のことか? その件なら相手が複数の神器を使うため、〈勇者〉であるリオンが参戦する名分は立つ。帝聖勇騎士と軍の力のみで対処するつもりだが、リオンも戦力に数えられるならば、仮に長引いたとしても来年まで掛かることはあるまい」
ベアトリクスを奪還して以降、スキュアクス血国との開戦に向けた準備が着実に進んでいる。
スキュアクス血国がアークディア帝国の皇太后であるベアトリクスを誘拐拉致した一件を、賠償のみで終わらせる気はヴィルヘルムにはなく、早々に戦争に向けた勅令が下されていた。
開戦の具体的な時期はまだ決まっていないため、タイミング次第ではアヴァロンのオークションがスキュアクス血国との戦争期間中に被る可能性があった。
ヴィルヘルムはそのことを俺が懸念していると思ったようだが、少し違う。
スキュアクス血国との戦争のことも全く考えていないわけではないが、俺の懸念事項は別にあった。
「そちらも気になりますが、戦争はまだある程度コントロール可能です。私が懸念しているのは新たに出現した〈魔王〉と他の〈勇者〉達です」
「新たな〈魔王〉……確か、スライムの魔王だったか」
「はい。勇聖祭では、私を含めた現役の勇者達が集められます。この祭りの期間中に、複数の魔王を倒している私を除いた勇者達による魔王討伐について話し合われるそうです」
「リオン以外の勇者による魔王討伐か。その話が出るということは、リオンが懸念してるのは魔王討伐が失敗した時の場合だな?」
「仰る通りです。魔王討伐失敗時は、おそらく私が駆り出されることになるかと。他者による魔王討伐ですので、そのタイミングの予測がつきません。ですので、現時点でのオークション開催時期は、あくまでも予定というわけです」
〈魔王〉が〈大魔王〉へランクアップする条件の一つは〈勇者〉の殺害であり、殺害する〈勇者〉の数は〈魔王〉によって異なるらしい。
そのため、何人もの勇者が魔王に挑むことはリスクが高いのだが、それを恐れていては他の勇者が育つことも実績を積むこともない。
「ふむ。それは憂慮すべき事態だな。場合によっては、スキュアクスとの戦争にも関わってきそうだ。勇聖祭で話し合われたことは帰国後に報告をあげてくれ」
「承知しました」
俺とヴィルヘルムがそんなことを話し合っていると、ベアトリクスがレティーツィアへと話しかけていた。
「ねぇ、レティ。リオン公は多忙な人なのね」
「リオンは〈勇者〉で〈賢者〉な上に領地持ちの公爵ですから。毎日忙しくしていますよ」
「そんな中、竜を狩ってブラッド・ポーションを作ってきてもらって申し訳ないわ。捕らわれの身からも助けてもらったし、何かお礼がしたいわね」
「臣下として尽力したまでです。お気持ちだけで充分でございます、皇太后陛下」
「うーん。でも、信賞必罰は世の常だし、私個人として何かしたいけど、すぐには思い付かないわね。何か考えておきますね」
「……ありがとうございます」
穏やかな口調ながらも有無を言わさぬ態度から、どうやらベアトリクスから何か貰えるのは決定事項らしい。
ヴィルヘルムからは既にベアトリクス救出の褒賞は貰ってるから別によかったんだが、何かくれるというなら貰うのも吝かではない。
ヴィルヘルムも口を出すつもりはない様子なので、受け取っても構わないのだろう。
何が貰えるのか全く予想は付かないが、取り敢えず楽しみにしておくとしよう。




