第397話 神器モルガン
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アークディア帝国の皇太后ベアトリクスを救出してから一週間が経った。
帝国に連れて帰ったベアトリクスを皇城へと運ぶと、その日のうちに宮廷医官と神官達の尽力によって彼女の意識は無事に戻った。
俺が担当しても良かったのだが、快復後の各検査のことも考えて、同じ女性の宮廷医官や神官達に最初から任せた次第だ。
意識が戻ったとはいえ、長きに渡り監禁され血を抜かれていたので、ベアトリクスは未だ衰弱状態からは脱していない。
衰弱状態を改善するのに役立つ魔法薬は色々あるが、その中でも吸血鬼族の上位種である不死鬼族のベアトリクスに適しているのは、魔物の血を用いて作られた〈血療強化薬〉だ。
その中でも、毒性を除去した竜の血を用いた〈血療強化薬:竜・改〉が最適だった。
ヴィルヘルムと初めて会った時に作った分が手元に残っていたので服用してもらったところ、ベアトリクスの衰弱状態が目に見えて良くなっていた。
他の似た効果のポーションを服用した時よりも効果があったのは、彼女の吸血種としての種族特性故だろう。
親子揃ってこのポーションの世話になるというのも不思議なものだ。
ただ、ヴィルヘルムの時よりもベアトリクスの状態は悪いので、残っていた分だけでは足りなかった。
血との関わりが深い種族が、長年に渡り血を失い続けていたのだから当然のことだと言える。
久しぶりの上質な血の摂取とあって、ベアトリクスはポーション瓶に詰め替えていない残りのブラッド・ポーションを全て飲み干していたのだが、それでもなお衰弱状態のままだった。
そのため、俺は追加の竜の血製のブラッド・ポーションを作るべく、材料調達のために遠出をしていた。
「圧巻だな。本当に沢山の竜種がいるな」
場所は西方大陸と中央大陸の間にある天竜空域。
竜の巣とも呼ばれるだけあって、目の前には多数の竜の姿があった。
【無限宝庫】内には通常の竜の上位種である真竜の血は残っているし、魔物を生成できる【地星ノ神戯】の派生スキル【魔性星誕】ならば竜種自体を創造することが可能だ。
そんな俺がわざわざ天竜空域に来たのは、養殖物──という表現が適しているか微妙だが──よりも天然物の竜の血の方が良さそうだと思ったのと、この機に天竜空域を直接観ておきたかったからだ。
まぁ、主な理由は後者なんだが。
「他所者は許さないってか? 容赦ないな」
「GWLuoooーーッ!!」
竜種である以外は姿形もバラバラな数十体の竜達が一斉にブレス攻撃を放ってきた。
下はレベル五十、上はレベル八十八とレベル幅は大きいが、見事に攻撃が纏められている。
統率が取れていることを意外に思いつつ、迫る多数のブレスに向けて手を翳す。
何を使うか一瞬考え、先日手に入れたばかりの神器〈精霊なる魔女の器〉を使用することにした。
「【簒奪ノ星鞘】」
前世からの俺の愛剣〈星統べる王の聖剣〉の【願い望む星の杯】と同じ名前だが、その能力は全くの別物だ。
俺の〈強欲〉の影響が強く現れた能力であり、同時に〈創造〉の影響も窺える能力だった。
能力の発動によって目の前に展開された湖面のような障壁に竜達のブレスが次々と着弾していき、貫通することなく全て呑み込んでいった。
「さて、見せてもらおうか」
竜達とは反対側から湖面の障壁に手を突っ込み、そこにある物を引き抜いた。
現れたのは一振りの名無しの剣。
その剣の動きに引き摺られ、色も形状も様々な多数の剣が姿を現していく。
どれもが叙事級の無銘の魔剣であり、これらの剣一つ一つからは強大な竜種の魔力が発せられていた。
続けて、宙に浮かぶ無数の魔剣に対して次の能力を発動させた。
「来たれ、【剣威ノ精霊】」
俺の体内にある神器モルガンから更なる魔力が発せられると、その魔力が魔剣の傍に集まり、女人型の精霊が一体ずつ形成されていった。
魔剣同様に様々な外見をした剣威精霊達は、傍に浮かぶ魔剣の柄を手に取る。
その瞬間、生み出された全ての叙事級の魔剣が伝説級の魔剣へとランクアップした。
「斬り伏せろ」
端的に命令を下すと、此方の様子を見て固まっている竜達に向けてヴィヴィアン達が空中を滑走する。
滑るような動きで飛翔するが、物質的な肉体を持たない精霊故に、その飛行速度はかなり速い。
数キロメートル先にいる竜達の元へ一瞬で到達するほど速くはないが、それでも数秒ほどで距離を詰めていた。
正確に測っていないが、たぶんマッハ二ぐらいはありそうな速度だ。
ヴィヴィアン達はすれ違い様に竜達を斬り裂き、その一太刀で半数近くの竜が絶命した。
実体を持たないからこそ可能な物理法則を無視した動きで身を翻したヴィヴィアン達が、残りの竜達へ集団で襲い掛かっていく。
そんな空中戦場の真下へと転移すると、同じ神器モルガンの能力【血染ノ大釜】を発動させ、頭上から降り注ぐ竜の血を操り、一滴残らず回収する。
目の前に浮かぶ竜の血玉へ、神器モルガンの基本能力【妖星錬器】を用いて竜の血を錬成し、その血に宿る毒性を取り除いていった。
【戦利品蒐集】で回収中の竜の死体と同様に、作り直した竜の血を【無限宝庫】へ収納してから上空を見上げる。
「偶には自動狩りも良いものだな」
会敵した竜も残り三体。
頭上では、数少ないレベル八十オーバーの三体の竜達へ数十体のヴィヴィアン達が群がっていた。
魔剣が有する竜種の魔力が竜の強靭な対魔力を中和し、伝説級という高ランクの魔剣の刃が竜の肉体を容易く斬り裂くことを可能にしている。
神器の力で一時的に生み出された精霊であるヴィヴィアン達にレベルは無いが、この戦闘の様子から換算するとレベル八十前後といったところだろうか。
無毒化した竜の血を作りながら待つこと約十分。
最後まで生き残っていたレベル八十八の竜が倒れ、その死体の回収と血の無毒化を済ませた。
「ヴィヴィアンは残り二十一体か。このまま消してもいいが勿体無いな。眷属召喚・竜宝精霊」
眼下の浮島に降り立つと、〈精霊王〉としての力で女人型の精霊であるメリュジーヌ達を召喚する。
竜の角と翼、そして尻尾を持つことから分かるように、彼女達には竜の力がある。
俺が〈精霊王〉となってから生み出した新しい精霊種であり、将来的に俺の正妻や側妻達の侍女兼護衛として付けるつもりだが、いずれ誕生する子供達に付けることも考えている。
まぁ、そのあたりの配置はその時になって考えるとして、メリュジーヌ達を召喚した目的を果たすとしよう。
「御前に参上致しました、王よ」
「ああ。いきなりで悪いが、お前達の強化を行う。その体勢のまま動くなよ」
俺の前で跪いている二十一体のメリュジーヌ達の前にヴィヴィアン達を立たせると、二種の精霊を対象にして【妖星錬器】を発動させる。
自我を持たぬ精霊であるヴィヴィアンの身体だけでなく、本体とも言える無銘の魔剣も魔力粒子と化する。
魔剣が伝説級になったのはヴィヴィアンが手にしているからだ。
そのため、ヴィヴィアンを解除したら元の叙事級の魔剣へと戻ってしまうので、一つの存在として纏めてメリュジーヌの強化素材にしてしまうことにした。
ヴィヴィアンと魔剣を構成していた魔力がメリュジーヌ達へと流れ込み、その力を強化する。
神器を使った錬成はすぐに終わり、跪いていたメリュジーヌの姿は一変していた。
外見に現れていた竜の特徴が消え、今のメリュジーヌ達の見た目は普通の人族の女性にしか見えない。
これはヴィヴィアンの外見的種族特徴に変化した結果だ。
「新たな力の使い方は分かるか?」
「はい、理解できます」
「使ってみろ」
「かしこまりました」
代表して答えたメリュジーヌがその手に魔剣を具現化させると、他のメリュジーヌ達も魔剣を具現化させていった。
その魔剣はヴィヴィアン達の本体とも言える伝説級の魔剣だ。
続けて、メリュジーヌ達の外見が元の竜人形態へと変化する。
その場の思い付きでやってみたが、魔剣の具現化能力と人族形態の獲得は無事に成功したようだ。
現在、メリュジーヌ達は将来のために侍女としての仕事や家事などを学んでいる最中だが、その際に竜の特徴が邪魔になったことがあった。
まだ生まれて間もなく、身体の動かし方に慣れていないのが一番の理由なので、いずれ時間が解決してくれるだろうが、選択肢を増やしておくのも悪くないと考えて人族形態を追加した。
まぁ、人族形態の方はどちらかと言えば戦力強化の魔剣のオマケだが、将来的に役立つこともあるはずだ。
「お前達の一部となったその魔剣は、お前達と同様に形態の変化が可能だ。剣の型に捉われず、各々の使いやすい形を確かめておけ」
メリュジーヌ達には自我があり個体ごとに個性が生まれているので、得意な戦闘スタイルも異なる。
竜種の魔力で創造した魔剣なので相性は良いはずだし、あとは自分達で最適な形を見つけ出すだろう。
「基本は今まで通り竜人形態で過ごして、本来の姿である身体の動きの習熟に努めろ。人族の姿はその後でいい」
「かしこまりました」
「以上だ。では、元の場所に戻れ」
指を鳴らしてメリュジーヌ達を元いた場所へ送還する。
辺りを見渡すと、先ほどまでの戦闘が嘘のように平穏な光景が広がっていた。
今いる場所から見える範囲の天竜空域の浮島に竜の姿は見えない。
マップ上にも反応がないので、他の浮島から追加の竜は飛来してこなかったようだ。
「ふむ。まぁ、これだけの竜素材があれば十分か」
神器モルガンの最後の能力【九権ノ魔女】をまだ試していないが、この能力は他の場所でも試せるし、他の浮島の竜を攻めに行く必要もないか。
「……この浮島は貰っておくか」
棲まう者のいなくなった浮島を丸ごと異界にある俺の固有領域〈強欲の神座〉へと取り込む。
強大な魔力と意思を持つ竜が大勢いた時は難しかったが、今なら簡単に回収できる。
これで天竜空域に来た目的はすべて果たせたので、国に戻ってブラッド・ポーションを作るとしよう。




