第394話 血鬼神器
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マップを頼りに王城の地下へと通じる道を探し出すと、初見である城内を突っ切っていく。
今の俺は【隠身ノ神戯】の派生スキル【隠神ノ兜】を発動して姿や気配、魔力、匂い、音などを隠している。
なので、すぐ真横をすれ違っても城内の吸血鬼達が俺に気付くことはなかった。
そうして地下へと下りていくと、そこには何らかの研究施設のような空間が広がっていた。
「まさか、吸血鬼の国で白衣を着た吸血鬼を見ることになるとはな」
吸血鬼の国であるスキュアクス血国は閉鎖的な国だと聞いていたので、文明レベルが低めという先入観があった。
実際に街中で見かけた吸血鬼達の衣服が、吸血鬼らしい黒とか赤とかの色合いの古風なセンスの物ばかりだったのも、そんな思い込みを後押ししていた。
だから王城の地下にある研究施設にある設備や、そこで働く研究員らしき吸血鬼達の白衣姿には少し驚かされた。
「ふむ、なるほど。此処では他国の技術や文化を積極的に取り入れているのか。アークディアやセジウムのよりも少し古めだが、設備の質と規模は中々だな」
施設内を歩き回る研究員の吸血鬼達の間をすり抜けつつ、通り道にある設備を見て回る。
道中に資料があれば、人目が無い内に手に取って中身に目を通していく。
吸血鬼らしく血に対する造詣が深いようで、〈賢者〉である俺から見ても非常に興味深い内容の研究資料もあった。
そういった資料に載っていた研究サンプルのうち、持ち出せる類いの物を少々頂戴したりしながら施設の奥に向けて進んでいった。
施設の奥に進むにつれて非戦闘職である研究員の数が減る一方で、戦闘職の騎士の数が増えていく。
歩哨で立つ吸血鬼の騎士達が鋭い眼差しで通路を行き来する者達の動きを注視しているが、誰一人として俺の姿を認識することはできない。
そんな騎士達の目の前を通り過ぎていった先には幾つもの小部屋が通路の両側に並んでいた。
小部屋の通路側は柵になっているため、小綺麗ではあるが牢屋のような印象を受ける。
「まぁ、実際に牢屋なんだろうけど」
小部屋の一つ一つを見ていくが、その殆どには誰も収容されていない。
殆どというように人が収容されている牢屋もあった。
「正確には唯一だが」
同じぐらいの規模の小さな部屋が並ぶ中、一つだけ一回り大きい部屋があり、人が収容されているのは其処だけだった。
その牢屋には妙齢の美女が捕らわれており、周りには大勢の吸血鬼達が集まっていた。
「衰弱してやつれてはいるが皇太后陛下で間違いないな。さて、どうするか……」
ベアトリクスを救い出すことが最優先事項であり、此処にいる吸血鬼達を鏖殺するのが目的ではない。
アークディア帝国の皇太后であるベアトリクスを拉致監禁した代償をスキュアクス血国に支払わせるのは、アークディア帝国皇帝であるヴィルヘルムの役割だ。
戦争を仕掛けるか賠償責任を要求するかを選択するのもまたヴィルヘルムの役割なので、俺が勝手に判断を下すわけにはいかない。
だが、姿を消している俺を見つけられたら話は別だ。
「救出に支障をきたすから、なッ」
正面から放たれてきた投擲攻撃を首を傾けて避ける。
血色のナイフを放ってきたのはベアトリクスの監禁部屋の中にいる男だ。
その男の目は真っ直ぐ俺を見据えており、【隠神ノ兜】による完全な隠密状態を看破しているのは間違いないみたいだ。
やっぱり世の中に完全、完璧というモノは存在しないということの証明だな。
「で、殿下!?」
「一体何をッ!?」
「敵だ。姿を消して侵入されているぞ」
周りの吸血鬼から殿下と呼ばれた男の名はカイウス・スキュアクス。
ベアトリクスの異母兄弟である男の双眸は赤々とした光を放っている。
【情報賢能】による解析を行いつつ、隠密状態を解除する。
バレているなら姿を隠し続ける意味はない。
そして、見つかったならばベアトリクス救出を阻む障害は排除しなければならない。
「同族か。どこの家の者だ?」
「それに答える筋はないな」
ゾロゾロと吸血鬼の騎士達が集まってくる。
前後を騎士達に包囲されるまでの僅かな間に【情報賢能】による解析が終了した。
「四血神器の力を身に宿しているから隠密を看破できたわけか」
「フン。正解だ。だが情報が古いな。血鬼神器の数は既に四つではない」
「現時点で九つらしいな。そこにいる女性のおかげだけではないみたいだな」
先ほど盗み見た資料によれば、ベアトリクス以前にも血鬼神器こと四血神器の所持者が捕らえられていたそうだ。
少なくとも四つの血鬼神器のうち三つをスキュアクス血国は見つけて、それぞれの神器の力の分割に成功したことが資料に書かれていた。
四血神器から九血神器になったわけだ……止血と吸血とは狙ってるのか?
このままベアトリクスの神器を更に分割されたら総数は九じゃなくなるが、何となくそれは惜しいな。
「……色々知っているらしいな。生きたまま捕らえろ」
「「「ハッ!」」」
周りを取り囲んでいる吸血鬼の騎士達が剣を抜いて斬り掛かってくる。
さて、今は吸血鬼のフリをしているから、手札の中でも吸血鬼らしい力を以て対処するとしようか。




