第393話 スキュアクス血国
数多いる人類種の中において、吸血鬼族は他の人類種と比べれば異質な部分がある。
代表的なのは、その種族名にもなっている吸血能力。
この吸血能力によって他生物の血液を摂取すると身体能力を一時的に強化することができる。
また、その血液との相性が良い、或いは生物として格の高い存在の血液を摂取した場合は永続的に能力値が増大するなど、条件さえ揃えば強者になりやすい人類種の一つでもあった。
そんな吸血鬼族の中に、自分達の種族こそが人類の中でも至高の存在だと考える一派が生まれるのは必然だろう。
中央大陸においてこの吸血鬼族至上主義を掲げる唯一の国が〈スキュアクス血国〉だった。
「おお、なんと濃い血気をお持ちの御仁だ」
「美しい殿方ね。どこの家の御出身かしら?」
スキュアクス血国の首都の路上を歩いていると、反対側の歩道にいる人々が話す声が聞こえてくる。
老若男女の吸血鬼族達の視線は俺に向けられており、彼らの噂する話題の主は俺で間違いないだろう。
今の俺は吸血鬼族の進化先である不死鬼族に変身しており、周りにいる吸血鬼族達よりも上位の種族だ。
人類種間において、上位種同士は互いが上位種であることを認識できる。
人類種間の横の繋がりがそうである一方で、同種族間における縦の繋がりでも相手が上位種族か否かを認識できるかと言えば必ずしもそうではない。
少なくとも人族は相手が人族系上位種かどうかを認識することはできない。
だが、吸血鬼族は血に関する種族特性を持つ関係から一目見ただけで相手が吸血鬼族か不死鬼族かを本能的に理解できていた。
逆もまた然りで、俺も周りの人々が吸血鬼族であることが一目で分かった。
「それにしても、見事に吸血鬼だらけだな。流石は吸血鬼の国と言うべきか」
多くの人々に見られているが、肩にかかるほどの長さの黄金色の毛髪と紅玉色の瞳に加えて、気難しそうな顔立ちをしているので、俺がアークディア帝国のリオンだと気付く者はいないだろう。
周りに向けていた意識を遠目に見える王城へと向ける。
空間的に強固に遮断されているため、城内の気配を探るのは無理なようだ。
「他の都市の城ならここまで近付けば分かったんだが、王城だからか使われている空間技術も高いな」
【魔賢戦神】の【情報蒐集地図】で王城のマップを確認できれば楽だったんだがな。
スキュアクス血国の国境から内部にある首都に向けて順に都市を調べていったが、探し人は見つからなかった。
「……ベアトリクス皇太后陛下か。ここで見つかるといいんだけど」
アークディア帝国の皇帝ヴィルヘルムと俺の婚約者のレティーツィアの母親であるベアトリクスが行方不明になったのは約十年前。
俺が解決するまで病のような呪詛に侵された息子を救う手段を求めて、ベアトリクスは各国を飛び回っていた。
アークディア皇帝が弱っていることを広めないために、ベアトリクスは身分を隠して動いていたらしい。
活動的な性格かつ高レベルだった彼女の意向もあって随伴者は最低限だったが、当時のアークディア帝国が用意できる中では精鋭の者達が同行しており、ベアトリクス自身の強さもあって国外での活動が許可されていた。
そんな彼女達からの定期連絡が途絶えて以降、アークディア帝国の諜報部隊によって秘密裏に捜索が行われたが、これまで何の手掛かりも見つかっていなかった。
だが、近年スキュアクス血国が他国と戦を起こし、その情報の中にベアトリクスへと繋がる情報があったことで漸く状況が動いた。
さっそく帝国の諜報部隊が派遣されたが、吸血鬼族至上主義国家で動かせる人材には限りがあった。
もしベアトリクスが捕らわれているならば、捜索に時間をかけ過ぎると生きたまま救出することができないかもしれない。
そう判断したヴィルヘルムから、スキュアクス血国にいると思われるベアトリクスの捜索と救出を秘密裏に要請された。
俺が他種族に変身できるのをヴィルヘルムは知らないが、多種多様な能力やアイテムを所持していることは知っている。
それらの多彩な手札と、これまでの実績もあって俺に話が回ってきたらしい。
ベアトリクスは将来的に義母になる相手とあって二つ返事で承諾して、スキュアクス血国にやってきた。
「四血神器。吸血鬼達に伝わる血液同化型神器、ね」
スキュアクス血国が直近の戦争で使用したという強力な武器。
その特徴がベアトリクスが持つ〈四血神器〉に酷似していたのが、スキュアクス血国に皇太后誘拐容疑がかけられた理由だった。
かなり特殊な神器らしく、吸血鬼達の血液に宿り、所持者が死ぬとそれ以降に生まれた吸血鬼の赤子にランダムで宿るという特徴を持っている。
四血神器を体内に宿しても普段は休眠状態でいるので、神器が目覚めない限りは所持者は一生気付くことはないそうだ。
ベアトリクスが宿している四血神器は覚醒しており、ヴィルヘルムもレティーツィアも見せてもらったことがあった。
四血神器は譲渡が不可能で、吸血鬼の赤子にランダムで宿る性質から、この十年でベアトリクスと同じ神器を持つ者が戦場に現れるのはほぼ不可能だ。
その使い手が成人した吸血鬼ともなれば不可能だと言える。
故に、ヴィルヘルム達はベアトリクスの神器を元にした模造品だと判断し、その研究と生産のために彼女が捕まっていると判断したのだった。
「ふむ。侵入と探知を防止するタイプの空間遮断結界か。警報の類いは備わっていないのは都合が良いな」
王城の近くまで来ると、【強欲神皇】の【発掘自在】で結界に穴を開けて内部に侵入する。
結界内に入ってすぐ【情報蒐集地図】の派生スキル【地図有効化】で城内のマップを取得し、ベアトリクスの名前で検索を行う。
「見つけた。場所は城の地下か」
マップ上のベアトリクスの詳細ステータスを開くと、衰弱してはいるが今すぐ死ぬほどではないことを確認する。
確実に救出すべく地下周辺の警備網に意識を向ける。
俺の能力ならば問題なく救出できることを確かめていると、地上階からベアトリクスがいる地下空間に人が訪ねてきた。
その人物の名前にあるスキュアクスという名前から、この人物はスキュアクス血国の王族の一人のようだ。
「皇太后陛下の異母兄弟か。まさか犯人が陛下の祖国とは思わないよな」
他国に嫁いだとはいえ、自分達の血族に宿った神器ならば、それは自分達の国の所有物だと考えたのかもしれない。
ベアトリクスの異母兄弟の詳細ステータスに目を通していくと、彼の体内に神器が宿っていることが分かった。
同時に、衰弱しているベアトリクスの体内にも神器が宿っている。
神器の名称こそ異なっているが、この二つの神器は元は同一の神器ではないだろうか?
直感でしかないが、なんとなくそんな気がしていた。
「血に同化している神器だから分割したのか? 面白い技術だな」
せっかくだから、そのあたりの技術も獲得しておきたいところだ。
まぁ、最優先はベアトリクスの救出なので捕らわれている場所の近くにあったら回収しておくとしよう。




