第392話 秩序の魔王
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「──〈秩序の魔王〉、か。〈勇者〉で〈賢者〉で、〈聖者〉で〈魔王〉とは、自分自身の事ながら属性盛りすぎだな」
ヴェスキル基地での戦闘後、その跡地にて鹵獲した飛行艦の貨物庫を調べている最中、中央大陸の方で動いていた本体が〈聖邪の魔王〉との取引を成功させた。
その取引によって新たに獲得したユニークスキルがきっかけで、人類でありながら〈魔王〉になってしまった。
分身体が今いるリテラ大陸での活動にお誂え向きな力なので、是非とも有効活用させてもらうとしよう。
本体に割り振った思考と同じことを考えつつ、読んでいた資料を閉じて【無限宝庫】に放り込む。
雑然とした貨物庫内には、多種多様の物資が納められている。
その中でも一際存在感を放っているコンテナがあり、不時着の際の衝撃でコンテナに装着されていた拘束・封印系の魔導具が外れていた。
コンテナから放たれる異質な魔力が周囲の空間を侵蝕しており、貨物庫内はちょっとした異界と化している。
〈魔元帥〉ラゼル達四人の援軍をヴェスキル基地に連れてきた転移使用者は、ラゼル達を連れてきた後すぐに此処に来ていた。
だが、貨物庫内が異界化していて入れなかったらしく、やがて諦めたのかヴェスキル基地を去っていった。
彼らがヴェスキル基地に来たタイミングと、飛行艦を鹵獲したタイミング的に微妙なところだが、あの転移使用者の目的はこのコンテナの中身の回収とみて間違いないだろう。
「真秘悪魔、いや彼らの世界である幽世の魔力か」
心身を侵そうとしてくる異界の魔力を弾きながらコンテナの中に入ると、そこには四方から伸びる鎖に繋がれた一冊の本があった。
象牙色の本の表紙には幽世の文字が記されており読むことはできないが、手に取って中身を開けば文字は読めなくても内容は理解できるらしい。
対精神干渉系の魔導具や対抗スキルで幾重にも対策を施してからでなければ、発狂死する可能性が高いと、先ほど読んだ資料には書かれていた。
「……まぁ、この程度なら大丈夫だな。ふむ。内容的に、これがグランアス真帝国の技術革新の根源かな? いや、あくまでも一端か?」
封印の鎖を解いて象牙色の本の中身を読み進めていくと、様々な知識が脳内に流れ込んできた。
その知識と共に周囲の空間と同じ異質な魔力も入り込んでくるが、俺の心身を侵すには少し力不足だ。
とはいえ、精神にかかる負荷の鬱陶しさは中々のレベルなので無力化するか。
「仮に使うにしても、このままだと使い難いな。悪魔の力なら通じるだろう。〈蒐集〉」
【無限宝庫】から漆黒の本〈異界魔神星書〉を取り出すと、目の前の象牙色の本から力を吸収し始めた。
独りでに浮かぶネクロノミコンの黒地のページがパラパラと開かれ、象牙色の本と同じ言語の文字が白色で刻まれていく。
真秘悪魔関連だから吸収できると思ったが、予想は当たっていたようだ。
空間を満たす異質な魔力も吸い上げられていき、精神にかかっていた負荷が弱くなっていくのが分かった。
象牙色の本も抵抗しているようだが、ネクロノミコンとは同格の伝説級最上位であるため、あとは相性の問題だ。
ネクロノミコンが真秘悪魔や幽世の力の〈蒐集〉に特化しているのに対し、あちらはその力の塊なので俺にとっては最高の相性と言える。
宿していた力を根刮ぎ奪われた象牙色の本は、最終的に本自体も魔力粒子と化してネクロノミコンに取り込まれていった。
吸収作業が終わったネクロノミコンを手に取ると、文字色以外は黒一色だった革表紙に金飾が追加されていた。
成長する魔導具として作ったから、大量の力を取り込んだことで成長したようだ。
「成長しても等級は変わらないか。中身に追加された同じ内容を読んでも心身を侵蝕してくる様子はないな」
まぁ、持ち主である俺以外が読んでも問題ないとは言えないけど。
「そういえば、人魔の〈魔王〉であるリリスの血にも真秘悪魔の力が溶け込んでいるはずだよな。試すか」
本体の方で収納したリリスの血を【無限宝庫】から取り出して、一滴だけネクロノミコンに垂らしてみた。
すると、血に宿る力がネクロノミコン全体に瞬時に広がっていき、革表紙と中身のページの質感を変化させていった。
「伝説級最上位から神域級下位に上がったということは神器化したのか」
名称も〈異界魔神星書〉ではなく〈外界魔神創書〉に変化していた。
適当にページを捲って中身を確認し、神器として俺に帰属していることも確認してから【無限宝庫】に放り込んだ。
「さて、予想外の収穫だったが、そろそろ動くか」
鹵獲した飛行艦を俺の固有領域〈強欲の神座〉へ一先ず送ると、ヴェスキル基地の上空へと移動する。
凄惨たる有り様の地上を見下ろし、ヴェスキル基地がある盆地を囲む山脈を見渡した後、〈魔王〉に許された力を発動させた。
「顕現せよ、〈魔王迷宮〉」
称号〈魔王〉に付随している固有侵蝕領域〈魔王迷宮〉の展開能力を行使する。
同時にユニークスキル【無限源喰の世界龍】の内包スキル【創生ノ神戯】の派生スキル【世界創星】で行える迷宮創造能力も発動させ、魔王に補正を齎す〈魔王迷宮〉の領域に設定した大地を造り替えていく。
俺の身体から莫大な量の魔力が解き放たれると、大地が震えると共に盆地全ての地面が隆起していき、周りの山脈も取り込んで超巨大な山が構築される。
標高約四千メートルの高峰の創造が完了し、山の麓には次々と樹々が生えていった。
「名前は、〈魔王迷宮:秩序の侵域〉とでも名付けるか」
〈魔王迷宮:秩序の侵域〉の領域内には〈秩序〉の力が働いており、徒歩以外の方法で最深部に向かうのを封じるために転移での移動が出来ないようになっている。
高峰の中はポピュラーな大迷宮になっており、この最深部で〈秩序の魔王〉が待ち受けているという想定でダンジョンを構築している。
【世界創星】で創造したダンジョンの機能で生成できる様々な魔物は、〈魔王迷宮:秩序の侵域〉の領域内であれば何処からでも顕現する仕様で、大迷宮の外だからといって安全というわけではない。
大迷宮外に顕現した魔物は野放しにするつもりなので、リテラ大陸で減少した魔物を補充するのに一役買ってくれるはずだ。
山麓では外側に向けて草木が繁茂して樹海を形成し、〈魔王迷宮:秩序の侵域〉の範囲を拡大していくため、これも大陸内の魔と人の均衡を取り戻すのに役立つことだろう。
樹海の範囲が広がれば広がるほど、転移無しで大迷宮の入り口がある山麓に到達するのが困難になるので、時間が経つに連れて攻略難度が上がっていく。
ある程度のところで領域の拡大は止めるつもりだが、暫くはそのままだな。
「次は魔物の数の調整を、っと。ふむ。思ったよりも動きが早かったな」
固有侵蝕領域〈魔王迷宮:秩序の侵域〉を展開してから半日が経った頃。
魔王迷宮に出現する魔物の数の微調整を行おうとしていると、〈秩序の侵域〉の領域外の空間が開き、その時空間連結孔から次々と飛行艦が姿を現してきた。
ヴェスキル基地から撤退した飛行艦とは別の艦らしく、他の基地にある空間連結機能付きの飛行艦を移動手段として駆り出してきたようだ。
たった半日ほどで兵の動員を完了させたようだが、マップを見た限りでは、どの艦にも一般兵しか搭乗していない。
ラゼル達のような真帝国の強者は動員していないことからも、目的はヴェスキル基地跡地に出現した山の調査なのだろう。
「良いタイミングだ。宣伝するには都合が良い」
飛行艦が樹海の上空に差し掛かると、突然飛行艦の浮力が失われて地上へと墜落していった。
魔王迷宮内では徒歩以外の手段は禁止だ。
馬やバイク、車ぐらいなら許可しているが、飛行艦といった大規模な人員輸送手段は転移などと同様に禁止されている。
魔王迷宮内に働くその〈秩序〉によって、飛行艦は問答無用で全機能を停止させられる。
飛行中にそんなことが起きれば、全ての飛行艦は墜落するしかない。
樹海に幾つもの爆炎が膨れ上がると共に、数百、数千の兵士達が死んでいき、その大量の経験値が俺へと流れ込んでいった。
事前準備による結果なので労せず、というわけではないが、簡単に大量の経験値を得ることができた。
墜落前にギリギリ脱出に成功した兵士もいるようなので、飛行艦が使えないことは真帝国にも伝わることだろう。
「人間相手にこれだけの経験値が手に入るなら、レベル百に到達するのは思ったよりも早いかもしれないな」
まぁ、次からは飛行艦は使わないだろうし、これほどの経験値を一度に獲得できる機会は今後はないだろうけど。
樹海に咲いた爆炎の華から視線を外すと、〈魔王〉として人類側に偏り過ぎたリテラ大陸の〈秩序〉を取り戻すべく、魔王迷宮から放出される魔物の調整を行うのだった。
☆これにて第十四章終了です。
魔王を軽く倒して始まり、最後は自分自身が魔王となりましたが如何だったでしょうか?
この章では幾つもの対比の言葉を意識しました。
〈勇者〉と〈魔王〉、〈混沌〉と〈秩序〉、〈豊饒〉と〈暴食〉、〈生命〉と〈死〉。そして〈聖邪〉などなど、色々あったかと思います。
中央大陸は〈勇者〉として、南方大陸は〈神〉として、西方大陸は〈魔王〉として、リオンは基本的に動いていく予定ですので、今後の展開にご期待ください。
次の更新日に十四章終了時点の詳細ステータスを載せます。
魔権系ユニークスキルの所為でユニークスキル獲得数は過去最多になるかと思いますが、よろしければご覧ください。
十五章の更新はいつも通りステータスを掲載する次の更新日の、その更に次の更新日からを予定しています。
十五章ではかなり久しぶりに神迷宮都市アルヴァアインでの活動に触れていく内容になる予定です。
前から書こうとは思っていたのですが、他に書かないといけない内容があって漸く書けます。
引き続きお楽しみください。
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