第391話 聖邪と秩序
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「──なるほど。それは何とも波瀾万丈な人生でしたね」
〈聖邪の魔王〉ことリリスから聞いた身の上話を纏めると、こんな感じになる。
彼女が生まれたのは、今いるメディカ医国の三つ隣にある国〈ナザラ王国〉。
その国の高位貴族の家に生まれ、十代までは順風満帆な人生を送っていた。
他国の王族の婚約者もおり、じきに結婚するという時期に突然の婚約破棄。
婚約破棄の理由は国の事情であり、この国の事情とは政変、つまり王位継承権争いのことであった。
継承権第二位だった元婚約者には、リリスとの婚約を破棄した後すぐに新たな婚約者ができ、その女の家の支援によって玉座についた。
前国王はリリスの婚約破棄直後に急死しており、死因は事故死。
この怪しさ満点な急死の真相は暗殺であり、暗殺には新たな婚約者である女の家が関わっていた。
暗殺を実行したのは悪魔を崇拝する秘密結社であり、前国王暗殺の対価に秘密結社が求めたのがリリスだった。
リリスも知らなかったことだが、彼女の先祖には〈聖者〉がいたらしく、その聖なる血が流れている彼女を贄にして真なる悪魔を召喚するのが目的だったそうだ。
元婚約者の王子に話し合いを口実に呼び出され、待ち伏せしていた秘密結社に攫われ、儀式の準備が整うまでの暇つぶしに結社の人間から一連の出来事の裏側を明かされたらしい。
やがて、儀式が執り行われ、真なる悪魔である真秘悪魔がリリスを器にして顕現する……はずだった。
真秘悪魔はリリスの身体を乗っ取り受肉しようと彼女の魂に干渉する。
だが、真秘悪魔が肉体を乗っ取る際の影響で有効化された特異権能級ユニークスキル【猛毒齎す死の天使】がその力を発揮し、精神世界で真秘悪魔を返り討ちにした。
真秘悪魔を倒しただけでなく、逆にその力を奪い、第二のユニークスキルまで発現させていた。
人間の精神と魂のままに人魔族となってしまい、その肉体の劇的な変化の影響によって暴走し、秘密結社の儀式場にいた全ての構成員を鏖殺した。
その後、現場から逃走し、実家にも戻ることもできず彷徨っていたところに、運悪くエリュシュ神教国の対悪魔部隊に遭遇し襲撃を受ける。
瀕死の重体になりながらも対悪魔部隊を倒し続けていると、〈聖邪の魔王〉の称号を取得してしまい〈魔王〉へと覚醒する。
その力を以てどうにか生き残ると、デモノイドの魔王であることを隠して人間として暮らし始めた。
そうして、ユニークスキルの力を使って商人として平穏に暮らしていたところに俺が現れたというわけだ。
要約してもなお長いが、それだけ激動の人生だったということだな。
「エリュシュは〈聖邪の魔王〉の存在を把握していましたが、その姿が悪魔形態なのですか?」
「はい。先ほどの人魔形態は人間として暮らしているうちに身に付けた姿ですから」
「道理で聞いていた姿と違ったわけですね」
山羊頭の女体の上半身と蛇の下半身、そして蝙蝠のような翼を持つと聞いていたので、さっきのサキュバスみたいな姿には少し驚いた。
中身が人間のデモノイドでも人魔形態になれるというのは良い情報だな。
「以上が私が抱えている事情です。ご満足いただけましたか?」
「ええ。〈賢者〉としての知識欲が満たされましたよ。一つ聞きたいのですが、元婚約者とその新しい女には復讐したのですか?」
「いいえ。あれ以来会っていません」
「何故です? 今の貴女なら彼らを破滅させることは容易いことでしょう?」
「……復讐のことは勿論考えました。ですが、負の感情に寄りすぎると、魔の側に傾いてしまうんです」
「魔、ですか?」
「はい。私の〈聖邪の魔王〉の特性です。私が人間として普通に暮らせるのも魔の属性に傾いていないからです」
「ふむ。〈聖邪〉とは、要するに〈善性〉と〈悪性〉の両方の属性を持つということ。その均衡次第で貴女の精神性に何かしら影響が出る、という認識で合ってますか?」
「はい、合っています。ですから……復讐のために動くことはできません」
元婚約者一味への憎悪と、心まで人間でなくなるかもしれない恐怖との間で葛藤するリリスを暫く眺めた後、中断していた話を続けた。
「話の続きですが、私が対価に求めるのは貴女が持つユニークスキル【神毒齎す死の熾天使】のコピーと、魔王の血と因子の採取です」
「ユニークスキルのコピーに私の血と、魔王の因子、ですか?」
「〈賢者〉として非常に興味深い代物ですので」
悪魔に打ち勝った人間の魂を持つ真秘悪魔の受肉体であり、更には〈魔王〉の肉体でもある存在の血と因子とか、研究対象としては非常に興味深い。
「コピーということはユニークスキルを失うわけではないのですね?」
「はい。その点は問題ありません」
「もう一つユニークスキルがあるのですが、そちらは?」
「もう一つの【色欲と秘術の魔権】は大丈夫です。必要なユニークスキルは【神毒齎す死の熾天使】のみです」
魔権系ユニークスキルなため、初めて会った時にコピー済みだ。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【色欲と秘術の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
俺の話を聞いて熟考していたリリスだったが、何も損をすることはないと納得したようで承諾してくれた。
「分かりました。取引の件、お受けいたします」
「ありがとうございます。この取引は私が使うスキルによるものです。一種の契約スキルなので他人に情報が漏れることはないのでご安心ください」
「それは安心しました。契約スキルなら、何かを書く必要があるのですか?」
「いえ、今の話を聞いた上で同意の意思を示せばいいだけです。私のこの手を握っていただくだけで構いません」
そう告げてから手を差し出すと、リリスは緊張しつつもしっかりと俺の手を握ってきた。
[対象の同意が確認されました]
[ユニークスキル【強欲神皇】の【拝金蒐戯】が発動します]
[対象のユニークスキル【神毒齎す死の熾天使】を複写獲得しました]
かなり久しぶりに【拝金蒐戯】でスキルをコピーしたが、無事にコピーできたようで何よりだ。
これで新たなスキルを獲得できるはず──。
[一定条件が達成されました]
[ユニークスキル【強欲神皇】の【拝金蒐戯】が発動します]
[対価を支払うことで新たなスキルを獲得可能です]
[【天地狩る暴食の覇王】【祝災齎す創星の王】【混沌なる破戒竜】【死と再生の暴食王】【神毒齎す死の熾天使】【強欲君主の大罪竜鎧】【不死の生命櫃】【超越回復】【神速再生】【生命解放】【魔生循環】【超越成長】【世界喰い】【世界法則干渉】【輪廻転生】【古龍霊血】【龍王因子】【混沌と秩序】【豊饒なる生命の神核】【創世の欠片】【境界の欠片】【侵星の欠片】【強欲なる性豪】【人類侵伴】【迷宮の支配者】【毒の王】【理の担い手】【世界ノ楔】【世界の守護者】【世界の破壊者】【混源の大君主】〈成長深化〉と大量の魔力を対価として支払い、ユニークスキル【無限源喰の世界龍】を得ることができます]
[新たなスキルを獲得しますか?]
[同意が確認されました]
[対価を支払い新たなスキルを獲得します]
[ユニークスキル【無限源喰の世界龍】を獲得しました]
ほう……これは、素晴らしいな。
予想通りの力もあれば、予想外の力も内包している。
これから忙しくなるなと思っていると、情報通知はまだ終わっていなかった。
[◼️◼️◼️◼️より恩寵が与えられます]
[称号〈世界の加護〉を獲得しました]
[特殊条件〈世界の加護〉〈魔性現身〉などが達成されました]
[称号〈魔王〉を取得しました]
[対象の魔王の冠位が選定されます]
[特殊条件〈多神加護〉〈魂業:中庸/善〉などが達成されました]
[対象の魔王に〈秩序〉の冠位が与えられます]
[称号〈魔王〉が称号〈秩序の魔王〉へ変更されました]
「ぶっ!?」
「ど、どうしました?」
「い、いえ、何でもありません。失礼しました」
ま、まさか人間のままで〈魔王〉になれるとは思わなかった。
ええと、あっ、これ出来るようになったんだ。
タイミング的に【無限源喰の世界龍】になったからか?
このままやっておくか。
[対象を融合します]
[【獄炎神域】+【地刑神域】=【混沌神域】〈神秘の混沌〉]
[【錬星神域】+【悲嘆神域】=【秩序神域】〈強欲神の秩序〉]
固有属性〈神秘の混沌〉と固有領域〈強欲神の秩序〉か。
まぁ、大体は名前のイメージ通りの〈権能〉みたいだな。
「……ところで、今の私を見て何かを感じませんか?」
「何か、ですか?」
「例えば、そうですね。〈魔王〉として何か感じるものはありませんか?」
「うーん、いえ、特に何も感じませんが……」
「ふむ。そうですか」
同族、いや同属の〈魔王〉として俺はリリスから感じるモノがあるのに彼女は感じないということは、〈秩序の魔王〉としての称号効果はちゃんと効力を発揮しているようだ。
称号〈秩序の魔王〉には、〈秩序〉、要は法則や理、調和などといった〈秩序〉のイメージからくる各概念に対する非常に強大な補正を齎す効果がある。
〈秩序の魔王〉は〈人間〉の〈魔王〉だ。
これは言い換えれば、〈人間〉でもあり〈魔王〉でもあることを意味している。
そのため、この称号〈秩序の魔王〉の効果で種族秩序が保たれることによって、〈人間〉の側面と〈魔王〉の側面を自由に切り替えられる効果が生まれていた。
つまり、好きなタイミングで〈魔王〉の存在感を出すことが可能というわけだ。
今の俺なら同属の〈魔王〉が気付くことはないし、〈勇者〉と敵対しても〈星戦〉は発動しないと、確証はないが確信している。
「詳細は明かせませんが、たった今手に入れた力を用いればリリス会長の〈魔王〉としての存在感の隠蔽をより一層強めることができそうです」
「本当ですか!」
「はい。残りの対価をいただいた後にこの力も一緒に追加してもよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。お願いします」
リリスから彼女の血を採血させてもらってから、再び握手して彼女に必要な力を渡していった。
[対象へ対価が支払われます]
[ユニークスキル【強欲神皇】の【拝金蒐戯】が発動します]
[対象がスキル【隠神ノ幕】を複写獲得しました]
[対象がスキル【劣・失墜ノ烙印】を複写獲得しました]
[対象がスキル【劣・循環ノ秩序】を複写獲得しました]
自らのステータスの偽装・隠蔽を行う【隠身ノ神戯】の派生スキル【隠神ノ幕】と、称号の力を封じることもできる【失墜ノ烙印】を自分限定にした機能制限版を与えた。
更に、俺は称号〈秩序の魔王〉自体の効果で〈魔王〉としての側面を完全に消すことができるが、この効果は自分限定であるため、似たようなことが可能な【無限源喰の世界龍】の内包スキル【循環ノ秩序】の機能制限版を追加で与えておいた。
神域の力で三重で封じておけば、オリジナルの力を持つ俺以外の者にリリスが〈魔王〉だとバレることはないだろう。
「使い方は分かるはずです。試してみてください」
「分かりました……どうでしょうか?」
リリスから感じていた〈魔王〉の力が完全に消え去った。
【情報賢能】の力のみでステータスを暴こうとしてみたが、先ほどまで視えていたステータスは視えず、現在の偽装済みのステータスしか確認できなかった。
隠蔽に使われている力のオリジナルを万能鍵として用いてから【情報賢能】を使えば本当のステータスが視えたので、個々の能力が効果を発揮していることは間違いないようだ。
「ちゃんと隠蔽も封印もできていますね。試しに〈勇者〉として戦意を向けてみましょうか?」
「……お願いします」
「では」
「ッ!?」
──目の前の〈魔王〉を殺す。
その戦闘の意思を込めてリリスを威圧するが、〈星戦〉の通知が脳内に鳴り響くことはなかった。
確認を終えたので戦意を抑えると、リリスが崩れ落ちそうな身体を支えるようにテーブルに手を突いた。
額に大量の汗をかいているリリスに【無限宝庫】から取り出したハンカチを手渡す。
今ので〈星戦〉が発動しないならば、俺も大丈夫ということだ。
これで確証も得られたし、今後の活動や計画に支障をきたすことはないだろう。
せっかくだから、リテラ大陸での活動は魔王ムーブではなく、正式に〈魔王〉として動くのも良さそうだな。




