第389話 豊饒の贄
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神域権能級ユニークスキル【荒野と栄華の堕天神】の内包スキル【砂漠ノ神戯】により発生した戦略規模の砂嵐が、戦場であるヴェスキル基地一帯を覆い隠す。
大砂嵐の範囲は俺の眼前にいる〈魔元帥〉ラゼルと〈錬鉄勇騎〉ルダーだけでなく、数キロほど離れた場所で〈黒き仔山羊〉と戦っている〈煉獄魔漢〉アランと〈穿滅銃〉バンにまで及んでいる。
戦略規模の砂嵐や砂漠を発生させ支配する【砂漠ノ神戯】の派生スキル【砂神ノ地災】は、まさに神の災いの名を彷彿とさせる規模と出力を誇る。
天地を満たす砂と風の暴威は、生物と非生物に関わらず存在を枯渇・劣化させ、やがて砂塵へと至らせるだろう。
「とはいえ、この力では塵にするのに時間が掛かるんだけど」
ヴェスキル基地にある物体は物質的にも技術的にも高度なものばかり。
効果範囲を優先している【砂神ノ地災】では、これらの物体を砂塵と化するには多少の時間が掛かるだろう。
まぁ、別に辺り一面を砂塵に帰すのが目的で【砂神ノ地災】を使ったわけではないため、いつまでも発動させ続けるつもりはない。
「移動は勿論、音も光も魔力も上手く阻害できてるわね」
戦場にあった全ての駒が砂嵐によって分断された中、術者である俺だけは阻害されることなく戦場を認識できている。
砂を生成・支配・同化・強化する【砂漠ノ神戯】の第二の派生スキル【砂神ノ化身】の応用で、砂嵐の中の情報を獲得しながらその場から移動する。
「ふむ。この神域の砂嵐でも冠位勇者の金属を削れないとはね。聖気を宿した金属故に威力が削がれるのは理解できるけど……なるほど。ランクアップしてから追加された能力のおかげというわけか」
特異権能級の【金属と変異の魔権】から帝王権能級の【金属と変異の統魔権】へとランクアップしたことにより、新たに固有特性〈錬成者〉と内包スキル【黄金錬成】が追加されている。
錬成効果を常時強化する〈錬成者〉と、凡ゆる金属の性質や強度などを超強化する【黄金錬成】。
この二つの力があるおかげで、神域権能級のユニークスキルである【荒野と栄華の堕天神】の力にも対抗出来ているというわけだ。
「まぁ、一番の要因は冠位勇者だからだけど」
冠位称号〈錬鉄の勇者〉を持つルダーを砂嵐の中から見据える。
猛威を振るう砂嵐に対して、ルダーは新たな力で強化された液体金属を壁にすることで防いでいた。
他の三人は襲い掛かってくる砂嵐を防ぐのに四苦八苦しているが、ルダーだけは余裕を以て防御しているように見えた。
【砂神ノ地災】の砂嵐でも研磨されないほどに強化された液体金属に感心しつつ、砂嵐と同化したまま接近していく。
死角も液体金属で完璧に防御しているルダーに近付き液体金属に触れると、【強欲神皇】の【発掘自在】を発動させた。
「何ッ!?」
「先ほどぶりね、ニンゲン」
「グッ!?」
【発掘自在】で液体金属の壁に穴を開け、左腕の肘から先を触手化させてからルダーの身体を拘束した。
ルダーは全身に纏わせている金属を操作して触手を斬り裂こうとするが、俺の方が動くのは早い。
「【失墜ノ烙印】」
【荒野と栄華の堕天神】の内包スキルが発動し、ルダーの身体に烙印が刻まれる。
触れた対象が有する力に対応した烙印を刻み、その力を減衰・封印する【失墜ノ烙印】が効力を発揮する。
ルダーが纏う金属が大幅に弱体化するだけでなく、宿していた聖気の質と量も目に見えて減衰した。
【失墜ノ烙印】で失墜させた力は冠位称号〈錬鉄の勇者〉。
勇者の中でも選ばれた存在の証である冠位称号を封印され、ただの〈勇者〉へと堕ちたルダーから、身に纏っていた金属が次々と剥がれ落ちていく。
頭部を覆っていた金属も剥がれ落ち、ルダーの驚愕した顔が露出する。
目の奥に僅かな恐怖を宿した双眸と至近距離で見つめ合うと、右手を巨大な龍へと変化させた。
右手の龍の口をルダーを丸呑みにできるほどに大きく開かせていると、背後の砂嵐の壁を何かが突破してきた。
まず目に入ったのは、いつ空中分解してもおかしくないパワードギアの姿だった。
パワードギアの各部の亀裂からは、装着者である〈穿滅銃〉バンの血液やパワードギアに使われている錬金溶液などの液体が溢れ出ている。
感じる生命反応からもバンが死に体なのは間違いない。
そんなバンを盾にして共に砂嵐を抜けてきたラゼルが彼の背後から飛び出してきた。
暴食のオーラで身を守っていたラゼルの身体もボロボロだったが、その手には先ほどまでの戦闘時には持っていなかった長槍が力強く握られているのが見えた。
おそらく【異空間収納庫】にでも収納していたんだろうが、凄い力を宿した槍だな。
【強欲なる識覚領域】で認識した背後の状況に対処するため動こうとするが、目の前のルダーが手にしていた聖剣のサイズが突如として変化した。
サイズを変化させて聖剣を触手の拘束から抜け出させると、そのまま手首の動きだけで俺の身体を斬り付けてきた。
闇色のドレスが破け、その下の白い肌が薄っすらと斬り裂かれる。
大したダメージではなかったが、その攻撃は今の状況では致命的な隙を生むこととなった。
髪を変化させた触手の群れでパワードギアのバンを殴打して払い除けた時には、ラゼルが突き出した槍が俺の身体を貫いていた。
「あら……ワタシの身体を容易く貫くなんて、何なのかしら、この槍は?」
「他国との戦で得た戦利品じゃよ。名を〈ロンギヌス〉。キリシアでは魔を必ず滅する力を持つと謳われている至高の聖槍じゃ。お主にはよく効くじゃろう?」
背中から身体を貫き、胸部から突き出てきた聖槍ロンギヌスの穂先には俺の心臓が突き上げられている。
ロンギヌスが貫いてもなお拍動が止まる気配のない自らの心臓を興味深く眺めていると、前後から困惑している気配が発せられてきた。
異常に気付いたラゼルがロンギヌスを引き抜こうとするのを、胸部の筋肉を収縮させることで掴まえる。
一瞬身体の動きが止まったラゼルを討つべく、毛先に乱杭牙の口を生やした無数の触手髪を殺到させた。
「ぐ、ぐぅあああぁッ!?」
至近距離からの無数の触手髪に全身を貪られていくラゼルが悲鳴をあげる。
彼の老いた肉体は瞬く間に食い尽くされていき、悲鳴はすぐに止んだ。
[スキル【模造義骸】を獲得しました]
[ユニークスキル【死と再生の暴食王】を獲得しました]
このラゼルからもスキルを獲得できるのではと考えていたが、その推測は当たっていたようだ。
「なるほど。憑依系ではなく操作系か。肉体の死と共に魂が消えてしまってはどうしようもないか。伊達に長くは生きていないらしいな」
これ以上の情報は持ち帰られる心配はないと判断して、口調を元に戻す。
触手髪を操作して未だ脈打つ自分の心臓を回収後、身体を貫通しているロンギヌスを【無限宝庫】へ収納した。
「さて、予定通りこの口でトドメを刺してやろうか? それとも楽に殺してやろうか? ニンゲンを食う趣味はないから好きに選ばせてやるぞ」
「……死ね、化け物め」
「そうか。では、化け物らしい方法でいこうか」
右手の龍でルダーを丸呑みにすると、彼の肉体のみを対象にして【豊饒権限】の派生スキル【豊饒ノ神贄】を使用した。
捧げた贄に応じた贈り物を獲得するスキルは問題なく発動し、脳裏に狙い通りのモノが手に入ったことを知らせる情報通知が浮かび上がった。
[特殊条件〈冠位封印〉〈豊饒神贄〉などが達成されました]
[冠位に対する適性がある場合のみ称号の移譲に成功します]
[称号の移譲に成功しました]
[称号〈錬鉄の勇者〉を取得しました]
「ふむ。狙い通りだな。やはり、冠位称号を封じ込めた上で豊饒の力を使えば奪取可能だったか」
あとは、〈強欲の勇者〉の称号と【強欲神皇】の固有特性〈強欲蒐権〉の強奪補正のおかげもあるだろうな。
冠位称号という苗を別の土壌へと移す試みを実行してみたが、無事に成功して何よりだ。
[スキル【火護強壮】を獲得しました]
[スキル【機操の極み】を獲得しました]
まだ砂嵐の中にいたアランがダークヤングに倒されたのとほぼ同じタイミングで、さっき叩き落としたバンの命も尽きたことを知らせる通知が届いた。
右手の龍の口の中からルダーの装備品を吐き出し、他の戦利品共々【無限宝庫】へ回収してから両手を人の手へと戻す。
八大帝剣から手に入れた力の確認を済ませると、触手髪で保持していた拍動する心臓を右手に持った。
「直感に従ってこっちで奪っておくか。奪い解け──【強奪権限】」
【強奪権限】の超過稼働能力〈貪欲なる解奪手〉にて黒く染まった右手が、豊饒神状態の俺の心臓を分解・吸収していく。
[解奪した力が蓄積されています]
[スキル化、又はアイテム化が可能です]
[どちらかを選択しますか?]
[スキル化が選択されました]
[蓄積された力が結晶化します]
[スキル【豊饒なる生命の神核】を獲得しました]
【豊饒なる生命の神核】を獲得した瞬間、既に再生済みの心臓とは別に、もう一つ心臓が生まれたかのような錯覚に陥った。
【豊饒権限】の派生スキル【豊饒ノ黒山羊】を解除して元の身体に戻ってもなお、心臓からは豊饒神の強靭な生命力が感じられた。
スキル効果に納得すると、再び豊饒神へと変身してから砂嵐を解除した。
「メェエエエーッ!」
「よく頑張ったな。偉いぞ」
砂嵐が晴れたことで俺の姿に気付いたダークヤングが駆け寄ってきたので労ってやる。
ダークヤングの上に乗り、触手の一本を撫でてやりながら鹵獲した飛行艦の元へと移動する。
今回得たスキルによって、次に獲得できるであろうユニークスキルの性能が更に高まったのを感じる。
以前から感じていた足りないパーツ自体は変わらないので、やはり必須のスキルなのだろう。
「ちょうど接触できるみたいだし、タイミング的にはピッタリだったな」
中央大陸がある東の方角に一度顔を向けた後、鹵獲した飛行艦へと降り立った。




