第388話 豊饒と錬鉄
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金属の魔人と化した〈錬鉄勇騎〉ルダーが聖剣を頭上に掲げる。
その動きに呼応するように、周辺に散らばる兵器の残骸といった無数の金属片が動き出し、その形態を液状化させていく。
あっという間に地上の大地を鋼色に似た色合いの液体金属が満たした。
蠢く液体金属は鎌首をもたげた蛇の如く隆起し、空中に浮かぶルダーの近くへと集まった。
「では、儂は量より質でいくとするかの」
〈魔元帥〉ラゼルは暴食のオーラを凝縮して槍状にすると、そのオーラをヴェスキル基地へと放った。
放たれた槍状のオーラは基地の上空で弾け、基地内にいた生存者達へと襲い掛かっていった。
どうやら基地の人間を生贄にするつもりらしく、注意を引くのを嫌ったのか〈黒き仔山羊〉には直撃していない。
「あら。同族を助けに来たと思ってたのだけど違ったのね」
「儂としてもそのつもりだったのじゃがな。目の前の脅威に対処するための必要な犠牲じゃ」
「自らの力不足に対する言い訳が上手ね、憐れなニンゲンよ」
「ホッホッホッ。人族は弱い生き物でな。弱い生き物が生き残るには非情さと決断力が必要なんじゃよ」
ヴェスキル基地の各所から一斉に黒いナニカが飛び立ってくる。
そのナニカを一言で表すなら蝿人間だろうか?
初めて見る種だったので【情報賢能】の鑑定・解析能力で確認を行う。
「〈暴食蝿軍兵〉。さっきの機械兵ぐらいの強さかしら。数だけは立派ね」
グライ・ソルジャーが生まれる過程は〈妖星神眼〉の千里眼能力で視ていたが、凝縮した暴食のオーラの破片が当たった人間一人一人が変質した存在のようだ。
どうやら先ほど生み出していた〈暴食魔蝿〉とは生成方法が異なるらしい。
術者のラゼルの元に集まったグライ・ソルジャーの数は暴食のオーラに被弾した人間と同じで、その数は数百体。
戦闘員か非戦闘員かなど関係なく変質しており、見た目は変わらないが素体の違いによって戦闘力に多少の差が生まれているようだ。
強さ的には中央大陸で言うところのBランクかAランク魔物にギリギリ入るといったぐらいだろう。
千体にも届かない数だが、一体あたりの強さを考慮すると小国ぐらいなら滅ぼせそうな戦力だ。
「蟲と金属なら燃やして熱するのが良さそうね」
身に纏う闇色のドレスの一部を引き延ばしてカーテンのように変化させ、その暗幕の影の中から一振りの長剣を取り出した。
「その剣はイグナイトッ!?」
「……なんと、貴様が近頃真帝国を騒がせておる首魁じゃったか。秘匿基地の援軍に来てみれば、まさかの収穫じゃな」
目の前の彼らの今は亡き同僚〈不死鳥〉アグニル・フレム・ライファールの専用魔導機具〈呪装機剣イグナイト〉を取り出すと、期待通りの反応が返ってきた。
ヴェスキル基地へ仕掛けたタイミングから可能性の一つとしては考えていただろうが、これで確信に至っただろう。
「ワタシの領域の下見をしている時に手に入れた物だけど、知り合いだったみたいねッ!」
イグナイトを起動させ、その剣身に【冥獄神炎】の黒い炎を纏わせてから横薙ぎに振るう。
【豊饒権限】の派生スキル【豊饒ノ神蔵】の無尽蔵とも言える生命力を糧にして発動させたイグナイトの【増炎呪核】により増幅した【冥獄神炎】が、黒炎の波浪となって視界一面を漆黒へ染め上げていく。
死属性を内包した黒炎はラゼルとルダーへと襲い掛かり、グライ・ソルジャーの軍勢の一部を瞬時に焼き滅ぼしたが、その全てを一度で滅ぼすことは出来なかった。
黒炎は〈錬鉄の勇者〉であるルダーの聖気入り液体金属にも通じていたが、伊達に冠位勇者ではないらしく、質の高い聖気によって【冥獄神炎】の性質自体が弱体化していた。
そのため、着火した液体金属が延焼する前に流動させて払い除けた上で切り離し、黒炎の波浪の影響を最小限に抑えてみせていた。
「この程度ではやられないようね。じゃあ、これならどうかしら?」
イグナイトから噴き出す【冥獄神炎】の黒炎に対して、ユニークスキル【世界と精霊の星主】の【支配ノ黄金】による干渉を行う。
その黒炎が周囲に迸ると、黒炎の火の粉一つ一つが燃え盛る人型へと変化していった。
便宜上の名前を付けるなら〈黒炎魔人〉と言ったところか。
「行きなさい」
無数の黒炎魔人が空中を滑走し、ラゼルとルダーへと殺到する。
グライ・ソルジャーに近付いた黒炎魔人が爆発し、周囲にいる十体以上のグライ・ソルジャーを道連れにしていく。
グライ・ソルジャーが放つ暴食のオーラを固めた魔弾攻撃では爆発せず、身を削られながらも確実に敵を黒炎の爆炎に巻き込める距離まで近付いてから爆発していた。
一体あたり十体以上を減らせるならば、いずれ殲滅できるだろう。
グライ・ソルジャーの素体である人間は数に限りがあるため、今いる分を倒せば追加はないはずだ。
「蟲はあれでいいとして、勇者は思いのほか厄介ね」
黒炎魔人の爆発は液体金属には然程効果がないようで、爆発を喰らって破壊されても飛沫が再び集まり元通りになっていた。
大量に枝分かれした液体金属の触手のような鞭を乱舞させ、黒炎魔人の黒炎が着火する前に細切れにしている。
ラゼルが暴食の軍勢による物量が武器ならば、ルダーは液体金属の濁流による大質量が武器だ。
数隻の飛行艦をはじめとして、軍用ヘリと軍用車両、そしてパワードギア部隊のパワードギアなどといった金属系の残骸が辺りには大量に散乱している。
ダークヤングが破壊したヴェスキル基地の防壁も使えるだろうし、液体金属の元となる金属素材には事欠かないだろう。
冠位称号〈錬鉄の勇者〉は名称に〈鉄〉とあるが、金属ならば種類に関係なく強化する効果があるらしく、様々な金属の集合体となっている液体金属を丸ごと強化しているようだ。
ルダーのユニークスキル【金属と変異の魔権】の内包スキル【金属支配】【物質変換】【錬成の理】とは上手く噛み合っており、そこに〈勇者〉ならではの聖気まで加わり驚異的な力を発揮していた。
ユニークスキル級である【冥獄神炎】を伝説級のイグナイトで強化しているとはいえ、この冠位勇者が相手では少し手に余るか。
「ふむ……そうね。どれが良いかしら」
レベル九十に満たないレベル八十台の〈勇者〉の対処に悩まされるとは思わなかったが、手段を選ばないなら倒すことは容易だ。
だが、今の俺は魔物のフリをしている。
万が一、中央大陸の〈勇者〉リオンの情報がリテラ大陸に入ってきた場合のことを考えて、リオンで使うような能力を使用するのは控えるべきだ。
そのため、出来るだけ【深闇と豊饒の外界神】の力の範囲内のみで対処するつもりだったが、このままだと時間が掛かり過ぎる。
なので、他のユニークスキルの力も行使することに決めたのだが、手札が多すぎるとこういう時に悩んでしまうな。
「面倒だからワタシが直接手を下すべきかしら?」
黒炎魔人の爆炎を物ともせず迫ってきた液体金属の鋭利な触手に対して、俺も髪の毛を変化させた触手の打撃にて破壊していく。
至近距離まで来た液体金属に向けて【黄金ノ女神】の魅了の力を放ってみたが、液体金属の動きが鈍ることはなかった。
支配はまだしも、動きを鈍らせるぐらいはできると思ったんだがな。
「ん? ああ、なるほど。この戦いでランクアップしたのね」
膨大な質量の液体金属の操作と戦闘行為により熟練度が上がり、ルダーのユニークスキルが帝王権能級へとランクアップしていた。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【金属と変異の統魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
液体金属の陰に隠れて見えなかったルダーの姿を目視した瞬間、魔権系ユニークスキルが再びコピーされた。
ランクアップしたことで別物扱いになり上書きされたようだ。
「倒し方に悩んだ甲斐はあったみたいね。お礼をしてあげるわ」
ちょうど良い方法が思い付いたことだし、さっそく実行に移すとしよう。
「吹き荒れよ」
ユニークスキル【荒野と栄華の堕天神】の【砂漠ノ神戯】を発動させ、周りの全てを大砂嵐で覆い隠した。




