第387話 力の誇示
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「──ふむ。存外上手く避ける。ニンゲンとはいえ、流石は真帝国の猛者と言うべきか」
ヴェスキル基地への援軍のリーダーである〈魔元帥〉ラゼル・ダウム・バーゼラは、俺によって二人殺され八大帝剣となった者達の中から、戦闘に長けた三人を連れてきたようだ。
火焔使いの偉丈夫、〈煉獄魔漢〉アラン・ダ・ラヴァン。
銃火器とパワードギアの使い手、〈穿滅銃〉バン・リード・ガンズ。
八大帝剣であり真帝国が抱える勇者の一人でもある、〈錬鉄勇騎〉ルダー・ブレイヴ・メイアン。
集めた情報通りの容姿と各々のステータスから見ても、彼ら本人だと考えて間違いない。
だが、〈魔元帥〉ラゼルの老体の容貌は情報通りだったが、そのステータスに関しては既知の情報との乖離が見られた。
【情報賢能】の解析能力でより詳細に調べて見たところ、多芸とも万能とも噂されているラゼルの実態について知ることができた。
本当にグランアス真帝国は面白い技術の宝庫だと改めて実感した。
こういった新技術があると勢力間の戦力バランスを調整するのが難しくなるのだが、本当に困ったものだ。
「流石に超越者はいないみたいね。少し期待していたのだけど……まぁ、いいわ。面白いニンゲンもいるから愉しめることでしょう」
触手砲塔からの魔力砲撃の掃射を避け続ける四人の観察を済ませると、彼らの死角である地上の影の中から大量の触手を出現させる。
影の中から這い出た触手の先端も砲塔化し、上空へ向けて一斉掃射させた。
側面と下方からの百を超える魔力砲撃を前に、彼らには逃げ場所はない。
回避できないように彼らの動きを誘導したからだ。
そのことはラゼルにも分かったらしく、彼が最も射線の多い下方へと身を投げ出してきた。
「防げッ!!」
ラゼルの全身から噴き出した黒いオーラが魔力砲撃の雨を遮るように展開される。
見慣れた──というには最近は全く使っていないが──力を宿した黒いオーラは、受け止めた大量の魔力砲撃を喰らい尽くすと、ラゼルから分離してイナゴの群れの如く地上の触手へ向けて殺到していった。
影から現した触手を再び影の中へと引っ込めることで、黒いオーラによる攻撃を回避させる。
攻撃を躱わされた黒いオーラは、そのまま止まることなく突き進み、周辺に散らばっている死体へと群がっていく。
パワードギアの兵士達や俺が生み出した魔物の死体を黒いオーラが覆い、やがてその黒い靄が実体を持つ存在へと変化する。
そこには生物の死体の肉を苗床にして、蝿のような見た目をした醜悪な魔物が大量に誕生していた。
「行けぃ、〈暴食魔蝿〉ッ!!」
術者であるラゼルの声に従い、一メートルサイズの蝿であるグラトニーフライが一斉に飛び立つ。
数百体のグラトニーフライの攻撃先は、当然ながら上空に佇む俺の元だ。
醜い虫に絶世の美女を襲わせるとは、これはR指定な攻撃ではないだろうか?
そんなどうでもいいことを考えつつ、ラゼルのステータスにあるユニークスキルへ意識を向けた。
ラゼルが操るユニークスキル【死と再生の暴食王】の力は、昔リテラ大陸に存在したという、とある〈英雄〉が使用していた力によく似ている。
〈暴食〉系統のスキルはユニークスキル含めて数が多いため、その系統のユニークスキルを所持していること自体は不思議ではないが、生物の死骸から特定の魔物を生み出す力まで同じとなれば話は別だ。
先ほどの解析結果と照らし合わせて考えても非常に興味深い。
「〈豊饒〉と〈暴食〉の対峙だなんて、なんだか面白いわ」
触手髪の砲塔を地上へと向け、魔力砲撃を連射してグラトニーフライを撃ち落としていく。
ジュッという焼ける音を立てながらグラトニーフライを次々と焼滅させていると、上空から巨大な鉄塊が落ちてきた。
膨大な量の魔力を消費して周囲に球体状の魔力障壁を展開し、頭上からの巨大な鉄塊の一撃を受け止める。
振り下ろされた鉄塊の先とは反対側の方に視線を向けると、そこには〈錬鉄勇騎〉ルダー・ブレイヴ・メイアンの姿があった。
「冠位持ちの〈勇者〉なだけあって、それなりの力があるようね」
「うぉおおおーッ!!」
数十メートルにも及ぶ鉄塊のような剣を軽々と操り、魔力障壁へ幾度となく打ちつけてくる。
剣撃の合間に一瞬だけ魔力障壁を解くと、引き戻される最中の鉄塊を拳で殴打した。
細腕から繰り出したとは思えない威力の拳打によって鉄塊が粉々に砕け散る。
鉄塊が砕けた後には、本体である二メートルほどの聖剣がルダーの手に握られていた。
「元魔剣の聖剣か。聖剣化するだなんて大事にしているのね」
「喰らえッ!」
粉々に砕けた鉄塊の破片一つ一つが空中で停止すると、その全てが槍の形状へと変化して俺へと襲い掛かってきた。
だが、その槍の一つたりとも再展開した魔力障壁に傷を付けることは出来なかった。
「クソッ! 聖気仕込みだってのになんて硬さだ!?」
「意外と器用なニンゲンね。あら。残りは向こうに行くの? 寂しいじゃない」
パワードギアを纏った〈穿滅銃〉バンと〈煉獄魔漢〉アランの二人は俺とは戦わず、ヴェスキル基地への侵攻を再開した〈黒き仔山羊〉と〈狂花飛鋼魔兵〉の方へと向かっているのが見えた。
魔力障壁が受け止めている鉄槍を一つだけ奪い取ると、そのサイズを巨大化させ、それ以外の鉄槍は崩壊させた。
【豊饒権限】の派生スキル【豊饒神の御手】には、対象の力を増幅させ、或いは対象の力を減少させる効果がある。
その力により巨大化させた鉄槍を豊饒神の人外の膂力にて投擲した。
投擲先は当然ながらダークヤングの方に向かっている二人だ。
「なるほど。あれだけの火力があるからアチラに向かったわけか」
〈煉獄魔漢〉アランの身体が燃え上がり炎の魔人と化すると、その手から放射した炎によって鉄槍が溶解させられてしまった。
〈穿滅銃〉バンの銃撃は俺には通じなかったが、その銃身の長い魔銃による銃撃はエアダーフラワスの生き残りを一撃で容易く撃ち落としていっていた。
「まぁ、相性って大事だものね。それで、オマエ達二人はワタシと相性が良いのかしら? それとも捨て駒なのかしら?」
「ホッホッホッ。お前さんはどちらだと思うかね?」
「言うまでもないでしょう、ニンゲン」
ラゼルとルダーに翳した手から【豊饒神の御手】によって強化した魔力砲撃を放つ。
視界一面を満たすほどに巨大な魔力砲撃が二人を呑み込んだ数瞬後、魔力砲撃の中から金属球が飛び出してきた。
人間サイズの金属球は至るところに亀裂が入っており、流星の尾のように暴食の黒いオーラを引いていた。
どうやらルダーの【金属と変異の魔権】の【金属支配】で生み出した金属を纏った上で、暴食のオーラで強化魔力砲撃の威力を削いで防いだようだ。
〈錬鉄の勇者〉の冠位称号によってユニークスキルが強化されていなければ、暴食のオーラで減衰していても強化魔力砲撃は防げなかっただろう。
「ルダーよ。奴は〈魔王〉ではないのじゃな?」
「はい。信じられませんが、〈星戦〉が発動しませんので間違いないかと」
「ふむ。この重圧……あの角から魔人種の亜人かとも思ったが、人類種の能力にしてはあまりにも異質過ぎる。魔王級の魔物とみて間違いあるまい」
金属球の中から姿を現した二人の会話を【地獄耳】で盗み聞きながら、ルダーが選ばれた理由の一端について思い至った。
おそらくだが、相対する魔物が〈魔王〉か否かを確かめるために選ばれたのだろう。
他にもグランアス真帝国に属する〈勇者〉は複数人おり、その中でも最適な者が選ばれたといったところか。
とはいえ、ヴェスキル基地からの救援要請の中にあった情報の中に俺に関する情報はなかったはずだ。
彼らの能力から考えても、一番目立っていたダークヤングを基準にしていることが窺える。
その人員を二手に分けるのは彼らとしても想定外だっただろうな。
後方で観戦していた甲斐があったというものだ。
「まぁ、実際のところ別にどちらでも構わないのだけどね。ワタシの力をニンゲンに示すことが出来さえすれば」
冠位称号持ちの〈勇者〉であるルダーや特殊な肉体のラゼルにも魅了が効くかは不明だが、【黄金ノ女神】が通じるならばすぐに決着は着くだろう。
だが、せっかくの力を奮う機会を無駄にはしたくないので、彼らに魅了の力を使うのはナシだ。
視線の先ではラゼルが背中から虫の翅のような巨大な黒い翅を生やし、ルダーは自ら生成した金属を全身に纏って金属の魔人と化していた。
ラゼルの周りには暴食のオーラが漂い、ルダーの全身の金属には大量の聖気が宿っている。
変貌した二人の姿に期待に胸を膨らませつつ攻撃を再開した。




