第386話 豊饒の児戯
◆◇◆◇◆◇
「──動いたか」
パワードギア部隊の数が半分を切り、〈黒き仔山羊〉が全ての魔導砲台を沈黙させた頃になって、漸くヴェスキル基地に動きがあった。
強化外骨格タイプの魔導機具を纏った真帝国軍兵士と俺が生み出した〈狂花飛鋼魔兵〉が飛び交う戦場の向こう側で、ヴェスキル基地の飛行場から飛行艦が次々と離陸していくのが見えた。
「いくら飛行艦が巨大とはいえ、動き出すまで随分と時間がかかったな。ん? 向かってくるのは一部だけか?」
離陸した飛行艦十隻の内、七隻はこちらに向かって来ているが、残りの三隻はその場に留まったままだった。
七隻の飛行艦が艦砲の矛先をダークヤングと俺へ──正確には、俺が椅子代わりにしている指揮官型魔樹〈豊天の戴冠樹霊王〉へ──と向けていると、三隻の飛行艦の艦首の前に巨大な術式陣が展開された。
「空間系の術式陣……なるほど。空間連結の術式陣か。アレを使って一部は逃げる気だな」
おそらくだが、リテラ大陸から中央大陸へ対する侵攻計画の根幹は、この飛行艦単位での超長距離移動能力だろう。
この空間連結機能ならば大陸間にある竜種が棲まう天竜空域を回避することが可能な上に、中央大陸への奇襲ができる。
移動先である中央大陸の座標に関しては、レンブレン商業連邦との交易の際に獲得済みだろうから、リテラ大陸を統一し次第いつでも動けると思われる。
展開された術式陣の内側が時空間連結孔へと変化すると、飛行艦がその中へと進んでいく。
術式陣を解析してみたところ、行き先の座標は真帝国内にある別の軍事基地のようだ。
そこもヴェスキル基地同様に秘匿された軍事基地であることから、この飛行艦の空間連結機能は公的にバレるわけにはいかないモノであることが窺える。
つまりは価値のある代物というわけだ。
まぁ、同じ系統の空間連結機能は既に自分で開発済みで、俺の専用艦に搭載しているため、個人的には珍しくはないのだが。
「とはいえ、性能比較や使われている技術の検証はしたいから鹵獲するのは確定だな。さて、どの艦にするか……」
先に移動している三隻から少し遅れて、数隻の同型艦も飛行場から離陸しているのが見える。
状況的にも、あれらの脱出艦にはヴェスキル基地の重要なモノが色々積まれているのは確定だ。
その全てを鹵獲してしまうと、グランアス真帝国に致命的な損害が発生してしまうかもしれない。
そうなるとリテラ大陸内の軍事バランスが崩れる可能性があるので、鹵獲するのは一隻だけにしておくか。
「アレにするか」
見た目は変わらない同型艦の中から直感で適当に一隻選ぶと同時に、こちらに向かっていた七隻の飛行艦──区別するために戦闘艦と呼ぶか──が一斉に砲撃を開始した。
一部の戦闘艦の艦砲はダークヤングに向けられているとはいえ、一隻あたりに搭載されている火器の数は多く、俺の方へと向けられた分だけでも魔力砲撃は雨の如く降り注いできた。
そんな無数の艦砲から放たれて来た大小様々の魔力砲撃が、コロネントロードの巨木の身体へと着弾していく。
コロネントロードが頭上にいる俺を守るべく奮闘する中、降り注ぐ魔力砲撃の内、主砲の一撃の前へと空間連結の穴を開いて取り込む。
対応する時空間連結孔を鹵獲対象の飛行艦の近くへと展開し、その穴から主砲の魔力砲撃を解き放ち、飛行艦の推進器へとぶつけた。
「目には目を、空間連結には空間連結を、ってな」
ユニークスキル【源炎と空間の統魔権】の【空間転送】で移動させた魔力砲撃によって推進器を破壊された飛行艦が地上の飛行場へと不時着する。
上手く着陸できないようなら手助けしようかと思ったが、どうやら推進器以外を破損することなく着陸できたようだ。
あの状態なら飛行艦の空間連結機能は無事だろう。
仮に駄目でも【造物主】の【復元自在】で元通りに直せばいいだけだ。
不時着した飛行艦から簡単に物資を搬出できないように、【深闇と豊饒の外界神】の内包スキル【地星ノ神戯】の派生スキル【大地自在】を使って飛行艦の真下の地面を陥没させる。
飛行艦の艦体の半分を地面の下に沈めたのを確認していると、足場が徐々に傾き出した。
「指揮官タイプで直接戦闘能力が低いとはいえ、 Sランク魔物を倒すとはやるじゃないか」
生命反応が消えたコロネントロードの頭上から飛び発つ。
空中に浮かぶ俺へと艦砲が向けられるが、その動きが止まった。
山羊の角が生えた美女の姿だからか、戦闘艦の艦橋にいる軍人達から戸惑いの色が見えた。
だが、すぐに正気を取り戻して艦砲射撃を再開させてきた。
コロネントロードを撃ち倒した魔力砲撃が次々と着弾していくが、今の俺の肉体は【豊饒権限】の派生スキル【豊饒ノ黒山羊】による豊饒神という擬神と化している。
実際の神ではないため神モドキだが、神を騙るだけあってその神体性能は人外に相応しいモノを持つ。
大気中を舞う塵が魔力砲撃によって燃えたことで発生していた白煙が晴れる。
傷一つない俺の姿を見た戦闘艦の乗員から発せられる畏怖の念に思わず笑みを浮かべると、内包スキル【黄金ノ女神】を発動させる。
女性体の時しか使用できない力が全身から放たれ、相対する全ての戦闘艦が沈黙した。
魅了系の極致とも言える力に抗えるとは思っていなかったが、まさか近くで戦っていたパワードギア部隊の生き残りまで魅了にかかるとは思わなかった。
まぁ、この力は直視しなくても効果範囲内にいたら魅了できるので無理もないか。
「ダークヤングのとこまでは届かないか。まぁ、向こうは向こうで大丈夫そうだな」
少し離れた場所では、ダークヤングの伸縮自在の触手に殴打された戦闘艦が墜落、または触手に絡め取られているのが見える。
あちらの方まで魅了する必要はないな。
【黄金ノ女神】を発動したまま思念を送ると、乗員が操作することなく戦闘艦が動き出す。
この力で魅了したのは戦闘艦の乗員ではなく、戦闘艦自体だ。
【黄金ノ女神】による魅了は生物だけでなく非生物にまで及ぶため、このような使い方も可能だった。
艦内の軍人達が慌てている姿を眺めつつ、魅了により支配を完了した全ての戦闘艦の火器管制を思念操作し、全艦の艦砲を俺から味方の戦闘艦へと向けさせる。
「発射」
目の前で発生した戦闘艦による同士討ちを観戦する。
戦闘艦に使われている技術については特に見るべきところがないので鹵獲する必要はない。
戦闘艦に関しては撃墜した後の残骸を回収するだけでも充分だ。
全ての戦闘艦が墜落していくのを見下ろしつつ、魔力だけでなく精神力の消耗も激しい【黄金ノ女神】を解除した。
コストは重いが非常に強力なスキルであることを実戦で確認できたのは僥倖だ。
「我ながらチートだな……遅いご到着ね」
飛来した魔力弾が頭部に着弾するが、防御系スキル【否弾の加護】が効果を発揮し、肉体に直撃する前に魔力弾を打ち消した。
戦闘艦の魔力砲撃は対象外だったが、人間単独で取り扱えるサイズの武器による遠距離攻撃ならば有効だ。
それはユニークスキルの力で強化されていても変わらない。
顔を斜め上に向けると、そこには五人の人影があった。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【炎禍と変質の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【鋭利と叡智の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【金属と変異の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【移送と空間の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
五人中四人から魔権系ユニークスキルをコピーできたが、そのうちの一人はすぐに目の前から姿を消した。
マップを見るに、どうやらヴェスキル基地の方へと向かったらしい。
先日の異空間内の軍事施設の時と同様に重要人物の救助にでも向かったのだろう。
「ニンゲン如きがワタシを見下ろすとは、生意気な」
ヴェスキル基地への援軍である四人の中のリーダーである〈魔元帥〉を見据えつつ、髪の毛の一部を束ねて複数の巨大触手へと変化させた。
更に、全ての触手の先端を筒状に変化させると、魔元帥達へ向けた触手の先端から魔力砲撃を撃ち放った。




