第385話 ヴェスキル基地の攻防
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リテラ大陸の東部一帯を支配しているグランアス真帝国には、大陸制覇という野望を叶える過程で国内に多数の軍事基地を抱えている。
主要な軍事基地ならまだしも、全ての軍事基地の詳細な位置や情報を把握している者は軍関係者の中でも極僅かだ。
近い未来を読むという職務から、国内外の重要施設の立地を把握していた十大帝剣〈千里鮮明〉メルセリム・ラナ・パラダイルの記憶情報が無ければ、俺でも今回の標的である軍事基地を発見するのは困難だっただろう。
「ふむ。流石に迎撃態勢をとるとなると、亜空間結界は解除されるか」
標的の軍事基地〈ヴェスキル基地〉の敷地内に警報音が鳴り響くと同時に、基地を覆っていた対索敵・転移・遠隔視用の亜空間結界が解除された。
空間的な探知に対する魔法結界が解かれたことで、【情報蒐集地図】の【地図有効化】が使えるようになったので、即座に発動させてヴェスキル基地のエリアマップを取得する。
網膜内のウィンドウに表示した地図上に浮かぶ無数の光点の動きに意識を向けつつ、肉眼でも現実のヴェスキル基地へと視線を向ける。
基地に接近する魔物の軍勢を迎撃するため、次々と基地内の戦力が出動していた。
「あれは、ヘリに各種軍用車両か。軍事技術面は中央大陸よりも発展しているみたいだが、魔物よりも同じ人類に振るうために培われた技術というのは、少し残念だな」
凡ゆる探知手段を阻む亜空間結界まで駆使して存在を秘匿していたヴェスキル基地の周辺には魔物は一切生息していない。
基地建造の前段階から周辺の魔物を駆除してあるのと、少し離れた場所にある複数の基地による魔物侵入を防ぐ防衛網を構築してあるからだ。
周囲を山に囲まれている好条件もあって、ヴェスキル基地は秘密裏に軍事的な戦力を整える場所として運用されていた。
このような秘匿された軍事基地はヴェスキル基地以外にも複数存在していることからも、グランアス真帝国の国力の高さが窺える。
俺が干渉しなければ、数十年以内にはリテラ大陸は統一されていたかもしれない。
「今一度、魔物の脅威を思い出して欲しいものだ」
「メェエエエエーーッ!!」
先行している〈黒い仔山羊〉の山羊のような鳴き声がここまで聞こえてくる。
俺と距離が離れているため、遠慮なく大音量の鳴き声をあげているようだ。
植物系魔物の軍勢の中心にて大声をあげている黒き触手の巨獣たるダークヤングは、ヴェスキル基地側からみても軍勢の首魁に見えたらしく、先行して出動した兵器群がダークヤング目掛けて一斉に攻撃を開始した。
「メェエエーーッ!」
長きを生きる巨木の如き強靭な肉体への集中砲火に対して、ダークヤングは『煩わしい』と鳴きながら肉体を構成する複数の触手を振り抜いた。
上空と地上へ向けて振るわれた伸縮自在の触手は、迎撃するべく放たれた火砲も、防御のために張られた障壁群すらも纏めて打ち砕いた。
まるで幼い子供が誤って壊したガラス細工のように軍用ヘリが容易く砕かれ、その残骸が地上へと落下していく。
地上から放たれていた攻撃も止んでおり、発射地点に立ち込めていた砂埃が晴れると、そこには軍用車両の残骸が散らばっていた。
「あの程度の攻撃では無傷か。触手の物理攻撃もシンプルに強力だな」
高低差から見辛くなってきたため、足元から迫り上がるようにして魔樹系魔物の〈豊天の戴冠樹霊王〉を生み出す。
その天辺の王冠のような枝木の中央に立ったまま前線を見渡していると、コロネントロードが自発的に枝葉の玉座を作り出してきたので、そこに座りながら眺めることにした。
フカフカな深緑の玉座の座り心地を確かめていた僅かな間にも戦況は動く。
ヴェスキル基地内の防衛設備群における魔力配分は、常時展開されている亜空間結界へと主に回されており、周辺地域に点在する他の基地の存在などもあって、平時は強力な魔導砲台のような攻撃系の防衛設備はすぐに使用できる状態にない。
そのため、今回のように秘匿されているヴェスキル基地がピンポイントで襲撃を受ける事態は想定されておらず、攻撃系の防衛設備の準備が整うまで時間を稼ぐ必要があった。
その時間稼ぎの役割を担っていた先行部隊が撃破されて間もなく、稼働状態になった全ての魔導砲台が砲撃を開始した。
「メェエエーッ!?」
先行部隊の軍用ヘリと軍用車両を超える威力の砲撃による集中砲火を受けてダークヤングが怯んでいる。
百基を超える魔導砲台の火力は凄まじく、ダークヤングを狙った砲撃の余波だけで周囲の植物系魔物が大ダメージを負っていた。
そうして負傷した植物系魔物へと空中の至るところから大量の銃撃が見舞われていく。
「パワードギアか。情報通りなら、あれらは最新型だな」
植物系魔物達へと上空から銃撃を行なっているのは、三メートル大の無骨な強化外骨格タイプの魔導機具を身に纏った兵士達だった。
その手には身の丈以上のサイズの銃器が保持されており、銃口からは絶えず銃弾が吐き出されていた。
パワードギアを纏う兵士達が使う銃器はギアではないが魔導具ではあるようで、銃弾もただの金属弾ではなく様々な属性の魔弾だった。
魔法的な力を持たない金属弾ならば、下位の魔物ぐらいにしか通じないので問題はなかっただろうが、魔銃が放つ魔弾となると話は別だ。
先行部隊が犠牲になっている間に展開が完了したパワードギア部隊の兵数は約百人。
マップ情報によればヴェスキル基地にあるほぼ全てのパワードギアが駆り出されており、それらによる弾幕の前ではダークヤング以外の植物系魔物は一溜まりもなかった。
植物系魔物達も一方的にやられているわけではなく、魔力障壁を張ったり、対空攻撃を行なったりしていた。
だが、上空にいるヴェスキル基地の兵士達が装備しているのは強化外骨格タイプのギアだ。
ギアによる魔力供給と思考力と演算力の向上によって、攻撃力と防御力、そして回避力まで強化されており、中々被弾する様子はない。
軍用ヘリよりも小型かつ人型とあって小回りが効くようだ。
稀に被弾することはあっても、身に纏う金属製の鎧は元々の防御性能が高い上に、パワードギア自体に備わっている能力で更に強化されているため、内部の兵士にまでダメージが通るほどではなかった。
「コロネントロードによる全体強化があっても大して変わらないな……作り直すか。【豊饒権限】」
前線で倒されている植物系魔物や、既に倒されている死体、そして初めの方で撃破した敵の先行部隊の残骸に向けて【豊饒ノ神贄】を発動させる。
ユニークスキル【深闇と豊饒の外界神】の内包スキル【豊饒権限】の派生スキルによる黒き触手が足元の影から現れ、各対象を瞬く間に呑み込んだ。
戦場に現れた大量の黒い蕾のような触手の塊を見て、パワードギア部隊の兵士達の動きが止まる。
突然の事態に上空からの攻撃が止んだ数秒の間に能力の行使は完了し、黒い蕾が花開く。
そこから現れたのは頭部が黒い花である以外は、どことなく上空にいるパワードギア部隊の姿に似た、漆黒の金属質の人型魔物だった。
「「「キィイィアーーッ!」」」
数多の植物系魔物と金属製搭乗兵器の残骸、そして搭乗兵器内にあった兵士の死体も贄にして生まれた新種の人型魔物〈狂花飛鋼魔兵〉達が、金属同士を擦り合わせたような不快な鳴き声をあげると、背中から花弁に似た翅を生やして次々と地上から飛び立っていった。
正気に戻ったパワードギア部隊が攻撃を再開するが、エアダーフラワス達は無骨で異様な見た目にそぐわない華麗な動きで銃撃を回避する。
更に、金属製の肉体の腕を銃器へと変化させて反撃まで行なっていた。
その銃器の形状は、贄として取り込んだ軍用ヘリや軍用車両に搭載されていた火砲や機銃にそっくりだった。
「ある程度方向性はつけたが、こんな形になるとはな。この身体で行使した方が面白いモノができるみたいだ」
約百人のパワードギア部隊に対して、エアダーフラワスの総数はたったの三十体。
空中戦力に三倍以上の差があるが、どうなるかな?
「メェエエエーッ!!」
「仔山羊もやる気になったようだし、空も地上も面白くなってきたな」
基地の魔導砲台からの砲撃に対抗するように、ダークヤングは周囲の大地を触手で抉り取り、そうして手にした岩塊を基地に向けて投擲した。
筋肉の塊である触手による全力投球の威力は中々のもので、たったの一撃で基地の防壁ごと魔導砲台数基が使用不能になっていた。
味を占めたダークヤングが楽しそうに次々と周りの地面から投擲弾を作っていくのを観戦しつつ、ヴェスキル基地の次の動きを注視した。




