第384話 豊饒の化身
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これまでにグランアス真帝国へ対して行なった敵対行動について今一度振り返る。
最初は、大都市ランドス近郊にある幻造迷宮、ダンジョン〈奈落の霊鉱〉の最深部にて不意に遭遇した十大帝剣〈不死鳥〉アグニル・フレム・ライファールの殺害。
次は、十大帝剣の専用魔導機具をはじめとした各種ギアの開発・製造を担っている首都アースノヴァのギア研究所への襲撃。
ここまでの事件に対する調査を行なっている宮廷真偽官をはじめとした、人族以外の人類種の魔眼を移植した魔眼移植者達への襲撃と各種魔眼の強奪。
この魔眼移植者への襲撃に合わせて行なった十大帝剣〈千里鮮明〉メルセリム・ラナ・パラダイルの殺害。
そして最新の敵対行動が、異空間に存在するグランアス真帝国の秘密軍事施設への襲撃だ。
現時点でグランアス真帝国への敵対行動は全部で五回。
これらの行動による真帝国が受けた被害は、下手人である俺が言うのもなんだが計り知れないレベルだ。
また、それらにより俺が得た利益もまた莫大だ。
このまま欲に任せて突っ走れば大国が一つ軽く滅びるだろうが、それは俺の望むところではない。
短期的な利を得るならばまだしも、長期的に見るならばメリットが少ない。
そもそも西方大陸ことリテラ大陸に対する干渉のきっかけは、神塔星教のアルカ教皇からの提案だった。
この世界での本拠地がある中央大陸でレベル上げを続けるには、俺の社会的地位は強大になり過ぎていた。
レベル上げに狙っていた魔王狩りを行うには色々と不都合があった俺へ、アルカ教皇は代わりに別大陸であるリテラ大陸でのレベル上げを提案してきた。
言外に、中央大陸への侵攻を企てている人類勢力への攻撃を勧められ、現在に至るわけだ。
人類勢力過多なリテラ大陸の情勢に干渉し、世界の均衡を保つためという大義名分もあるので罪悪感はない。
本拠地がある中央大陸の安寧を維持しつつ、俺が超越者へと至るための経験値稼ぎもできるリテラ大陸での活動は期待通りのものだった。
「いや、ギアなどのリテラ大陸固有の戦利品を獲得出来たことも併せれば期待以上だったな。他にも得たいものもあるが……後々のことを考えれば、やはり此処か」
遠方に見える平野部にはグランアス真帝国の軍事基地が存在していた。
真帝国有数の規模を誇る軍事基地であり、広大な敷地内には多数の軍用飛行艦が並んでいる。
軍用機であるため、その運用目的は当然ながら他国との戦争だ。
この他国とはリテラ大陸の国家だけでなく、中央大陸の国家も対象に含まれていることが、これまでの情報収集により判明していた。
これらの飛行艦は、中央大陸とリテラ大陸の間に存在する天竜空域に棲まう竜種にも対処できるほどの性能があるらしい。
真帝国がリテラ大陸を平定した後は、飛行艦で天竜空域を越えて中央大陸へ侵攻する計画が立てられている。
飛行艦で竜種に対処する方法の詳細な情報については、残念ながらこれまでに得た記憶情報からは収集できていない。
だが、その飛行艦がある基地の場所に関する情報は手に入ったので、こうしてこの地にやって来ていた。
「噂レベルなら侵攻用の飛行艦の情報はあるが……事実かどうかは実物を手に入れてしまえば分かる話だ」
普段の肉声とは異なる女性の声が自分の口から発せられる。
〈黄金の魔女〉フリッカ・フェンサリルとして活動する際の女性体とも違う声質が示すように、今の俺の肉体は黄金の魔女ではない。
深淵の闇のように黒い長髪、白目部分が黒く染まった眼球に輝く黄金の瞳、作り物にも天然物にも見える白い肌、豊穣を象徴する豊かな胸部、細くも生命力に満ちた手足と腰。
ここまでならばまだ人間だと言えるが、足先の黒い蹄、頭から生える山羊の角、髪の毛先や身体の各所が泡立ち爛れた雲の様な質感の黒い触手へと自由自在に変化する様は、とても人間には見えないだろう。
そんな絶世の美貌の人外型形態は、神域権能級ユニークスキル【深闇と豊饒の外界神】の内包スキル【豊饒権限】、その派生スキルである【豊饒ノ黒山羊】により変化した姿だ。
系統としては、同じユニークスキルの内包スキル【深淵ノ神戯】の【深淵ノ大帝】と同種のスキルになる。
不定形にして非実体の〈深闇神〉と化する【深淵ノ大帝】。
多彩にして実体の〈豊饒神〉と化する【豊饒ノ黒山羊】。
共に人外へと変化するスキルであり、その力は【深闇と豊饒の外界神】の固有特性〈外闇地神〉によって更に強化されている。
この固有特性による強化のおかげで、ユニークスキル【正義と審判の天罰神】の【星戯ノ剣神】による〈剣神化〉とは違って、魔力がある限りは時間制限で解除されたりはしない。
擬似的に神と化するスキルの前では、例え神域の力であってもその詳細な情報を看破することは困難だ。
こういった強みがあるから、リテラ大陸での悪巧みの最中は身バレを防ぐのも兼ねてこれらの力を使っていた。
今回は深闇神よりも豊饒神の方が向いているが故にこの姿だ。
「今回は隠れる必要はない。だから派手にやろうか。【魔性星誕】」
【深闇と豊饒の外界神】の内包スキル【地星ノ神戯】には【魔性星誕】という魔物を顕現させる派生スキルがある。
そしてこの【魔性星誕】は特定の条件下でのみ生み出せる魔物があった。
ノーデンスの姿をとれば西洋の悪魔に似た深淵の徒〈夜鬼〉を生み出すことができるように、シュブニグラスの姿の時は黒い触手と山羊の蹄が合わさった樹木の如き見た目の〈黒き仔山羊〉を顕現させることができた。
今回生み出すのは、そのダークヤングだ。
前に翳した右手の体表が爛れ、雲の如く散り散りになりながら分離した血肉が大地へと堕ちる。
血肉を受け入れた大地が名状し難きモノへと変化し、そこからダークヤングが生誕した。
「メェエエエーッ!!」
「喧しい。静かにしなさい」
「メェッ!?」
至近距離で上がった生誕の産声が思っていた以上に煩くて注意すると、ダークヤングがショックを受けたように鳴き声を上げるのを止めた。
ちょっとキツく言い過ぎたかと思ってしまうのは、もしかするとこの姿によって自然と生じた母性の所為かもしれない。
「……あそこに見える基地に近付いたら好きに鳴きなさい。期待しているわよ」
「メェエ!」
小さく短く鳴いたダークヤングの黒い触手の巨体を撫でてやる。
柔らかくもヌルヌルしてそうな見た目だが、意外と岩のように硬かった。
「でもヌルヌルはしてるな。いや、粘液は自由に出せるのか。この硬さも一定の硬度を保っているわけではないと……攻める前に一切れ寄越しなさい」
「メェエ」
目の前で分離されたダークヤングの身体の一部を少し観察した後、その触手を【無限宝庫】へと収納した。
その巨体もあって実際にダークヤングを生み出すのは初めてだったので、その肉体を調べたことはなかった。
何か面白い要素が見つかるかもしれないな。
「追加の仔山羊を生み出すかどうかは基地側の反応を見てからにするか。さぁ、侵攻なさい、可愛らしい我が子よ」
「メェエエ!!」
器用に小声で鳴きながらダークヤングが真帝国の軍事基地への侵攻を開始する。
大地を踏み鳴らしながら進むダークヤングの立派な後ろ姿を母になった気持ちで見送る。
「魔力コストの重い仔山羊は取り敢えず一体だけで、後は植物系でも生み出すか」
内包スキル【豊饒権限】の派生スキルの一つ【豊饒ノ神蔵】によって尽きることのない魔力を糧にして、周囲に魔物顕現の術式陣を無数に展開していく。
それらの術式陣から次々と植物系魔物が姿を現していき、先行するダークヤングへと追随する。
大地を席巻しながら基地へと向かう魔性の軍勢を見送ると、足先の蹄による大地の踏み心地を確かめつつ、俺も目的地である軍事基地へ向かって悠々と歩いていった。




