第383話 戦力バランス
◆◇◆◇◆◇
度重なる他国への侵攻によって真帝国の国土は非常に広大になっている。
その所為で全ての地域に中央の目が行き届いているとは言い難く、この監視の隙間を埋めていたのが十大帝剣の一人〈千里鮮明〉メルセリム・ラナ・パラダイルだった。
メルセリムは過去・現在・未来を見通すユニークスキルを持つだけでなく、その力を更に向上させることができる超希少魔眼〈予知の魔眼〉と〈既知の魔眼〉が移植されていた。
彼女が担っていた役割は勿論のこと、これらの魔眼を保有しているという意味においても、十大帝剣の中でも特に重要人物なのは間違いない。
この時空を見通す力を以てしても対抗能力を持つ俺の動きを読むことは不可能だが、念には念を入れて早めに潰しておくことにした。
そのため、魔眼移植者の中でも彼女だけは人型眷属達には任せず、俺が直接出向いて手を下しておいた。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【透視と看破の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【勇猛と文武の魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
メルセリムを襲撃した際に、彼女のユニークスキル【透視と看破の魔権】だけでなく、彼女を警護する部隊の隊長が持つユニークスキル【勇猛と文武の魔権】までコピーすることができた。
警護隊長の【勇猛と文武の魔権】のスキルによって強化された大勢の兵士が襲い掛かってきたりしたが、目には目を、という適当な理由で発動させた【魔眼王の刻死眼】の前では無力だった。
なお、警護隊長も同様にこの時に瞬殺している。
死の魔眼の力によって一瞬で警護部隊を全滅させた後は、メルセリムから記憶情報やら魔眼やらギアやらを頂戴している。
その時に得た記憶情報から、この異空間に隠された秘匿性の非常に高い軍事施設の存在を知ることになった。
俺が現在襲撃している軍事施設は行動可能な異空間である異界に築かれており、真帝国の者の中でも知る者は限られている。
その機密性の高さから、敵から襲撃を受けた際の援軍を要請するのも難しく、孤立無縁の状況に陥りやすいという欠点がある。
そういった理由もあって、この軍事施設には最初からかなりの防衛戦力が置かれていた。
「ふむ。既存の戦力だけでなく実験的な戦力まで出してきたか」
通路の先から大鬼の中でも巨人のように大柄な個体が多数現れた。
個々の手には大剣型の魔導機具が握られており、そのギアの力によってオーガ達は操られているようだ。
低位の魔物らしい野生味が感じられず、まるで軍隊のように統率されている。
「使用用途の予想はつくが……連れてこい」
近くの夜鬼に指示を出すと、後方から此処で捕らえた上級士官の一人を連れてきた。
後で記憶情報を奪うために確保していた一人だ。
怯える士官の男へ、闇の身体に浮上させた複数の黄金の瞳を向ける。
「アレは何だ? 『正直に話せ』」
「あ、あれはこ、この施設で実験している魔物兵のモデルケースの一つです。生物の精神を支配するカースドギアを用いて、魔物を自由に操り、使い捨ての兵力にすることを目的としています」
【正義と審判の天罰神】の【神星天唱】による言霊で強制的に喋らせた内容について少し考えてから、追加の質問を行う。
「兵力というからには、魔物兵に指示を出すアイテムがあるはずだな?」
「そ、その通りです。魔物兵を制御するコ、コマンドギアがあります。せ、正確には、魔物兵を操るギアに指示を出す遠隔装着です。敵対勢力に使われないように、カースドギアにもコマンドギアにも自爆機能がついています」
「ふむ。確かに自爆機能が実装されているみたいだな」
ここから魔物兵が持つ大剣型ギアを解析して分かったことからも事実であることを確認すると、ナイトゴーントに上級士官を元の場所に戻させた。
視線の先ではナイトゴーント達と魔物兵が戦闘を行なっている。
ギアによる魔力増強と演算力向上、そしてコマンドギアを通して送られてくる指示によって魔物兵であるオーガ達の戦闘力は高い。
指揮官からの指示に迷うことも臆することもなく戦っている。
武器自体に精神支配能力が備わっているのは非効率的な気がするが、実験モデルの一つという話を考えれば特段おかしくはないか。
「ようは奴隷の首輪、または持ち主を操る呪いの武器といった感じか。ある意味では別に珍しくないアイテムだな。違いは制御装置のコマンドギアとやらがあることぐらいか」
同じ使い捨ての駒でもナイトゴーント達の方が一体あたりの戦闘力は高いようだが、とにかく数が多かった。
魔物兵が徐々に数を減らしていく一方で、ナイトゴーント達は一体もやられてはいない。
だが、統率された動きの魔物兵による数の暴力は、時間の経過とともにナイトゴーント達にダメージを与えつつあった。
「軽く百体はいるから厄介、いや、コレは……時間稼ぎが目的か」
目の前で起こっている戦闘、使い捨てのはずの魔物兵の消極的な動きから、魔物兵を出してきた目的が時間稼ぎではないかと考えた。
試しに先日手に入れた【透視と看破の魔権】の【未来透視】と【勇敢と機知の魔権】の【未来予測】を重複発動させて未来予測を行なってみたところ、幾つかの実験データに逃げられる未来が視えてきた。
何の実験データかまでは分からないが、このままでは予測した未来が現実になりそうだ。
「他所の異界内は転移はやり難いし、現時点でも一部は脱出しているだろう」
魔物兵を出して来た目的が脱出のための時間稼ぎならば、既に脱出を始めていると考えるのが妥当だろう。
今更慌てて転移して向かうのも格好悪いというのもある
泰然とした態度で侵攻するのも、今の俺の目的でもあるからだ。
そう考えると、この軍事施設から脱出した者がいるのは俺の情報を周知させるのに役立ちそうだ。
「とはいえ、脱出を無事に完了させるのも癪だな。ふむ。纏めて沈めるか」
ユニークスキル【深闇と豊饒の外界神】の内包スキル【深淵ノ神戯】の【大いなる深淵】を発動させる。
現在いる通路を起点に軍事施設中へと深淵の闇が広がっていく。
深淵の徒であるナイトゴーント達には影響はないが、すぐ近くにいる魔物兵達は瞬く間に闇に侵され、闇へと沈んでいった。
通路が闇一色へと染まり切った頃には、魔物兵だけでなく俺の後方で騒ぎ立てていた上級士官達の声も聞こえなくなっていた。
闇はそのまま施設内を完全に闇に染め上げ、そこにあった全てを手中へと納めた。
深淵の闇を通して上級士官達の記憶情報が【情報賢能】へ、施設内に残っていた各種実験データやアイテムが【無限宝庫】に収まったことを確認すると、屋内に広げていた闇を人型へと戻した。
「なるほど。転移系ユニークスキルの所持者による脱出の時間稼ぎだったか」
軍事施設の最奥で脱出の順番待ちをしていた技術士官の記憶情報から、脱出手段について把握する。
暫く待ってみたが、転移持ちが軍事施設内に戻って来ることはなかった。
何らかの手段で施設内の状況に気付いたのかもしれない。
「……まぁ、希少な転移持ちぐらいは残しておくか」
追いかけて処分しようかと一瞬思ったが、あまり真帝国の戦力を削りすぎると、リテラ大陸内の情勢をコントロールするのに支障をきたす可能性が高い。
リテラ大陸は三大勢力による三つ巴の状況であるため、一概に真帝国を潰せば済む話ではないからだ。
「削るとしたら、重要拠点を後一つぐらいだな。さて、何処を攻めるかな」
施設内に残したままにしておいた自爆スイッチを押すと、ここまで集めた情報の中から最後の襲撃対象について熟考しながら、爆炎の中へと消えていく異界の軍事施設から脱出した。




