第380話 尋問と示威
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「──失礼。それでは質問を続けます」
「ええ。どうぞ」
特異な魔眼を持つ目の前の宮廷真偽官の言葉に相槌を打つ。
テーブルの上には尋問資料の他にも、たった今使用されたばかりの魔力回復薬の空き瓶が置かれている。
アグニルから奪った記憶によれば、グランアス真帝国には他人が持つ魔眼を移植する技術があるらしい。
その技術によって移植した魔眼の魔力燃費効率は、殆どの場合は元の持ち主の時よりも悪くなる傾向にあるそうだ。
宮廷真偽官が持つ魔眼は、エルフ族の中でも特殊な一族のみが持つ魔眼〈妖精真眼〉であり、この魔眼は血統に起因しているからか、確定で悪化してしまうとのこと。
リーゼロッテが持つのと同じ魔眼がこの大陸にも存在し、その眼が人族の眼に移植されていることからも、グランアス真帝国の国力の巨大さを察することができる。
「ニグラスさん、貴方は〈奈落の霊鉱〉の迷宮主と戦いましたね?」
「いいえ」
「貴方は十大帝剣の〈不死鳥〉アグニル・フレム・ライファールと戦いましたね?」
「いいえ」
「貴方はアグニル・フレム・ライファールの行方を知っていますね?」
「いいえ」
「貴方はグランアス真帝国へ敵意を抱いていますね?」
「いいえ」
「……嘘はないようですね。ご協力ありがとうございました。退室してくださって結構です」
「分かりました。失礼します」
外していた仮面を再び装着してから退室する。
冒険者協会のランドス支部の一室で行われているのは、〈不死鳥〉アグニル殺害の犯人探しだ。
アグニルが〈奈落の霊鉱〉の最深部へと赴き、そこのダンジョンボスを倒して霊魂石を回収することは予め決まっていたことらしく、国の方でも把握されていた。
そのため、十大帝剣の生命反応とリンクしている火を灯す燭台型迷宮秘宝〈命灯の燭台〉のアグニルの灯が消えて間もなく、大都市ランドスに国から調査団が派遣されてきた。
調査団は派遣されてきてすぐにランドスと〈奈落の霊鉱〉を封鎖し、アグニルと同じタイミングでダンジョンに潜っていた冒険者達の尋問を開始した。
真偽を判定できる宮廷真偽官の数は非常に少ないため、冒険者達に対する尋問は数日に渡って行われていた。
「お疲れ様でした」
「ああ。そっちもお疲れ様。やっと俺達の番が来たが、まだ封鎖は解かれないみたいだな」
「容疑者全員の尋問が終わるまでは解かれないと言っておりました」
「誰が?」
「協会の職員が教えてくれました。私達は最後の方らしいので、明日には解かれるみたいです」
「そうか。用は済んだし、取り敢えず出るか」
「はい」
ロビーで待っていたヒュスミネを連れて冒険者協会の建物を出ると、無駄話はせずにさっさと宿へと戻った。
借りている部屋に入り、防諜用の結界を展開してから口を開いた。
「予想通り、大陸は違えど〈妖精真眼〉の力で神域権能級ユニークスキルによる偽装を看破できない点は変わらないらしいな」
「はい。主様の【隠身ノ神戯】の情報偽装能力のおかげです」
「そうだな。まぁ、駄目なら駄目で手はあったけどな」
【鑑定妨害】や【地震と不通の魔権】の【情報不通】のようなスキルだと防いだことが相手にもバレてしまうが、情報偽装系の能力ならば問題ない。
術者の肉体や精神、ステータスといったモノに神域級の隠蔽や偽装を行える【隠身ノ神戯】様様だな。
「さて、俺達の容疑も晴れたことだし、予定通り今夜魔導機具の研究所へ襲撃を仕掛けてくる」
「私は同行してはならないのですよね?」
「ヒュスミネも来てしまったら、今の俺達と同じ男女二人組という共通点が出来てしまう。正体へと結びつくような要素はなるだけ無くした方がいい。性別を隠せば済む話だが、そこまでするのは面倒だからな」
「残念です……」
アグニル殺害の犯人を探している真帝国を撹乱するための襲撃で正体がバレたら意味がないからな。
俺達への尋問が終わってから襲撃を行えば、容疑者からは外される可能性が高いとはいえ気を付けるに越したことはない。
「殺人と虐殺を呼ぶのは如何でしょう? 破滅の力を使うのも良いかもしれません。これなら男女二人組になりませんし、破壊活動にも役立てます!」
「……忘れているようだが、お前達人型眷属に出来ることは俺にも出来るんだぞ。あと、別に破壊活動が目的ではない」
「あっ、そういえばそうでした」
全く、どれだけ襲撃に参加したいのやら。
人手を増やす必要があるなら考慮するが、今回の襲撃においては必要ない。
そこまでヒュスミネが戦い好きだと言うならば、グランアス真帝国と対立している国に傭兵として送り込んだ方が良いかもしれないな。
でも、一人でやらせるには性格的に一抹の不安が残るから、取り敢えずは保留だ。
見た目だけは仕事ができる風の美女なんだけどな……。
◆◇◆◇◆◇
グランアス真帝国の首都アースノヴァの近郊には、国から許可を得なければ何人たりとも近寄ることを許されない施設がある。
広大な敷地面積を誇るその場所は、十大帝剣の専用ギアをはじめとした各種ギアの開発・製造を行なっている研究所だ。
十大帝剣の専用ギア製造のための素材はこの研究所に集められており、アグニルが〈奈落の霊鉱〉にやって来たのも、この研究所に納品する最高品質の霊魂石を入手するためだった。
つまり、俺達との邂逅はただの偶然だったというわけだ。
効率的に霊魂石を集めるため、ボス部屋に直行できる転移アイテムまで開発されており、その転移アイテムは研究所で管理されている。
これまでも素材回収用の転移アイテムは幾度となく十大帝剣に貸し出され、〈奈落の霊鉱〉のダンジョンボスはその度に討伐されてきたらしい。
アグニルにとっては作業のようなつもりで転移してきたみたいだが、まぁ、運が悪かったとしか言えないな。
「ウェポンギア、アーマーギア、カースドギア、そして軍用品のパワードギアか」
研究所の一画に複数あるギアの保管倉庫の中から適当に一つ選んで侵入すると、その倉庫内には多数のギアが保管されていた。
武器に防具、呪装、強化外骨格などと本当に多種多様のギアが並んでいる。
この倉庫には既存品もあれば試作品もあることが、よく研究所を出入りしていたアグニルの記憶から分かっている。
「ふむ。つい目移りしてしまったな。一先ず、この倉庫にある分ぐらいは戴いておくか」
倉庫内の全てのギアを認識すると、【強欲神皇】の【戦利品蒐集】を任意発動させて【無限宝庫】への収納を実行する。
倉庫内のギアが一斉に消失した瞬間、倉庫内に警報音が鳴り響く。
警報音は倉庫内だけでなく研究所全体で鳴り響いたらしく、間もなく警報音に紛れて此処に向かって駆けてくる多数の軍靴の音が聞こえてきた。
警報音と同時に倉庫内に侵入者鎮圧用の高濃度の睡眠ガスや弱体化の罠が発生していたが、【状態異常無効化】のスキルがある俺には通じない。
仮に【状態異常無効化】がなくとも、今の俺の身体性能ならば、この程度の状態異常攻撃は余裕で抵抗出来ていただろう。
そんなことを呑気に考えていると、倉庫の入り口の扉が激しく開かれた。
「動くなッ! 両手を挙げて此方を向け!」
首都にある真帝国の重要施設だからか、警備の兵士一人一人が銃器型のギアを装備していた。
それら全てのギアの銃口が向けられているのを背中で感じつつ、倉庫の入り口へと振り返る。
「ッ!? な、なんだ、コイツは?」
恐れ混じりの声を漏らした兵士を見つめると、その瞳には人型の闇が映っていた。
ユニークスキル【深闇と豊饒の外界神】には【深淵ノ神戯】という内包スキルがある。
その内包スキルは更に三つのスキルへと派生し、その一つは先日アグニルを倒す時に使用した【大いなる深淵】。
一定範囲内の空間全てを闇で染め、闇と同化し、そこにある一定魔力量以下の万物を深淵の闇に呑み込み、対象が持つ命や記憶など全てを喰らう力だ。
そして、第二の派生スキル【深淵ノ大帝】は、人型の深淵の闇そのものと化すスキルであり、今の俺はこのスキルを使用した状態になる。
その能力を簡単に説明するならば、領域型である【大いなる深淵】の力を肉体一つに凝縮したと言うべきだろうか。
漆黒の闇一色の人体の頭部に黄金の瞳を三つ顕現させる。
黄金の三眼で兵士達を注視すると、【支配ノ黄金】にて兵士達の記憶力を強化する。
真帝国を撹乱させるためにも、この者達にはしっかりと情報を持ち帰ってもらう必要があるので、これから見せることを忘れてもらっては困るのだ。
「あ、あれは!」
「ライファール様のギアだ!」
兵士達の目の前で手の中からアグニルの専用ギア〈呪装機剣イグナイト〉を取り出す。
イグナイトを掲げて能力【増炎呪核】を発動し、火種として使用した【冥獄神炎】の黒炎を増幅させる。
剣身から黒炎を勢いよく放出させながらイグナイトを振り下ろした。
放たれた巨大な斬撃が倉庫区画どころか研究所の一画を崩壊させ、斬撃と共に解き放たれた黒炎は瓦礫の山や周囲の建物を焼滅させていった。
「ふむ。あまりやり過ぎると予想がつかなくなるし、破壊活動はこのぐらいでいいかな」
斬撃の余波で吹き飛ばされた兵士達が気絶しているのを確認してからイグナイトを再び収納する。
これで真帝国の首脳部も大いに混乱してくれることだろう。
闇の化身となった状態のまま周囲を見渡し、その惨状と混沌ぶりに満足気に頷いてから、半壊した研究所を後にした。




