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第379話 ギア



 ◆◇◆◇◆◇



 グランアス真帝国の十大帝剣の一人〈不死鳥〉アグニル・フレム・ライファールと相対するヒュスミネの手には何も握られていない。

 どうやら無手のまま挑むつもりらしい。



武器庫(アーセナル)は開かなくていいのか?」


「大丈夫です! この肉体のみでも勝利をご覧入れます!」


「……そうだな。確かに、武器が無くても勝つことはできるだろうな」



 なんとなく素手だと五分以内に勝つことができるか微妙な気がするんだが、それは言う必要はないか。

 俺達の会話が聞こえたらしいアグニルが、視線を鋭くしながら腰に佩いた長剣を鞘から引き抜く。

 俺が今日までに集めた情報によれば、十大帝剣に選ばれた者達には特別な魔導機具(マジックギア)が国から与えられるらしい。

 外見の特徴も一致しているし、十中八九あの長剣がアグニルが与えられた特別な魔導機具だろう。


 アグニルが所持している魔導機具の名は〈呪装機剣イグナイト〉。

 名前の通り呪い系統の能力を有する伝説(レジェンド)級の魔導機具だ。

 カースドギアと呼ばれる魔導機具の一種であり、イグナイトはその中でも使用者の生命力を対価に捧げることで能力の出力が増すギアらしい。

 つまり、火力を上げるために薪を焚べるかのように、生命力を焚べることで力を手に入れられるというわけだな。

 ユニークスキル【再生と聖炎の統魔権(フェネクス)】によって潤沢な生命力を持つアグニルに最適なギアなのは間違いない。


 伝説級という等級は、ギアにおいては最高位の等級であるため、魔導具(マジックアイテム)とギアにおける最も大きな相違点である〈魔導機核(コア)〉も最高位の物が使用されていると聞く。

 そのあたりの技術的なことは国の最高機密にあたるようで、現時点で得られた情報は少ないが噂レベルのものならば得ている。

 曰く、最高位のコアは、巨大な魔力の塊、強力な悪魔の血肉、濃厚な生命力を宿す樹液の三つを混ぜ合わせて作られているらしい。


 リテラ大陸内の様々な情報と合わせて考えると、巨大な魔力の塊とは〈迷宮核(ダンジョンコア)〉のことであり、強力な悪魔の血肉は〈真秘悪魔の血肉〉、濃厚な生命力を宿す樹液とは〈世界樹の樹液〉を意味していると予想している。

 この予想が当たっているかどうかは、その特別なコアが実装されたギアを持つアグニルに勝てばきっと分かることだろう。



「イグナイトッ!」



 アグニルが剣の名前を叫んだ途端、彼とイグナイトの繋がりが強まり、アグニルが発する気配が跳ね上がった。

 中央大陸の冒険者で換算すると、Sランクが上級Sランクになったぐらいの変化だ。

 弱者を容易く強者へと引き上げるコンセプトのアイテムなだけあって強化率が高い。

 しかも、その強化を使用者は微量の起動魔力のみで実質ノーコストかつ持続的に得られるというのだから、本当に凄まじい性能だ。


 アグニルの全身から炎が発せられると同時に、イグナイトの方からも同種の炎が発せられる。

 二つの炎が混ざり合い、攻防一体の巨大な炎の鎧が形成された。

 炎の化身となったアグニルがイグナイトを振り翳してヒュスミネへと斬り掛かるのに対し、ヒュスミネは全身に黄金色の闘気(オーラ)を纏うと、拳を振り抜いて真正面から迎え打った。

 炎が燃え盛る音以外に金属音が聞こえてくるが、これはイグナイトの刃とヒュスミネの拳が接触する音だ。

 ヒュスミネは俺が使うのと同種のオーラが使えるだけあって、伝説級のギアが相手であっても打ち負けたりはしない。


 本気で拳を振るえば戦闘を優位に進められるはずだが、ヒュスミネにはまだその気はないらしい。

 たぶん、アグニルの手札を引き出したいのだろう。



「油断しているわけではないみたいだが、戦闘狂というかなんというか。どうも戦闘を楽しむきらいがあるな」



 まぁ、名は体を表すと言うし、〈戦闘(ヒュスミネ)〉だから仕方ないか。



「それはさておいて、ふむ……なるほど。つまり、ギアとは賢者の石みたいなものなんだな」


 ユニークスキル【魔賢戦神(オーディン)】の【情報賢能(ミーミル)】が有する解析能力によって、ギアというアイテムの機能について大体のことが分かってきた。

 簡単に言うならば、ギア──正確にはコア部分──は〈賢者の石〉の劣化版あるいは亜種であり、コアから使用者へと魔力を供給する機能だけでなく、演算力と思考力、そして身体能力まで強化してくれるようだ。

 魔力系と思考系を強化する賢者の石とは違って身体能力まで強化されているのは、おそらく生命力系の素材である世界樹の樹液が使われている最高位のコアだからだろう。

 一般的なギアには身体強化機能は実装されていないからほぼ間違いあるまい。


 高位のコアであるほど、これらの強化性能が高くなり、その強化の種類も増えていくとみてよさそうだ。

 使用者とギアを霊的に繋げているのが霊魂石で、この経路(パス)の素材である霊魂石が良質であるほど強化上限が上がるといった感じだろう。



「魔導具そのものに魔力生成機能と演算機能、その他機能が特性の如くデフォルトで備わっているのがギアってことか。確かにこの仕組みなら、魔力不足や演算力不足で魔導具の能力が使えないってことは無くなるよな」



 本当によく考えられている。

 魔導具の能力枠を消費することなく膨大な魔力と高い演算力を得られるのは非常に魅力的だ。

 賢者の石を使ってギアが作れないか試してみようかな?


 ヒュスミネの拳打の嵐から逃れるように後退したアグニルが、退がりながらイグナイトを振り抜く。

 斬撃を飛ばすように放たれてきた炎の鳥が、ヒュスミネが放った砲撃のような黄金の拳撃によって打ち砕かれる。

 そんな光景を眺めながら、お湯を入れて三分が経ったカップ麺の蓋を開ける。

 美味そうな匂いに腹が鳴りそうになりつつ、箸を取り出すのが面倒だったので、魔力を細長く固めることで箸の代わりとした。



「ううん……麺にスープが絡んでないな。バラバラだ。スープ単体は美味い。麺は、微妙だな」



 試作のこのカップ麺の味の評価は、甘く見積もっても百点満点中五十点ってところか。

 コストを考えても商品化は無しだな。



「……鳥。チキン味のスープが麺と一体化してるのとか良さそうだ」



 自らが火の鳥となってヒュスミネに突撃するアグニルの姿から、前世の有名インスタント麺を思い出した。

 最後に食べたのは病床に伏す前だったから、随分と昔のことになる。

 とても懐かしい気持ちになったので、商会の食品開発部に任せず個人的に開発し再現してみるとしよう。

 試作カップ麺をスープまで残さず食べ切ると、椅子にしていた竜の骨の上から立ち上がる。



「ヒュスミネ、交代だ」


「えっ、もうですか?」


「ああ。もう五分経ったぞ」



 魔力製の箸を一纏めにすると、ヒュスミネとアグニルの中間地点へと指の力のみで飛ばす。

 轟音を立てて地面が割れ、その衝撃から逃れるために両者共に距離を取った。



「遊び過ぎだな」


「申し訳ありません。(あるじ)様や同胞以外だと、生死を気にすることなく力を振るえる相手は滅多にいないので……」


「まぁ、そのうち暴れる機会はあるはずさ。今は取り敢えずコイツの処理だ」


「好き勝手言ってんじゃねぇぞッ!!」



 イグナイトの能力によって増幅された炎がボス部屋全体を赤く染めていく。

 急激に気温が上昇していくが、俺達には大した効果は無いんだよな。

 吸収系の耐性スキルは持たせていないヒュスミネはまだしも、俺の方は【炎熱吸収】があるから逆に回復する始末だ。

 そんな極楽な炎熱地獄と化した室内を一度見渡してから、ヒュスミネに声を掛けた。



「ヒュスミネ、そこから動くなよ。お前なら動いても大丈夫な気もするが、動いた場合の命の保証はできないから動かない方がいいだろう」


「承知しました!」


「その余裕、これならどうだッ!」



 こんな状況でも俺達が余裕綽々なのが気に入らなかったらしく、アグニルが一面が炎となった室内の至るところに召喚陣を展開させた。

 その一つ一つから炎の鳥のような悪魔達が召喚され、俺達に向けて特攻を仕掛けてくる。

 無数の炎の鳥が飛翔してきても、ヒュスミネが言いつけ通りにその場から動かないのを確認すると、ユニークスキル【深闇と豊饒の外界神(シュブニグラス)】の内包スキルを発動させた。



「【深淵ノ神戯(ノーデンス)】」



 その瞬間、室内の世界が一変する。

 燃え盛っていた炎が一瞬で消え去り、俺達に殺到していた炎の鳥達は悲鳴を上げる間もなく闇に呑まれて消えていった。



「なん、だ、これは?」



 先ほどまでのボス部屋が炎一色の()の世界ならば、今のボス部屋は闇一色の()の世界だ。

 動いている者は動揺して周りを見渡しているアグニル以外におらず、ヒュスミネは言われた通りに動きを止めている。

 漆黒と無音が支配する深淵の世界において、燃え盛る炎は異物でしかない。



「あの仮面野郎は何処に行きやがった!」



 では、騒ぎ立てるアグニルは?

 当然の如く異物であり排除対象だ。



「ぎ、ギャアアァアッ!? あ、足が、身体がッ!?」



 墨汁を垂らしたかのようにアグニルの身体の至るところが突如として闇に染まっていく。

 騒ぎ立てれば立てるほどにアグニルの身体は加速度的に闇に喰われていき、数秒足らずで全身の半分が周囲の闇に同化していた。

 ギアである機剣イグナイトは既に消失しており、アグニルも武器の有無を気にかける余裕はなさそうだった。

 アグニルの身体から発せられる炎は、発生してもすぐに黒く染まっては消失するを繰り返していて何の助けにもなっていない。

 その様子を空間を漆黒に染めている闇の中に浮かぶ多数の黄金の瞳で見つめていると、程なくしてアグニルは闇に沈んでいった。



[スキル【魔生循環】を獲得しました]

[スキル【輪廻転生】を獲得しました]

[ジョブスキル【機装操士(ギア・ユーザー)】を獲得しました]



 【輪廻転生】のスキルを強奪したから大丈夫だと思うが、念のため【冥府と死魂の巨神(ヘル)】の【死喰魂滅(ニヴルヘル)】で魂を捕獲して喰っておくか。



『……これで良し。終わりだな』



 ボス部屋の至るところから重なって聞こえてくる自分の声に軽い不快感を覚えつつ、発動中のスキルを解除する。

 元々立っていた場所へと室内の全ての闇が集まり漆黒の人型を模ると、一瞬で元の色合いと姿へと戻った。

 思わず肩を回したりして身体の調子を確かめてみるが、特に異常はなかった。



「もう動いていいぞ」


「……はぁ。生きた心地がしませんでした……」


「だろうな。ギアから魔力供給を受けていた奴ならまだしも、ヒュスミネの魔力量なら深淵の闇(ノーデンス)に喰われることは無いとは思うが、用心に越したことはない」



 その場にしゃがみ込み冷や汗を流しているヒュスミネをチラリと見てから、目の前の空間に手を翳す。

 手から闇が滲み出てくると、その闇の中から先ほど呑み込んだ一振りの剣を取り出した。

 


「これが最高位のギアか。へぇ、ふぅん。ほぉ……」



 機剣イグナイトを手に取って隅々まで観察する。

 久方ぶりの未知のアイテムにワクワクしつつ、別の思考では取り込んだアグニルの記憶情報を精査していった。



「……おっと。ヒュスミネ、さっさと此処を出るぞ」


「何かあったのですか?」


「どうやら十大帝剣の奴らは自分の生死が分かるようになっているらしい」


「そうなのですか?」


「ああ。帝室にそういう迷宮秘宝(アーティファクト)があるそうだ。だから、新手が来る前に此処を離れる」



 足元に散らばっている竜の骨や置きっぱなしだったボス宝箱を【無限宝庫】へと回収する。



「待ち伏せはしないのですか?」


「ああ。今回みたいな突発的な遭遇戦でもない限りは、今のところ十大帝剣と戦う予定はないな」



 残念そうなヒュスミネを手招きし、〈奈落の霊鉱〉の最深部から地上近くの階層へと転移する。

 ダンジョンの入り口で入場記録がとられているので、ダンジョンから一気に脱出するわけにはいかない。

 白銀(シルバー)級の冒険者らしい戦利品を回収してから、徒歩で悠々と地上に戻るとしよう。




 

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