第377話 奈落の霊鉱
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西方大陸の東側に位置する、大陸で最も大きな帝国であるグランアス真帝国。
その大国有数の大都市ランドスの近郊にある幻造迷宮の入り口周辺は巨大なすり鉢状になっており、その最も低い場所にダンジョンの中へと通じる階段が存在する。
元々この土地は軍の兵器実験場だったそうだが、ある日突然ダンジョンが発生して閉鎖になったらしい。
そんなクレーター跡地の斜面に築かれた階段を下っていく。
「改めてみると爆心地みたいな場所だな」
「マケーが使う力の跡に似ています」
「確かにな」
自分と同じレベル九十の人型眷属である戦争と行なった模擬戦の時のことを思い出しているらしき戦闘を連れてクレーターの底まで下りると、そこにいた冒険者協会の職員と軍の兵士達にドッグタグを提示する。
こちらの大陸の冒険者協会は、中央大陸の冒険者ギルドとは全く別の組織なので、冒険者等級の表記方法が異なっている。
中央大陸の冒険者ギルドは、基本的にFランクから始まり、Eランク、Dランクと続き、最終的にSSランクまで存在するアルファベット方式。
一方のリテラ大陸の冒険者協会だが、こちらは赤銅級から始まり、黒鉄級、灰鋼級、白銀級、黄金級、蒼銀級、紅金級、星虹級と、等級名に使われている金属の希少性が上がるに連れて等級も上がっていく方式だ。
中央大陸ではSSランクが超越者を意味しているように、リテラ大陸ではステラ級が超越者を意味している。
そこを基準にして比較すれば、各等級の大体の強さを予測することは可能だ。
冒険者協会は冒険者ギルドと違って飛び級制度がないらしく、俺とヒュスミネは一番下のカッパー級からスタートした。
底辺からのスタートではあったが、このダンジョンで速攻で実績を上げたため、今ではシルバー級になっている。
たぶん、冒険者ギルドならCランク相当になる等級だと思うので、既に新人は脱したと思われる。
「……シルバー級のニグラス・ラトホテップと、ヒュスミネ・ディスコルディアだな。通ってよし」
「どうも」
シルバー級を示す白銀色のドッグタグ型冒険者ライセンスを見せて入場許可を得ると、ダンジョンへと潜る階段を下りていく。
横幅の長い階段の段数はかなり多いが、これまでに何度も下りた階段であるため、一ヶ月経った今では慣れたものだ。
「シルバーになっても魔導機具には手が届き難いですね」
「元よりギア自体が高価だからな。一月ほどの冒険者活動では購入資金には届かんよ」
「貯蓄しないといけませんね」
「そうだな」
階段の途中ですれ違ったゴールド級の冒険者が背負っていた大剣タイプのギアを見たヒュスミネが、そんなことをボヤいていた。
食費とか雑費で散財してるのが購入資金が貯まらない一番の原因なのだが、そこは言わないでおく。
「……まぁ、俺がダンジョン産の貴金属を創造して売却すれば簡単に資金は得られるんだけどな」
「そうはなさらないのですか?」
「今のところはな。それにそうしなくても、こちらの大陸でも迷宮硬貨が使えることが分かったから優先度は低い」
神造迷宮からのみ産出される迷宮硬貨の希少性と信頼性はリテラ大陸でも同様で、この硬貨だけは大陸内のどの国でも使用することができる。
しかも、中央大陸よりも神造迷宮の数が少ないのと、その劣化もせず加工もできない神秘的な不変性が加味されて、中央大陸よりも為替が上がっていた。
リテラ大陸の資産家がどれほどのレベルかは知らないが、少なくとも俺が所有している迷宮硬貨だけでも富裕層の仲間入りは確実だろう。
「さて、今日は何処まで潜るんだったか……」
「前回の地下二十階まで下りて、そこから先を時間が許す限り探索する予定でした」
「そういやそうだったな。じゃあ取り敢えず、転移で二十階まで下りるぞ」
「ハッ、承知しました!」
周囲に人目が無いことを確認すると、ヒュスミネと共にユニークスキル【天空至上の雷霆神】の【瞬身ノ神戯】で地下二十階へと転移する。
転移先の空間を陰鬱な空気と冷気が満たしているが、そんなことは俺もヒュスミネも一切気にすることなく歩き出す。
前回は地下二十階に到達したところで地上に戻ったため、先ずは地下二十階の奥地にいるボスを倒すことから始めるとしよう。
「前回の地下十五階のボスはヒュスミネが倒したから、次は俺だよな」
「主様。ここは私に譲っていただけませんか? 私がここまで担当した地下五階と地下十五階のボスがあまりにも弱すぎて不満があるのです」
「譲ってもいいが、次の地下二十五階のボスはもらうぞ?」
「構いません! もう、早く力を振るいたくて振るいたくて……ッ!」
そう告げながらヒュスミネが拳を握り締めて身体を震わせている。
どうやら想像していたよりもダンジョンの魔物が弱すぎて力を持て余していたらしい。
力の消化不良とでも言うような状態に陥っているヒュスミネの願いを聞き届けてやると、テンションの上がった様子の彼女を先頭にしてボス部屋目指して突き進んでいく。
道中現れた魔物を蹂躙しながら進むこと一時間。
到達したボス部屋の扉を開いて室内へと入る。
俺達が入ってきた扉が独りでに閉まると、壁に設置された燭台に緑色の炎が灯っていき、真っ暗だった室内を緑色に照らしていく。
燭台の炎と同色の魔力が部屋の中央に吹き荒れると、その場所に一体の魔物が現れた。
「〈呪導屍焔霊鬼〉か」
出現したのは、黒色のローブを被った緑色の霊焔で身体が構成されている霊鬼系統のアンデッドだった。
向こうの大陸ならAランク冒険者複数人で対処する必要があるアンデッド系の魔物であり、リテラ大陸ではおそらくミスリル級冒険者複数人で挑む必要があるだろう。
「光属性で倒せよ」
「勿論ですッ!」
ディフレイスがボス部屋への顕現を済ませた次の瞬間には、ヒュスミネはその懐に飛び込んでいた。
ヒュスミネの握り締めた拳には眩いばかりの光が宿っており、その拳から瞬いた閃光が収まった時には拳が振り抜かれた後だった。
「そ、そんな……」
慌てるヒュスミネの目の前では、胸部の辺りを打ち抜かれたディフレイスが霊体の身体を崩壊させていた。
どうやら今の一撃で倒してしまったようだ。
「……一撃で終わってしまいました」
「まぁ、あれだけ気合いと魔力が籠ってれば一撃だろうよ」
当然の結果に愕然としているヒュスミネを置いて、彼女の足元に転がっている緑色の球体を拾う。
この球体は、レイスのような霊体系魔物を聖気や神聖属性を伴わない光属性のみで討伐した際に、運が良ければ手に入るアイテム〈霊魂石〉だ。
俺が調べたところ、霊魂石は魔導機具ことギアを作る際の必須素材の一つらしく、俺達がいるこの幻造迷宮〈奈落の霊鉱〉は、その霊魂石のグランアス真帝国における最大の採集場とのこと。
「ふむ。霊魂石のドロップ率は高くないと聞くが、俺達は未だに百パーセントだな」
「主様の運気は極まってますからね……」
ボスに勝利したのに落ち込んでいるヒュスミネが、トボトボと出現したボス宝箱へと近付いていく。
無造作に開けた宝箱から罠の毒矢が射出されたが、ヒュスミネは超至近距離から放たれた毒矢を指先で軽く摘みとってから、ボス宝箱の中を覗き込んだ。
「罠まで仕掛けられているボス宝箱なのに中身がショボいですね」
ヒュスミネの発言が気になったので、霊魂石を手の上で弄びながら彼女の横からボス宝箱の中を確認する。
金や銀といった貴金属の輝き、普通の宝石や特殊な力を持つ魔宝石が放つ輝きが視界に入ってくる。
無数に敷き詰められた硬貨に固有の意匠はなく、硬貨型の貴金属でしかない。
ここは幻造迷宮であるため不変特性を持つ神造迷宮産の迷宮硬貨ではないが、使われている貴金属分の価値はあった。
グランアス真帝国では硬貨だけでなく紙幣も使われている。
グランアス真帝国の影響力の及ばない場所ではただの紙切れだが、真帝国内で使う分には硬貨よりも紙幣の方が使いやすい。
その利便性に加えて、現在のグランアス真帝国は大陸の覇権を狙って他国と戦争中だ。
前線では燃えやすい紙幣よりも金属製の硬貨の方が価値があるため、前線以外の場所での貴金属の価値も上がっており、紙幣への交換には利点があった。
これもグランアス真帝国がリテラ大陸を三分する規模の大国故だ。
「硬貨型貴金属だけでなく装身具や魔導具だって複数個ある。総合的には十分な量のお宝だと思うぞ」
「ですが、最も高いランクで叙事ですよ? せめて伝説であるべきです!」
目が肥えているヒュスミネの言い分に半ば呆れつつ、燃えるような色彩の緑色の刃を持つ戦鎌を手に取る。
叙事級の戦鎌を少し調べると、他の戦利品共々【無限宝庫】へ収納した。
「まぁ、伝説級なんて滅多にないのが普通だからな。この大陸でもその点は変わらないんだろうよ」
だからこそギアに価値が生まれているのだが。
「この調子なら今日中には最奥の地下三十階まで行けるだろう。そこに期待するとしよう」
「分かりました」
「……次のボスも倒していいぞ」
「ハッ、お任せください!」
調子を取り戻したヒュスミネに露払いを任せて、更にダンジョンの奥地へと進んでいく。




