第374話 ティルナノーグ
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セレナと一緒にレンブレン商業連邦へと小旅行に行ってから半月後。
俺は中央大陸の西端にあるその国から、更に西へと西方大陸に向かって空の上を進んでいた。
空の上を移動している俺は身一つで移動しておらず、だからと言って飛空艇に乗って移動しているわけでもない。
俺が現在いるのは、〈天空城〉と呼ぶのが相応しいほどに巨大な浮遊構造物の中だ。
天空城の上部には王城のような建造物や自然豊かな環境が広がる一方で、下部では剥き出しの岩肌と紫色に輝く特殊な結晶体が氷柱のように形成されている。
この天空城の名は〈精霊天宮ティルナノーグ〉。
先代〈精霊王〉にして魔王が一柱〈悲嘆の魔王〉との〈星戦〉に勝利し獲得した魔王の宝鍵から選択した勝利報酬の一つだ。
魔王の宝鍵を使用して選択できる勝利報酬の中に、天空城なんて巨大な構造物まで並んでいるのを見た時は本当に驚いた。
等級は伝説級最上位なので神器ではないものの、他に選択した同格アイテムの〈精霊王の御手〉と〈人理栄光の精霊王衣〉と同様に、称号〈精霊王〉持ちが使用すると強化されるという特殊な性質があるため、実質的には神器と言ってもいいだろう。
神器であれば所有者に帰属する性質が必ず備わっていたのだが、ティルナノーグは伝説級最上位であるため所有者への帰属能力は備わっていない。
ただし、〈精霊王〉という存在自体への帰属する性質が備わっているため、結果的に今代の〈精霊王〉である俺に帰属している。
この〈精霊王〉絡みの特殊な性質はティルナノーグ以外の二つも同様であるため、〈悲嘆の魔王〉との〈星戦〉に勝利して得たこれらの報酬を他者が奪うことは不可能だ。
だからといって、奪われる心配がないからとティルナノーグを人目のあるところに置いていると余計な注目を浴びるのは目に見えていたので、これまでは異界にある俺の固有領域〈強欲の神座〉の片隅に浮かばせていた。
そのまま死蔵しておくのも勿体無いため、今回の西方大陸へ向かう移動手段に使うことにした。
南方大陸へ向かった時と同じように宇宙から直接乗り込む方法も考えたが、行き掛けに天竜空域も見ておきたかったのでティルナノーグを選んだ。
「ピピィ?」
「いや、ちょっと考え事をしていただけだよ」
俺の膝の上で丸まっているアモラの頭を撫でながら何でもないと答える。
獲得したティルナノーグの上部にある王城の中には玉座の間のような部屋があった。
その部屋に元から設置してあった玉座をティルナノーグ自体の能力【精霊王城】で変化させたソファに座りながら、同能力で目の前に表示されている外部映像を確認する。
ティルナノーグの進行方向先だけでなく、その反対側──中央大陸側の海にも陸地は見えない。
事前に宇宙から中央大陸から西方大陸までの方角は確認してある。
なので、陸地に辿り着けないということはないが、流石にずっと海ばっかりを眺めているな退屈だな。
「釣りをするには海面から離れ過ぎてるし……空間を連結させて釣りをするか?」
「ピッ、ピピィッ!」
「お、アモラも魚が食べたいか? たぶん場所的に普通の魚は釣れないだろうから、通常の身体の方でも食べ甲斐があると思うぞ」
「ピィッ!!」
喜びのあまりアモラが今の雛鳥形態を解き、本来の姿へと戻る。
形態変化と共に俺の膝から離れたアモラを見上げる。
精霊種に属する〈虹冠星霊鸞〉のアモラの現在の姿は、素体となった〈氷冠青霊鸞〉のように三対六翼の大翼を持つ巨鳥だ。
まだ生まれて数年であるため、前世の旅客機サイズだった成体のマグナアヴィスほどの大きさはないが、玉座の間の空間の一角を占める程度には巨大な身体をしている。
たった数年でここまで大きく育つとはな。
自らの姿形への制限が緩い精霊種だからこそ普段は雛鳥の姿をとれているが、そうでなかったら育てるのが大変だったに違いない。
頭部だけでも俺の身体よりも大きなアモラが、その頭部を俺に擦り付けてくる。
アモラの頭を軽く受け止めて黄金色の羽毛の触り心地を堪能していると、部屋の扉が開かれる音が聞こえてきた。
「失礼します、王よ」
入ってきたのは竜の角と翼、そして尻尾を持つ人型の精霊だった。
俺が〈精霊王〉となってからその権能で生み出した新種の精霊であり、種族名は〈竜宝精霊〉。
竜人族や龍人族とよく似た見た目をしているが、外見の相違点として額に〈竜宝精晶〉という第二霊核を持っているのが特徴的だ。
元ネタのイメージが強いまま創造した所為で女性型しか存在しない特殊な精霊だが、元より精霊達に性別などあってないようなものなので問題はない。
将来的に俺の正妻や側妻達の侍女兼護衛の役割をさせることを想定して生み出しており、使い魔の黄金星竜ムシュフシュの人型形態が雛型になっている。
基本的には竜+基本属性を司っているので、これまでの精霊達のように火、水、風、土、光、闇の六属性のいずれかの力を行使する能力がある。
そして、竜属性を持つが故に竜に由来する各種能力まで使える。
生半可な攻撃は通じないため護衛役には最適な精霊だ。
今は家事や侍女業務を学ぶために、多くのメリュジーヌ達が俺の領地の屋敷などで下働きをしている。
この個体はとある目的のためにティルナノーグに連れてきていた。
「竜か?」
「はい。竜種の気配を感知致しました。方角はあちらです」
メリュジーヌが指し示した方角に向かって〈妖星神眼〉を発動させる。
急速に移動する視界の中に、巨大な陸地が浮かんでいるのが見えてきた。
ティルナノーグが移動している高度よりも高い雲の中に浮かぶ陸地には多数の竜種が生息していた。
ちょっとした小国ぐらいの広さがある陸地が空に浮かんでいるのは、竜が生息しているのも相まって神秘的だな。
「大魔王〈終焉の魔王〉の身体から剥がれた一部でこのサイズか……天空大陸と呼ばれるほどにデカいならおかしくはないか。こちらは浮遊島、と呼ぶべきかな。ご苦労だった」
メリュジーヌには竜種としての感知能力の高さに期待して、自らの中に宿る力と同種の気配を探らせるために連れてきた。
アモラの陰から顔を出して、役目を果たしたメリュジーヌに労いの言葉をかける。
このティルナノーグの領域内では能力【精霊王宮】によって精霊種の能力が強化される。
その能力強化があれば竜種の気配を探り、そこから竜の巣である浮遊島を発見できると考え、それは正しかった。
「恐れ入ります。私が感知して間もなく、三つの気配が浮遊島を離れ、此方に向かって来ていますが、どうなされますか?」
今のティルナノーグは元から備わる能力で不可視化状態になっているが、竜種の感知を逃れるほどではない。
だから見つかったとしても不思議ではないが、これほど離れていても見つけるとは流石は竜と言うべきかな。
「確かに三体の竜が来ているな。アモラは……」
「ピィッ!!」
「……まだ力不足だから待機で」
「ピィッ!?」
そんなッ、とでも言いたげなアモラに待機を命じる。
やる気満々のところ悪いが、アモラにはまだ竜種三体を相手取れるほどの力は無い。
向かって来ている竜達ならば、一体なら確実に勝利し、二体なら若干不利、三体ならほぼ負けるといった感じだろう。
「……いきなり撃ってくるか」
三体の竜が開幕一番で竜の息吹を放ってきた。
竜達から放たれた三つのブレスが迫るが、その勢いが徐々に弱まっていく。
それだけでなく、弱まっていったブレスは真っ直ぐ突き進むことなく下降していき、やがてティルナノーグを包み込むように展開されている全天球型障壁の球面を掠った後、そのまま海へと落ちていった。
「ティルナノーグへの接近許可を出していないモノを弱化させ、高度を低下させる【悲嘆天域】はちゃんと機能しているな。【精霊天蓋】の方はブレスが掠っただけでは性能を確認できないが、まぁいいか。精霊砲、発射準備」
ティルナノーグに対して指示を出すと、下部にある紫色の結晶体が妖しい光を放ち、ティルナノーグの前面に巨大な術式陣が展開された。
俺が所有者となったことで、ティルナノーグの能力【自己進化】により増設された兵装〈精霊砲〉は各種精霊の属性力を宿した一撃を放てる。
「つまり、こちらもブレスを使えるわけだ。出力は低出力で充分だろう。発射」
〈精霊砲〉の術式陣から極彩色の光線が放たれる。
竜属性によってブレスに似た力と性質を宿した一撃が、あっという間に三体の竜を呑み込んでいった。
すぐに放出は終わり、眼下の海面へと三体の竜の死体が落ちていく。
その死体を【戦利品蒐集】によって【無限宝庫】へと納めると、〈精霊砲〉を停止させた。
「〈精霊砲〉の性能は中々のものだな。浮遊島は気になるが、竜に気付かれる前にさっさと移動するか」
「ピピィッ!」
「食べていいのは一体だけだぞ」
「ピッ!」
〈精霊砲〉の一撃に浮遊島に残る竜達が気付いた可能性がある。
アモラが竜の死体を食べる音を聞きながら、ティルナノーグに備わる転移機能を発動させ、現在転移可能な中で西方大陸に最も近い地点へと転移して天竜空域を後にした。




