第370話 宗教と宗教
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「──失礼致します、リオン様」
「ああ」
近くの床に転移陣が展開され、その上に俺の〈聖者〉シャルロットが現れた。
俺が開発した個人用携帯型転移系魔導具〈転移門口〉を使って転移してきたシャルロットに視線を向けると、彼女の手には紙の資料があった。
何の資料かを一瞬だけ考え、すぐにその中身について予想がついた。
「紫の魔塔からか?」
「はい。ご推察の通り、紫の魔塔主ロゼッタ・ヴィオレ・ウィーペラ様から例の報告書を受け取って参りました」
「そうか、ありがとう」
「あ、リーゼロッテ様もいらしたのですね。失礼しました」
「気にする必要はないわ。シャルロットもそっちに座りなさい」
「はい、ありがとうございます」
俺の身体の陰に隠れて見えなかったリーゼロッテから促され、彼女とは反対側の席に座るシャルロットから手渡された資料に目を通す。
予想通り、賢塔国セジウムにおける同僚である〈万毒賢主〉ロゼッタから送られてきた資料に書かれていたのは、大陸内にいる人魔達に対する襲撃の経過報告だった。
「ふむ。流石にそう簡単にデモノイドはやられないか」
「そういえば、ウィーペラ様は自分が動けば倒せるのに、と仰っておりました」
「まぁ、〈毒の群れ〉のトップが主導して動けばデモノイドの一体や二体ぐらいは倒せるだろうな」
賢塔国セジウムに所属する六人の〈賢者〉。
その内の一人であり紫の魔塔の主である〈賢者〉ロゼッタの裏の顔は、大陸随一の暗殺組織〈毒の群れ〉のトップである〈毒主〉だ。
〈毒主〉の正体は徹底的に秘匿されていたのだが、俺のユニークスキル【魔賢戦神】の内包スキル【情報賢能】の鑑定と解析能力によって、彼女が〈毒の群れ〉に所属していることは看破していた。
数年前、アークディア帝国と旧ハンノス王国の戦争時に〈毒の群れ〉の暗殺者が皇帝であるヴィルヘルムの命を狙ったため、その暗殺を止めるべくロゼッタを脅しに行ったことがある。
その際、彼女の正体を黙っておく代わりに、ヴィルヘルム自身以外にも俺の関係者に対する暗殺依頼を〈毒の群れ〉の暗殺者達が受注しないことを要求した。
無事に要求は通ったのだが、その時にロゼッタからオマケで一度だけの無償暗殺依頼の権利も貰っておいた。
当時は使う予定も無しに貰った無償での暗殺依頼の権利だったが、今回デモノイド達の暗殺という形で行使していた。
より正確には暗殺ではなく、デモノイド達への威力偵察が主な目的であり、デモノイドの暗殺はその結果でしかない。
更に追加で言うならば、デモノイドといった真秘悪魔に対する有効な手立てを探るのを目的とした、試作魔導具の実戦テストも兼ねてもらっていた。
ただの威力偵察のみに一度だけの無償暗殺依頼の権利を使うのは勿体なかったので、試作魔導具の実戦データも集めてもらっているのだが、資料を読む限りこの試みは正解だったようだ。
「中央大陸随一の暗殺組織なだけあって、裏の人材も豊富だな」
最新の情報として記載されていた、七人の幹部級暗殺者〈七刃〉の一人〈呪使〉による擬似聖気製の呪杭のデータによって改めて実感した。
他のテスターである高位暗殺者達から得られたデータも中々優秀だった。
「そういえば、こちらに来る前にアヴァロンにも寄ってきたのですが、エリュシュ神教国から御手紙が届いておりました」
「エリュシュから?」
「はい。こちらになります」
シャルロットから手紙を受け取り、その細部を確認する。
どうやら特定の個人からの手紙ではなくエリュシュ神教国という国家からの手紙のようだ。
封を切ってから手紙の中身を確認していく。
「……シャルロットは〈勇聖祭〉については、まぁ当然ながら知ってるか」
「はい。リオン様にお会いする前に参加したことがございます。もしかして、勇聖祭開催のお知らせでしょうか?」
「ああ。どうやら、その祭りへの招待状みたいだ」
勇聖祭とは、一言で言うならばエリュシュ神教国が公式に認定している〈勇者〉と〈聖者〉が神都デウディアスに一堂に会する大きな祭りだ。
開催頻度は不定期らしいが、その祭りの期間中は普段は厳かな神都デウディアスも大層賑やかになるらしい。
「前に開催されたのは何年前だっけ?」
「ちょうど四十年前ですね。当時最も注目されていたのは現〈機怪王〉である〈機勇童子〉でしたが、今回は間違いなくリオン様になるかと」
「まぁ、客観的に見てもそうだろうな……参加しとくか」
勇聖祭は自由参加なので参加せずともいいのだが、俺の覚醒称号〈黄金蒐覇〉のことを考えれば参加しないわけにはいかない。
それに何となくだが、ただ見せ物にするためだけに招かれるわけではないような気もする。
タイミング的に真秘悪魔絡みだろうか。
でも、クロメネア王国との戦争後にエリュシュ神教国にデモノイド関連の情報を提供しに行った時は特に気になるようなことは言われなかった。
敢えて挙げるならば、デモノイド殲滅のためにエリュシュ神教国の対悪魔部隊を動かすと言われたことぐらいだが、これは違うだろうしな。
「ま、今考えても仕方がないか……」
「リオン様。あちらは魔神星教の信徒達でしょうか?」
「ん? ああ、そうだぞ。あの軍は魔神星教の信徒軍だ」
「相手側は例の如く竜神教よ」
「やはりそうでしたか」
俺達三人がいる場所はエクスヴェル公爵家専用艦〈スキーズブラズニル〉の艦内。
最新設備を搭載した万能型の飛空艇から見下ろす地上では、魔神星教と竜神教による戦争が行われている。
不可視化状態のスキーズブラズニルから観戦しているため、魔神星教の信徒達は信仰対象の魔神である俺が観ていることは知らない。
それなのに彼らの動きに手抜きは一切見られない。
命懸けの戦なのだから手を抜かないのは当たり前だが、狂信、とまでは言わないが、強烈な信仰心のようなモノが彼らから感じられる。
狂信ならぬ強信と表現すべきモノが覚醒称号〈黄金蒐覇〉を通して伝わってくる。
自分以外の存在に依存する宗教なんてモノに俺は全く共感できないが、信仰というモノの厄介さと有用性についてはよく知っている。
だから、俺への信仰心からくる信徒達の強靭さについては、竜神教対策において非常に頼りにしている。
宗教に宗教をぶつける策は大正解だったことが改めて確信できたな。
「魔神星教は鉄製武具など装備において優勢ですが、兵数の面では竜神教側が優勢のようですね」
「魔神星教が開宗してからまだ四年ほどしか経っていないからな。竜神教との信徒数の差はまだまだ数十倍の開きがあるのだから、数の不利に関しては今更のことだな」
まぁ、この戦場にいる分に限れば四倍程度の差だけど。
信徒達が俺のダンジョンである蒐奪迷宮〈グニパヘリル〉から獲得できた魔導具はまだ殆どないが、俺が直々に伝授した各種冶金技術によって製作された鉄製武具は信徒兵全員に行き渡っている。
装備に加えて、信徒達が活動しているグニパヘリル第一階層に出現する魔物の強さは非常に弱く、そこでレベル上げを行なった信徒達のレベルは現在戦っている殆どの竜神教の者達よりも高い。
高いと言っても、極一部の者達を除けばそこまでレベルに開きがあるわけではないので、レベルに関しては大した優位性はない。
それ以上に数に差があるし、何より竜神教にはアレがある。
「今回の宗教戦争ではヴェラキルも持ち込んでいますものね」
「ああ。アレは多少厄介だが、数も少ないしこちらには使徒候補生もいるから大丈夫だろう」
リーゼロッテが言うヴェラキルとは、竜神教の強みの一つである小型の地竜タイプの騎獣のことだ。
正当な竜種ではなく亜竜種に属する魔物だが、一応は竜種の末席だから正しくは騎竜と呼ぶべきか。
見た目のイメージ的には恐竜のヴェロキラプトルが一番近い。
ヴェラキルは騎手である竜神教徒よりもレベルが上だが、ヴェラキルも竜神教もその大元は大魔王〈創世の魔王〉なので、竜神教徒ならば比較的簡単に使役できるらしい。
ヴェラキルをはじめとした各種騎竜の牧場の最大手は、竜神教の総本山があるナルタマルタ神聖国ではあるが、この戦場にいる全ての竜神教徒に行き渡らせられるほどの数を用意することは出来ないようだ。
〈創世の魔王〉が能力で直接生み出すなら話は違うのだろうが、大魔王も今の段階ではそこまでするつもりはないのだろう。
竜神教の兵士が駆るヴェラキルが魔神星教の兵士に襲い掛かるが、遠方から放たれた矢に射抜かれてヴェラキルの頭部が四散する。
矢を放ったのは、この戦場にいる魔神星教の使徒候補の一人だ。
使徒候補とは言っても、その実力は中央大陸で言うならBランク冒険者程度でしかない。
他にも剣や槍などを振るっている使徒候補達もいるが、彼らの実力も似たようなレベルだ。
それでも現在の魔神星教全体からすれば上澄みであるため、その装備は全て魔導具で揃えている。
南方大陸では超貴重な魔導具を全身に纏った使徒候補達がいるからこそ、数的不利に加えて竜神教側にヴェラキルがいてもなお安心して見ていられるのだ。
実力に不釣り合いな装備だと成長を阻害してしまうため、今は低位の魔導具しか装備させられないのがもどかしい。
魔神星教の使徒用に作った高位魔導具があるので、それらの魔導具が装備できるように使徒候補達には早く強くなって欲しいものだ。




