第369話 神官と毒刃
◆◇◆◇◆◇
場所は中央大陸中部のとある国。
その国の地方にある都市同士を結ぶ街道沿いに広がる草原。
雲一つ無い夜空に浮かぶ月が大地を明るく照らす中、その草原では二つの勢力による戦闘が行われていた。
一方は黒い群勢。
基本的には人型ではあるが、そのどれもが人間ではない人外の存在で構成されている。
もう一方は白い集団。
群勢と呼ぶほどの数はいないが、この集団の者達は全員が人間であり、デザインや材質に多少の違いはあるものの、全体的に誰もが白装束に身を包んでいた。
黒い群勢は人魔が生み出した能力製悪魔。
白い集団はエリュシュ神教国が総本山の神塔星教の戦闘神官部隊。
それが両勢力の正体だった。
「戦神よ! 邪悪を討つ力を我が身にッ!」
「剣神よ! 我が刃に祝福を賜らん!」
「光神よ、どうか私達を護りし光を」
「「「『信仰神の祝福』」」」
前衛の聖騎士や神官戦士達が、そして後衛の聖魔導師や神官術師達が、それぞれが信仰する神に祈りながら神聖魔法を発動する。
各々が信仰する神に由来した強化支援が付与されていき、戦闘神官達の戦闘力が強化される。
肉体や武器、防御力を強化されたエリュシュ神教国の神官達が、神聖なる光を宿したまま悪魔達へと突撃していく。
悪魔達も種族由来のスキルや魔法にて迎え討つが、信仰神からのバックアップを受けた戦闘神官達の戦闘力は非常に高い。
平時の信仰心に応じて神聖魔法『信仰神の祝福』の効果は増減する。
他国ならまだしも、神塔星教の総本山であるエリュシュ神教国の神官であり、邪悪を討つ戦闘神官部隊のメンバーである彼らの信仰心は非常に高いため、数で大きく上回る悪魔達を圧倒していた。
白い集団によって徐々に食い破られていく黒い群勢。
その黒い群勢の後方から二つの影が飛び出し、戦場から離れていく。
「チッ。エリュシュの神官共め!」
「何故居場所がバレたんだ?」
人目を避けるようにして夜の街道を歩いていたデモノイドの二人は、突如としてエリュシュ神教国の戦闘神官部隊から襲撃を受けた。
人間の身体を奪って受肉した真秘悪魔であるデモノイドは、悪魔の力を宿しただけの人間である悪魔宿主とは違い、自らの悪魔の気配を隠蔽する能力が高い。
個体差はあるものの、面と向かって神聖魔法『真悪魔看破』を使われない限りは正体がバレることはほぼ無い。
悪魔としての特徴を晒した覚えがあるならまだしも、彼ら二人にそんな記憶はなかった。
「つまり、顔バレしてるってわけだな」
「同族か? 確かに何人かには会ったことはあるが……」
「ああ。我らは仲が良いわけではないが、だからといって同胞を人間に売るほど悪いわけではない」
「人間に捕まったヤツがいるのか、俺達を見つけ出す能力を持つ人間がいるか、ってところかよ。ついてないな」
街道を外れて森の中を駆け抜けながら二人のデモノイド達は悪態を吐く。
状況は悪いが、能力で生み出した悪魔を囮にして脱出することはできた。
デモノイドとして現世に受肉したことにより、ただの真秘悪魔の時と比べて神聖魔法は効き難くなっている。
神聖魔法に対する耐性とデモノイドとしての真の力を行使すれば、あの程度の戦闘神官部隊を討ち破ることは可能だ。
だが、更に増援が来る可能性があったため、二人は即座に撤退を選んでいた。
「ふぅ。これだけ離れれば大丈夫だよな」
「うむ。どうやら未だ我が生み出した悪魔と戦っているようだ」
「なら少し休もう。いくら俺達でも魔力ほど体力があるわけじゃないんだからな」
「そうだ、グッ!?」
「何ッ!?」
能力製悪魔を生み出したデモノイドの喉元から突然刃が生えてきた。
見えているのは血に濡れた剣尖であり、背後からの一撃であることが分かる。
奇襲を受けたデモノイドの背後には性別も人種も不明の黒いフードを被った者がいた。
デモノイドは片手を刃の生えた異形の腕と化すると、背後の黒フードの者を払い退けるようにして手を振るった。
首に突き刺した短剣を抜きながらその攻撃を回避した黒フードの者が離れた場所に着地する。
その着地に合わせて、デモノイド達を囲むように周囲の木陰や闇の中から次々と同じような格好をした者達が姿を現してきた。
「何だ、コイツらは?」
「エリュシュの神官共ではないようだな。この気配は……暗殺者か?」
デモノイド達の疑問に対して答えるように、暗殺者達の一人がデモノイド達を指し示す。
すると、取り囲んでいた暗殺者達が一斉に棒手裏剣を投擲した。
だが、その棒手裏剣はデモノイド達の手前の地面に突き刺さり、彼ら二人には一つとして直撃することはなかった。
「ん?」
「一体、拙いッ!?」
首を貫通する負傷を瞬く間に完治させたデモノイドが何かに気付いた次の瞬間、地面に突き刺さった全ての棒手裏剣が光を放つ。
棒手裏剣の表面に刻まれた術式が放った光が中央にいるデモノイド達を明るく照らす。
棒手裏剣一つ一つから蜘蛛の巣状の光の網が展開され、光の網同士が複雑に絡み合う。
その絡み合った光の網の中にデモノイド達の足が巻き込まれ、あっという間に足元から腰の辺りまでを拘束していった。
棒手裏剣に刻まれた光縛術式により拘束されたデモノイド達に向けて第二撃が放たれる。
「おのれッ!!」
デモノイドの一人が二人纏めて守る魔力障壁を展開する。
その魔力障壁にぶつかった投擲物が破裂し、中に入っていた白い粉塵が宙を舞う。
白い粉塵から漂う嫌な気配に、粉塵が持つ力が聖気に似たモノであることをデモノイド達は察した。
「本当に何者なのだ、コイツらはッ!!」
「我が壁を作る! その隙に、グッ!?」
再び能力製悪魔を生み出して状況を打開しようとしたデモノイドが、苦しそうに胸元を押さえる。
押さえた胸元からは聖気に似た魔力が漂っており、その部分からは血が流れていた。
「ひ、ひひひっ、効果、抜群だね」
暗殺者達の後方にいる一人が嬉しそうな声を上げる。
声を上げた女暗殺者の手元には、頭の部分が赤く血に濡れている不気味な人形があった。
その不気味な人形の胸元には白い杭が突き刺さっており、程なくして白い杭は力を失ったように消滅した。
「次はココッ!!」
女暗殺者が取り出した二本目の白い杭を人形の肩に突き刺す。
その人形への一撃は先ほどのデモノイドの身体にも反映され、痛みから苦悶の表情を浮かべながら肩を押さえていた。
「これは、呪術かッ!!」
奇襲時の首への攻撃により、呪術に必要な媒介である血を採取されていた。
その血を濡られた呪術系魔導具の呪い人形によって、デモノイドの一人は不可避の攻撃を受けていた。
「デ、デモノイドにもコレは効くん、だねぇ? この私、〈呪使〉が悪魔殺しを、為してみせるぅ!!」
「我を舐めるなよ人間風情がッ!!」
呪いを受けていたデモノイドが全身から大量の魔気を放出する。
人形と結ばれた呪術経路を魔気の放出によって強引に消し飛ばしたデモノイドは、息をするようにその魔気を手元に凝縮させると、竜の息吹の如き砲撃を放った。
一秒とかけずに魔気を集め、固め、放たれた魔気の砲撃は、仲間が張っていた魔力障壁をも容易く突き破り、呪いを掛けた女暗殺者〈呪使〉へと迫っていく。
「あわわ、あっぶなーい!」
そんなセリフとは裏腹に、十分な距離があったため呪使は軽々と魔気砲撃を回避した。
魔気砲撃が近くを突き抜けていった際の風圧で黒フードが捲れ上がり、呪使の影のあるニヤケ顔が露わになる。
挑発を受けたと思ったデモノイドが、二撃目の魔気砲撃を放とうするが、その手をもう一人のデモノイドが押し留めた。
「何を──」
「神官共も接近してきている。長居は無用だ」
「……フン。行け、悪魔共」
手元に溜めた魔気を地面に放って光の網を破壊すると、地面が破壊されたことで巻き起こって土煙の中から低位の悪魔達が飛び出してきた。
「わ、悪魔がいっぱいだ。あれらは、任せたよ」
「「「はっ!」」」
周囲に展開していた暗殺者達がそれぞれの攻撃手段を以て低位悪魔達を撃退していく。
数も少なかったため瞬く間に低位悪魔達は討ち滅ぼされたが、土煙が晴れた頃には二人のデモノイドの姿は消えていた。
「逃げられたかぁ」
「呪使様。そろそろ撤退しなければエリュシュの神官達が」
「出会すと厄介、だね。じゃあ、証拠を隠滅したら、全員全力で逃げようかぁ」
「「「はっ」」」
それから数分後。
エリュシュ神教国の戦闘神官部隊が現場に到着した時には、デモノイド達を襲撃した暗殺者達──中央大陸随一の暗殺組織〈毒の群れ〉、その組織における七人の幹部級暗殺者〈七刃〉の一人〈呪使〉が率いる暗殺部隊は、一人残らず姿を消していた。
後に残ったのは両者の戦闘痕のみだった。




