第368話 竜と悪魔
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「──クッ、ハッハッハッハッハッ!! 素晴らしいッ! これが本当の悪魔の力かッ!!」
笑い声を上げるジェザールの姿は人間からかけ離れた姿となっていた。
ジェザール自身は悪魔の力と言っていたが、その姿は悪魔ではなく黒い竜種にしか見えなかった。
「悪魔?」
「ん? ああ、その疑念は正しいぞ。今の俺は悪魔であって悪魔にあらず。だからといって、見た目のように竜というわけでもないがな」
そう告げて、三対の黒い竜翼を広げるジェザールの姿は明らかに黒竜の姿をしている。
だが、事実として、竜と龍種に対して特効を発揮するはずの特殊系ジョブスキル【竜喰者】が一切反応していない。
悪魔に対する特効である補助系スキル【悪魔種殺し】もまた同様だ。
その一方で、【情報賢能】の解析能力は目の前のジェザールがユニークスキル【混沌なる破戒竜】の力で竜種と化していることを教えていた。
「今の俺は〈虚偽なる悪魔竜〉。自らを失うことなく身に宿した悪魔の力を完全に支配し、竜の力と一体化させた新たな存在だッ!」
ふむ……どうやら【混沌なる破戒竜】の内包スキル【幻想体現】【混沌破戒】【無意味にして真理】の力によるもののようだ。
【幻想体現】で竜種に変身。
【混沌破戒】で悪魔の力と竜種の力の境界を崩すことで一体化させ、悪魔の力に対する支配力を強化。
【無意味にして真理】で身に宿した悪魔自身の力の支配権を無力化し、完全に自分のモノにしたってところか。
これら全てを合わせた状態の形態が〈虚偽なる悪魔竜〉なのだろう。
それだけでは真秘悪魔の力を人間が奪うのは不可能なはずだが、奪うのに足りない部分はクロメネア王の宿す悪魔の力を応用したらしい。
その所為なのか、少し離れたところでは力を消耗したクロメネア王が地面に四つん這いになって息を荒げていた。
「ウォオオオオッ!!」
ジェザールの雄叫びと共に彼の周りに様々な様式の魔法陣が展開されていった。
俺達が使う人類式魔法陣以外にも、竜式魔法陣、悪魔式魔法陣といった人外が使う魔法陣が確認できる。
これらの魔法陣は、魔法陣を構成する術式に違いはあるが基本的な効果は変わらない。
ただし、人外が使う術式だけあって魔法の出力の高さなど効果以外の部分では結構異なっている。
まぁ、総体的には人類式魔法陣の上位互換だと言っていいだろう。
それでも魔法であることには変わらない。
「消せ、〈魔源災戦の賢神杖〉」
蔦のような黄金色のルーン文字が柄に絡み付いた黒き神杖を手元に召喚すると、基本能力の【魔導権源】を発動させる。
凡ゆる魔法に対して反射・否定・干渉・支配する権限能力により、ジェザールが行使した全ての魔法が消滅した。
魔法の消滅を確認した後、賢神杖ガンバンテインを持つ手とは反対の手にある白い短剣に【大勇者】の〈純聖気〉を纏わせる。
その状態の短剣を再び捕喰して、〈豊饒〉の力を以て新たな存在へと新生させた。
「〈屠竜聖槍アスカロン〉」
対悪魔の〈聖気〉、対竜の〈竜殺し〉といった二つの特効を持つ白き長槍を生み出すと、悪魔竜となったジェザールへと射出した。
俺の意思に従って自律的に高速飛翔したアスカロンが人外と化したジェザールの身を貫く。
〈悪魔〉と〈竜〉の二つの属性を持つならば、この一撃は致命傷だ。
即死してもおかしくない一撃なのだが……。
「ほう。確かに効かないようだな」
〈虚偽なる悪魔竜〉と自らを称するだけあって嘘のような理外の理が働いているらしい。
あちらは悪魔と竜の力を存分に扱え、こちらはその力を急所とすることができないとは面白い力だ。
ユニークスキル【混沌なる破戒竜】の中には【幻想の支配者】という内包スキルがあるため、あの力は〈幻想〉とやらの力に属するのかもしれない。
〈言霊〉と似て非なる〈幻想〉の力を興味深く観察していると、ジェザールが開いた口内から竜の息吹が放たれてきた。
通常の竜の魔力によって構成されたブレスではなく、悪魔竜らしく濃縮された〈魔気〉によってブレスは構成されているようだ。
生命ある存在を侵し殺す〈魔気〉製ブレスの波動により、周囲に群生している草木が一瞬で死滅する。
それらの変化を視界に収めつつ、全身から純聖気を放出してブレスの魔気を相殺していく。
だが、この威力を見るに、身体に直撃するまでにブレスを相殺し切ることは出来なさそうだった。
「純聖気を放つだけじゃ無理か。竜と悪魔の力の相乗効果なんだろうけど、思ったよりも強力だな……」
湯水のように純聖気を前面に放出しても徐々に迫ってくるブレスを見据えるながら、懐から一冊の黒い本を取り出す。
黒き本は独りでに動きだすと、俺の傍で浮遊する。
「〈蒐集〉」
俺の声に反応した黒き本が、周囲に散らばっていた真秘悪魔の力を吸収していく。
その吸収範囲は結界の外、エリンが戦っている場所にまで及んでいる。
パラパラと開かれた殆どのページは外側と同様に真っ黒だったが、真秘悪魔の力が吸収されたページには白色の謎の文字が刻まれていった。
この黒地に白字の本の名は〈異界魔神星書〉。
俺の〈無垢なる命喰の霊剣〉や、今は〈無銘の聖剣〉となったエリンの〈可能性の剣〉などといった、アイテム自体が成長する魔導具を解析して得た技術を使って製作した伝説級最上位の魔導具だ。
ネクロノミコンが有する力は、一言で表現するならば〈蒐集〉が相応しいだろう。
元は〈幽世〉という異界の住人である真秘悪魔達の力を効率良く蒐集するために作ることにしたのだが、未知の部分が多い真秘悪魔の力に対応すべく〈成長〉という拡張性を持たせたことで当初とは少し変わったカタチになった。
とはいえ、結果的に異界の力を蒐集するネクロノミコンは、〈強奪〉という象徴的な力を持つ〈強欲〉を冠する〈勇者〉らしいアイテムとなったと言えなくもない。
「……集めるだけでいいか」
異界の力を蒐集する能力以外のネクロノミコンの能力を行使しようかと一瞬思ったが、そこまでする必要はないと思い直す。
わざわざ他の能力まで使う必要はあるまい。
そう判断した直後、ジェザールの魔気のブレスが純聖気の壁を打ち破り、俺へと直撃する。
その直前、ユニークスキル【荒野と栄華の堕天神】の内包スキル【贖罪ノ山羊】を発動させた。
俺がいる場所に外見だけを真似た俺の偽物が出現すると同時に、俺自身はジェザールの背後へと移動した。
俺の偽物がブレスに呑み込まれたのを遠目に見ながら、共に移動してきたネクロノミコンの力を行使する。
「な、なんだコレはッ!?」
「お前みたいな存在のために作ったモノだよ」
ネクロノミコンから伸びてきた多数の黒い触手が、ジェザールの悪魔竜の巨体へと絡み付き拘束していった。
触手の先がジェザールの身体に次々と突き刺さっていくと、彼に宿る悪魔の力を吸い取っていく。
触手の一部は近くで動けなくなっているクロメネア王にも絡み付いて、同じ様に真秘悪魔の力を奪い取り始めた。
「拘束力良し。強奪力良し。実戦でも問題なく使えるな」
「あ、が、はっ。そ、そんな。俺の悪魔の力が──」
彼らがその身に宿していた真秘悪魔の力を全て奪い取ると、ジェザールは元の人間の身体に強制的に戻り、クロメネア王はそのまま気を失っていた。
ネクロノミコンに新たに記されたページに一度目を向けてから、腰に佩いた神刀の一本を鞘から抜き放ち、自らの身に起きた変化に動揺しているジェザールの首を刎ねた。
[スキル【七転八起】を獲得しました]
[スキル【混沌と秩序】を獲得しました]
[ユニークスキル【混沌なる破戒竜】を獲得しました]
久しぶりに獲得した新規スキルの詳細を確認しつつ、神刀を鞘に納めると結界の壁際に転がっている聖槍アスカロンを手元に召喚した。
アスカロンとガンバンテインを【無限宝庫】に放り込んでいると、ちょうどエリン側の戦闘も終わった。
「〈勇者〉への覚醒おめでとう、エリン」
「ありがとうございます、リオン様」
結界を解除してすぐに駆け寄ってきたエリンを労う。
予定通りの結果に終わったとはいえ、見ている側からしたら非常に心臓に悪い戦いだった。
覚醒直前にエリンが負った大怪我は既に癒えているが、その部分の防具は破損しており、彼女の地肌が見えていた。
思わずその部分を撫でると、エリンの身体がビクンと跳ねた。
彼女の魅力的な臀部の辺りから生えている尻尾が激しく動いているのを眺めながら、もっと良い防具を用意することを心に誓った。
「リ、リオン様……」
「あ、悪い。ついな。さて、じゃあ回収できる物は回収してから、クロメネア王を連れて帝国軍の本陣に向かおうか」
「はい!」
エリンも〈勇者〉に覚醒できたし、ネクロノミコンの性能試験も無事に終わった。
クロメネア王も生きたまま捕らえられたし、此度の戦争も漸く終わるだろう。
その後は……エリュシュ神教国への真秘悪魔関連の報告かな?
真秘悪魔のことで色々動くことになりそうなことを予感しつつ、気絶しているクロメネア王を拘束していった。




