第366話 悪魔の罪源
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空間系統の能力で移動してきた者達の中で最初に目に留まったのは、クロメネア王国の国王であるアゴル・ト・クロメネアだった。
人族の中年男性という以外に外見的特徴のない平凡な男だが、今は幽世より召喚された真秘悪魔を身に宿した悪魔宿主となっている。
元々が戦う者ではないため、悪魔の力を身に宿しても彼自身の力は大したことはない。
ただ、クロメネア王という器と彼がこれまで生きた歴史を触媒に召喚された悪魔を宿しているため、彼が宿す悪魔の力は使役系だ。
つまり、魔力がある限りは手駒を増やせるのだが、クロメネア王はその能力を本格的に使うことなく王都から逃亡していた。
悪魔の力を使い過ぎると死ぬため出来るだけ使いたくないんだろうが、なんとも肝が小さい男だな。
次に視線を移したのは、移動してきてすぐにクロメネア王を庇うように前に出てきた青年だった。
三十代ほどの見た目なので青年呼ばわりしていいか怪しいが、若々しいのは間違いないので青年で構わないだろう。
個人的には人族の進化先で最も多い個体数だと思っている戦人族であり、染めた髪に刺青、全身を彩る数々の装身具と、全体的に粗暴者といった雰囲気のガタイの良い青年だが、その目には理知的な光と強い警戒心が宿っていた。
青年の正体は、クロメネア王国所属のSランク冒険者〈言壊剣鬼〉、ジェザール・バルバミア。
ユニークスキル【混沌なる破戒竜】を持つデモゴルゴンであり、クロメネア王の一人娘と婚約している次期クロメネア王でもある。
ジェザールの婚約者である王女は、王都がアークディア帝国に包囲される以前に国外に脱出しているため此処にはいない。
今頃は帝国の別働隊が確保しているだろうから、あとはクロメネア王を捕まえるだけだ。
次期クロメネア王ではあるが、クロメネア王家の血を引いていないジェザールの身柄は必要ない。
彼の冒険者仲間であり、彼と同じくデモゴルゴンとなっている他の護衛達もまた同様だ。
「な、何だこれはッ!? 貴様達は何者だッ!」
逃亡のために待機させていた騎士達との合流地点に転がる騎士達の亡骸、そしてそこに待ち構えていた俺とエリンの姿を見たクロメネア王が騒ぎ立てる。
動揺するのも分かるが、つくづく小心者のようだ。
それでいて王都まで追い詰められてなお帝国に屈することを認められないほどにプライドが高いのだから、救いようがないな。
「退がってくれ王様。奴はヤバい、ヤバすぎる……」
一方で、騒ぐクロメネア王とは違って、ジェザールは額に汗を滲ませながら此方の動きを見逃さないように警戒していた。
筋肉質な身体とは不釣り合いな短剣を構えたまま、逆の手でクロメネア王を制している。
リーダーであるジェザールの動きと強い警戒心に彼の仲間達も気付いたらしく、クロメネア王を守るために動きはじめた。
とはいえ、ジェザールの仲間達の動きが完了するのは位置関係的に数秒ほど掛かる。
それだけの時間があれば十分だ。
「『時界断空隔壁』」
発動待機状態にしていた防御結界系戦略級時間魔法『時界断空隔壁』を展開する。
同系統の力でもなければ脱出も破壊も不可能な時間属性の障壁結界を使って、クロメネア王達を他の護衛達と分断した。
これで余計な邪魔が入ることはないだろう。
「頑張れよ」
「はい、行ってまいります」
発動中の魔法の術者としてエリンが結界の外へ脱出することを許可する。
エリンが結界に向かって歩いていくと、時間属性の結界は彼女の歩みを阻むことなく素通りさせた。
あとは健闘を祈るのみだな。
「ジェザール! ここから脱出は出来んのかッ!?」
「……駄目ですな。俺の力でもピクリともしません。余程高位の魔法か能力で築かれているみたいだ。悪魔の空間干渉も効かないとは……これが〈勇者〉であり〈賢者〉である奴が使う魔法か」
どうやらジェザールは俺の正体に気付いたようだ。
まぁ、新聞などで俺の顔は知られているだろうし、魔法行使能力などの情報と合わせればすぐに気付くか。
「な、何だとッ!? 貴様、リオン・エクスヴェルなのか!」
「お初にお目に掛かります、クロメネア王よ。私はアークディア帝国の勇者であり賢者、そして帝国貴族として公爵位を授かっておりますリオン・ギーア・ノワール・エクスヴェルと申します。今代アークディア帝国皇帝ヴィルヘルム・リル・ルーメン・アークディア陛下の命により、御身の身柄を拘束させていただくために参りました」
一応相手は一国の君主なので、礼儀として名乗りを挙げて用件を告げておいた。
それに対して、クロメネア王が顔色を変えながらも咎めるように口を開いてきた。
「ゆ、勇者が国同士の争いに介入するとは何事だッ!?」
「クロメネア王は知らないようですが、勇者が戦争に関わらないという文言は厳格に決まっているものではありません。勇者という強大な力が参戦すると戦争による死者が増える可能性が高いので、それを防ぐために自主的に守られている不文律です。あくまでも勇者本人や所属国家が自主的に守っているだけなので、大した強制力はないんですよ。つまり、自己責任というわけです」
まぁ、大義といった理由もなく参戦なんかしたら、国際的に非難を浴びたり問題視されたりすることになるだろうけど、今回の場合は問題ない。
「神塔星教の教義によると、勇者は悪しき存在に対する剣にして、それらから人類を守護する守り手だそうです。その教義に従うならば、悪魔の力を得るために数多の人命を捧げる悪行を重ねたクロメネア王国を排するにあたり、この勇者の力を振るうのは正当な行いということになります。そもそも大々的に力を晒すわけではないのですから、周りの目を気にする必要もありません」
「グッ。おのれ……」
忌々しそうに此方を睨み付けるクロメネア王の反応を無視して、結界の外でクロメネア王の護衛であるデモゴルゴン化したAランク冒険者達と相対しているエリンに視線を向ける。
あちらもそろそろ動き出しそうだな。
「だから大人しくお縄についた方がいいですよ。素直に捕まるなら五体満足の状態で捕らえて差し上げます」
「出でよ、悪魔共ッ!!」
俺が慈悲の言葉をかけてやると、クロメネア王は返答の代わりに大量の悪魔達を召喚してきた。
正確には召喚ではなく顕現であり、その悪魔も本物の悪魔である真秘悪魔ではなく能力で生み出された悪魔でしかないが、その数は百を超えている。
集めた情報によれば、クロメネア王がデモゴルゴンとして宿す悪魔は能力製悪魔を生み出し、他の悪魔種を強化する力に特化しているらしい。
クロメネア王は生きたまま捕えなければならないが、宿している真秘悪魔は中々面白い素材になりそうだ。
「お前も行け、ジェザールッ!!」
「仕方ねぇな」
真秘悪魔の世界である幽世で定められている悪魔達の階級に則るならば、クロメネア王が顕現させた悪魔達の強さは一番下の第三階級の下位や中位程度しかない。
本体である真秘悪魔でないからか、あるいはクロメネア王の力量が低いからかは不明だが、顕現された悪魔の強さは大したことなかった。
なので、多少はその動向を意識する必要があるのは、最初からデモゴルゴン化したSランク冒険者であるジェザールだけだ。
当のジェザールは、クロメネア王からの命令に嫌そうな表情を浮かべながらも、戦う意思を示すように手に持った短剣に魔力を纏わせていた。
情報提供元である捕えた真秘悪魔達の情報が正しければ、ジェザールが宿す悪魔の階級は第二階級であり、冠する罪源──悪魔の属性のようなもの──は〈強欲〉なんだとか。
〈強欲〉が力の根源である俺は思わず親近感を抱いてしまう。
同じ〈強欲〉を冠する〈勇者〉としては、ジェザールが宿す悪魔がどのような力を使うか気になるので、エリンの様子を見ながらではあるが、ちゃんと相手をしてやるとしよう。




