第365話 覚醒試行
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短いようで長かった戦争もそろそろ終わりだ。
クロメネア王国の王都アルガランを包囲するように展開するアークディア帝国軍。
その大軍に対して未だ抵抗を続けるクロメネア王国という図式。
まさに戦争終盤といった地上の様相を、俺は上空から観覧していた。
ヴィルヘルムが飛空挺から視察を行なった先日の戦場にてアークディア帝国軍が勝利を収めた時点で、此度の戦争の勝敗は既に決している。
王都と一部の領地を除いたクロメネア王国の大半は陥落しており、あとはクロメネア王さえ捕らえれば終わりだ。
生きた状態で捕らえるのが最も望ましいが、最悪死体でも構わないと、ヴィルヘルムから言われている。
現在のクロメネア王は、ゲオルグ達人魔の助力によって、身の内に真秘悪魔を宿した悪魔宿主となっており、生きた状態で捕らえるのが困難というのが理由だ。
俺がこの場にいるのも、クロメネア王がその悪魔の力を用いて王国の地から逃げ出すのを阻止するべく、ヴィルヘルムから要請されたからだ。
「私から見ても最早勝ち目はないのですが、何故彼らは降伏しないのでしょう?」
俺の横に立つエリンの視線は王都の城壁の上へと向けられている。
そこには籠城戦を行なっている王国の兵士達の姿があり、ここからはかなり距離があるが今のエリンにはちゃんと見えているようだ。
「クロメネア王が悪魔の力で精神に干渉しているからだよ。兵士の一人一人と魔力経路が繋がっているから、精神干渉を解除してもすぐにまた操られてしまう。だから、彼らを救うには精神干渉の術者であるクロメネア王を止めるしかない」
「なるほど。では、先ほど王都内に侵入した帝国の部隊の目的はクロメネア王なのですね?」
「王都を包む守護結界を解除するために侵入した者達もいるが、主な目的はそうなるな。まぁ、たぶん無理だろうけど」
「デモゴルゴン化したSランク冒険者ですか」
「ああ。彼をはじめとした一部の高ランク冒険者は悪魔の力と引き換えにクロメネア王の護衛に付いている。デモノイド達が仲介しただけあって欲に弱い者達だから、あっさり承諾したようだ。だから、帝国軍の部隊の侵入に気付いたら王都から逃げ出すだろうな」
実際、そういった内容の話をしていたしな。
眷属ゴーレム経由で聞いた彼らの会話内容から、彼らの動きは大体予測できる。
また、【情報賢能】のマップ上から得たステータス情報から、彼らの戦力についても把握済みだ。
だからこそ、エリンを連れてきたのだ。
今回、クロメネア王の逃亡阻止にエリンを連れて来たのは、エリンに護衛のデモゴルゴン達の相手をさせるためだ。
今年の初め頃、エリンは狼人族から天狼人族へと進化した。
エリンは二十代になってからは肉体的にも全盛期と言える年頃になったが、上位種へと進化したことで更に強く美しくなっていた。
度々時間を作っては、神迷宮都市アルヴァアインの神造迷宮に潜ってレベルを上げており、二十代に突入してからはその頻度は上がっていた。
上位種へと突入した時から長命種になるため、年老いてから上位種になるとその外見のままに長命種になってしまう。
そのため、全盛期という若い外見のうちに進化すべく、エリンは急いでレベル上げを行なっていた。
逆にまだ十代の異母妹のカレンは、まだ比較的ゆっくりとレベル上げをしており、エリンとはレベルに差ができていた。
そんなエリンだが、上位種となって間もなく使用していた〈可能性の剣〉が〈無銘の聖剣〉へと変化した。
前の異世界での俺の経験を参考にするならば、これは〈勇者〉として目覚める寸前の現象になる。
あとは、強敵との戦いを経ることで称号〈勇者〉を得て、【勇者】のジョブスキルを取得すると思われる。
〈可能性の剣〉が〈無銘の聖剣〉となった際にジョブスキル【聖剣士】を取得しているため、悪魔の力を振るうデモゴルゴンに有効な〈無銘の聖剣〉の聖気も使用できる。
デモゴルゴン化したSランク冒険者は流石に勝てないだろうが、それ以外のデモゴルゴン化した冒険者ならば勝てる可能性がある。
クロメネア王が逃亡する際に幾らかは帝国軍の足止めに残るだろうから、どれだけの数のデモゴルゴンが同行するかで勝率は変わるだろう。
どちらにせよ、命懸けになることには変わりはない。
「お、やはり逃げ出すか。予定通り、クロメネア王とSランク冒険者は俺が相手をする。それ以外のデモゴルゴンの相手はエリンに任せるが……本当に大丈夫か?」
万が一にもエリンが敗れ、死んだとしても生き返らせることはできる。
だが、自分の恋人である婚約者が死ぬ姿は見たくない。
デモゴルゴン化を加味すれば、残りの護衛の冒険者達の実力は同じAランク冒険者でもエリンより上だろう。
聖剣の聖気による優位性によって力の差は縮まっているが、一対多であるため不利な状況である事実に変わりはないのだ。
「大丈夫です。これも〈勇者〉となり、リオン様を私の〈聖者〉となったリオン様と繋がるためです。なので、退くつもりはありません」
立派な胸を張りながらのエリンの発言に苦笑する。
元々、今回のことはエリンは連れて来ずに俺一人で処理するつもりだった。
だが、〈勇者〉未満であってもエリンの中に流れる先祖の〈勇者〉の血が齎す直感力から、数日前に〈勇者〉として覚醒するのに必要なことを尋ねられた。
真秘悪魔という強い魔性の力を宿すデモゴルゴンとの命懸けの戦いは、勇者覚醒を促すには良いシチュエーションだ。
そのことが頭を過ったが、その危険性からエリンに教えるつもりはなかったのだが、これまた鋭い直感から見抜かれてしまった。
言葉でも身体でも強く説得され、仕方なく覚醒方法を教え、今回の同行を許可することになった。
「リーゼ様はスキル、レティーツィア様は血、ヴィクトリア様は前世と、それぞれ皆様だけのリオン様との強い繋がりがあります。ですので、私にも私だけの繋がりが欲しいのです」
「……シャルロットも〈聖者〉として〈勇者〉である俺との繋がりがあるぞ?」
「シャルロット様は〈勇者〉であるリオン様の〈聖者〉ですが、私は〈聖者〉であるリオン様の〈勇者〉ですので全く違います!」
「そ、そうか」
どうやらエリンとしては譲れないラインだったらしく、俺と彼女のこれまでの関係からしたら非常に珍しく怒られてしまった。
従属気質や実は甘えたがり屋といった評価が似合うエリンから怒られるのは新鮮だ。
エリンから怒りだけでなく独占欲や獣欲といった様々な欲と感情を感じつつ、王都からの逃亡を開始したクロメネア王とその護衛の戦力を確認する。
クロメネア王とデモゴルゴン化Sランク冒険者は除くと、デモゴルゴン化Aランク冒険者が四人か。
その四人のステータスや装備を調べると、【無限宝庫】から〈星剣〉の〈賢爛たる星の虹剣〉を取り出した。
「アルカティム。エリンを護る手足となって彼女に力を貸せ……俺の番いを護るのが不満か?」
帰属者ではないエリンを護ることに、アルカティムから不満そうな反応が返ってきたので、追加の言葉を重ねることで承諾させた。
今回の勇者覚醒試行に合わせて新調した装備に身を包んでいたエリンへと、光の粒子と化したアルカティムが宿り、エリンの手足が聖なる防具に覆われた。
「動くのに問題はないか?」
「はい、問題ありません。元々装備していた防具と殆ど重さは変わらないので」
「そうか。アルカティムがやるのは護ることだけだ。聖気を纏っての殴る蹴るといった肉弾戦には使えるが、それ以外の攻撃能力は使えないから気を付けてくれ」
「分かりました」
「じゃあ、移動しようか。準備はいいな?」
「はい!」
最後にエリンに確認をとってから、彼女を連れてクロメネア王達の逃走先へと転移した。
王都から少し離れた場所にある森の中に転移すると、目の前にはクロメネア王国の騎士達がいた。
彼らは王都が陥落した場合に備えて、クロメネア王の逃亡を補助するために配置されていた護衛戦力だ。
十数名の王国騎士達に向けて【魔眼王の刻死眼】を発動させ、その命へと強制的に死を刻みつける。
視界内の王国騎士達が全員倒れたのを見てから【魔眼王の刻死眼】を解除して、黒く染まった双眸を元に戻した。
「これで良し。置かれている物資は回収して……来たな」
空間の揺らぎを感知すると、少し離れたところの空間が裂けてクロメネア王をはじめとしたデモゴルゴン達が姿を現した。




