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第363話 皇族の戦場視察



 ◆◇◆◇◆◇



「──今更ですが、よくぞご決断なさいましたね、陛下」



 場所は皇帝御座艦フリングホルニの艦橋。

 そこにある皇帝専用の席に座っているヴィルヘルムに話し掛けた。

 ヴィルヘルムの左側には今回の親征に合わせて増設した座席が二つあり、その席には六歳になったばかりのテオドール皇子とヴィルヘルミナ皇女が座っている。

 二人の傍には俺が立ち、ヴィルヘルムの右側には近衛騎士団団長のアレクシアが立っていた。



「前線に向かうことか?」


「はい。味方への激励と敵軍の動きを誘導する囮役を兼ねた戦場視察に、陛下だけでなく殿下達まで連れて来られるとは思いませんでした」


「前々から興味があるようだったからな。今の戦争も、この飛空艇にも。それにリオンも含めて護衛の戦力は十分過ぎるほどにいる。狙われる可能性は高いが、同時に帝国で最も安全な場所だからな。子供達の学びの場としては最適だ」


「……レティは呆れておりましたが」


「安全な環境で貴重な体験を子供達に与えられるのだ。レティも子が出来れば理解できるようになるさ」



 随分と物騒な教育方針だが、この二人が望んでいたのは事実だ。

 前線までの移動中は艦内をはしゃいで見て回っていたし、今も戦場の様子を映す艦橋内にある巨大モニターを観るのに夢中になっている。

 テオドールは飛空艇に、ヴィルヘルミナは戦場の方にそれぞれ強く興味を示しているが、もう一方への関心もあるのは間違いない。



「ねぇねぇ、リオン」


「どうしました、ヴィルヘルミナ殿下」



 身に纏っている神器〈星坐す虚空の神衣(ステラトゥス)〉を引っ張りながらヴィルヘルミナが話し掛けてきた。

 父親のヴィルヘルムや叔母のレティーツィアと同じ白金髪プラチナブロンドヘアー、母親のアメリア皇后と同じサンストーンに似たオレンジ色の瞳を持つ美顔が俺を見上げてくる。

 まだ六歳だというのに老若男女を惑わす美貌は、叔母と同じレベルの美女に成長する将来性を感じさせる。

 冠魔族の種族的な特徴である冠のように生え揃っている魔角の数はヴィルヘルムと同じ三対六角。

 魔角の色は父親の蒼紫色ともテオドールの蒼玉色とも異なる紅玉色で、その鮮やかな色合いはレティーツィアの瞳の色を彷彿とさせる。

 これらの身体的特徴のままに大人になった姿を想像してみたが、まさに魔性の女や傾国の美女という表現が適切な姿が簡単に思い浮かんだ。



「もう! 私のことはミーナと呼んでって言ってるでしょ!」



 パシパシとサーコート形態の〈星坐す虚空の神衣〉を叩くヴィルヘルミナ。

 妖しくも淑やかな雰囲気を纏った絶世の美女に成長する姿がイメージできたが、想像が現実となるかは怪しいところだった。

 イメージとは程遠いお転婆なヴィルヘルミナの攻撃を受け止めながら苦笑を漏らす。



「私的な場ならまだしも、余人の目がある場所は愛称呼びは控えますと申し上げたはずですよ」


「大丈夫! ここ。この範囲は身内の場所だから!」



 ヴィルヘルミナは手を伸ばして俺からアレクシアがいる場所までをグルリと指し示す。

 まぁ、確かにその範囲は完全な赤の他人とは言えないな。



「なるほど。ですが物理的に空間が隔てていませんよ」


「魔法的には壁があるからいいでしょ! これってリオンの結界よね?」


「ええ、遮音結界です。結界の外の音は聞こえますけどね」


「なら、リオンからアレクシアまでは私的な場所よ! アレクシアもリオンの婚約者でしょ?」


「そうですよ。可愛いくて美人な婚約者です。でも彼女は真面目に仕事をしているので静かにしていましょうね」



 真面目な顔で正面の巨大モニターを見据えていたアレクシアの顔が真っ赤になっていた。

 俺が拾っていたズィルバーン家の家宝の魔剣の返還を以て、行方不明になっていた父親の死が確定し、当主代行だった彼女が正式にズィルバーン伯爵家の当主の座を継いだ。

 なので、今の彼女の名はアークディア帝国の伯爵を示すヴェンのミドルネームが加わり、アレクシア・ズィルバーンからアレクシア・ヴェン・ズィルバーンになっている。

 初めて俺の婚約者達を発表する少し前に、婚約者のいなかったアレクシアに婚約を申し込み受け入れられた。

 ズィルバーン家にはアレクシア以外に後継がいないため、将来的に彼女と俺の間にできた子供の誰かがズィルバーン家を継ぐことになるだろう。

 近衛騎士団長の職務で忙しいアレクシアは、俺の婚約者達の中でも特に俺との時間が作れないため、俺の方から積極的に彼女の家に赴いている。

 仕事終わりに合わせて来訪しているため、大半は夜遅い時間なのでそのまま彼女の部屋に泊まっている。

 貴重な休日にデートはしてくれても婚約するまでは身体を許さなかったあたりに、彼女の生真面目な性格が窺える。

 まぁ、その分だけ婚約して以降の二人の時間は凄かったけど。

 やはり近衛騎士団長なだけあって体力があるのだなと実感する日々だ。



「ところで、ミーナは何か用があったのではないですか?」



 父親のヴィルヘルムもとやかく言うつもりはないようなので、ヴィルヘルミナのことを愛称で呼んで大きく横にズレていた話を元に戻した。



「あ、そうだった。敵の悪魔って、どれくらい強いの?」


「今戦場で暴れている個体ですか?」


「うん、そう、アレ」



 艦橋の巨大モニターには全長十メートルを超える巨体の悪魔が暴れていた。

 黄色と黒色の縞々模様の体表を持つ筋骨隆々な身体付きに、二足に四腕、一対の大翼、血のように赤い三眼といった外見の悪魔だ。

 自らの悪魔の権能であるらしき雷を用い、敵味方関係なく攻撃しており、兵士達の魂と血肉を喰らい続けている。

 先日の帝国軍の工作部隊〈影無騎〉によって安定剤補給陣が破壊されたことで、悪魔の力を身に宿す人間である〈悪魔宿主(デモゴルゴン)〉達は満足に悪魔の力を振るえなくなっていた。

 安定剤の補給も無しに無闇に悪魔の力を使ってしまうと、身に宿している悪魔の抑えが効かなくなるからだ。

 だが、そうして悪魔の力を控えているうちに、戦況は再び帝国側へと傾いていくことになった。

 その結果、仕方なく悪魔の力に頼り続け、やがて制御を外れた悪魔によって身体の内側から殺されてしまい、デモゴルゴンに宿っていた悪魔達が現世に顕現していた。

 デモゴルゴンが致命傷を負ったことで悪魔達が顕現するよりも、安定剤無しで力を使い過ぎた所為で顕現した数の方が多いようだ。



「あの縞々の雷悪魔は顕現後にそれなりに人命を喰らってますからね。今の強さはSランク下位といったところでしょう」


「それってどのくらいなの?」


「単純な性能なら、近衛騎士団が総出で挑めば勝てるレベルですね」


「ふぅん、そうなんだ?」



 この反応を見るに、たぶん正確な強さを理解していないな。

 まぁ、六歳児ならば当然の反応か。

 そんなことを考えていると、ヴィルヘルミナの隣に座るテオドールも会話に加わってきた。

 まだ幼いのもあって、双子らしくヴィルヘルミナにそっくりな顔をこちらに向けたテオドールが口を開いた。



「近衛騎士団総出でなければ倒せないということですが、叔父上なら簡単に倒せるのですか?」



 俺がテオドールの叔母のレティーツィアの婚約者であるため、テオドールは私的な場では俺のことを叔父上と呼ぶ。

 婚姻ではなく婚約の段階だが、レティーツィアの誘導もあって自然とそう呼ぶようになっていた。

 なお、ヴィルヘルミナはレティーツィアに反抗するように俺のことを名前で呼んでいる。



「勿論ですよ、テオ。幾多もの魔王を討った〈勇者〉である私からすれば、あの程度の悪魔は恐るるに足らない相手です。それもあって陛下は此度の親征に両殿下が同行するのを許可されたのですから」


「どのくらい簡単に倒せるのですか?」


「そうですね。まぁ、この場にいながら倒せるぐらいには簡単ですね」


「ここにいながら?」


「ええ、ここにいながらです」



 驚きの表情を浮かべるテオドールに頷いてみせる。

 倒し方は限られるが、ここから動くことなく簡単に倒せるのは間違いない。

 


「良かった。なら、万が一にも帝国軍が敗れることはないのですね」



 妹のヴィルヘルミナとは違い、兄のテオドールはやはり利発な子だな。

 なんとなくではあるものの、両軍の戦力差をちゃんと理解しているみたいだ。

 安心しているのも自分の身の安全が保障されたことによる安堵ではなく、戦の勝敗に重きを置いているように見える。



「危険に晒されるか不安でしたか?」


「いえ、私達や父上が安全なのは理解していましたので不安はありませんでした。ただ、私達が無事でも軍が敗れてしまうと……」


「テオは責任感が強いですね。帝国の未来は明るいですね、陛下」


「うむ。少し大人しすぎる性格の子だが、それはこれからどうとでもなる。能力は優秀だし、此度の視察が良い刺激になると良いのだが」


「……はい、精進致します」



 ふむ。テオドールはちょっとヴィルヘルムが苦手なのかな?

 まぁ、この程度の隔意ならば親子間では特段珍しくもないし、いずれ時間が解決してくれるだろう。

 


「解放された悪魔が増えてきましたね」



 場の空気を変えるように巨大モニターの端を指差す。

 クロメネア王国軍の一角に布陣していた兵士達が吹き飛び、その場所にいたデモゴルゴンから新たな悪魔が解放された。

 別の戦場でも本物の悪魔達が解放されているし、最早クロメネア王国軍対アークディア帝国軍ではなく、本物の悪魔達対アークディア帝国軍といった様相になってきた。

 とはいえ、安定剤補給陣の破壊作戦が承認された時から予想できていたことなので、これは予定通りの展開だ。


 本物の悪魔達が暴れてくれた方が王国軍の損耗率が上がる。

 まさに自滅というやつだな。

 悪魔達による帝国軍への攻撃に関しては、俺のエクスヴェル公爵家の〈灰天(かいてん)騎士〉達や、〈聖金霊装核(キトリニタス)〉の担い手である〈帝聖勇騎士〉達などによって防がれている。

 此度のヴィルヘルムによる戦場視察に際して、帝都に残っていた二人の帝聖勇騎士も連れてきており、本物の悪魔達を相手に奮闘していた。

 俺が参戦せずとも、この追加戦力があれば問題なく勝利できるだろう。

 俺がやるのはヴィルヘルム達の護衛を除くと、悪魔達の逃走を邪魔することぐらいか。

 それら以外にやることはないし、このまま高みの見物をさせてもらうとしよう。




 

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