第362話 影無騎
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クロメネア王国の王都アルガランの郊外には古い軍事施設がある。
軍需物資を保管する倉庫の役割を担っている施設であり、その重要性から常に軍の一部が置かれている。
一見するとどの国にも存在する重要施設であるため、一周回って逆に特別視されることのない場所とも言える。
重要でありながらも普通故に軍が置かれていても不思議ではない。
だからこそ、この施設では普通ではないことが行われていた。
「ふむ。この地下空間も備蓄倉庫か。壁などの造りを見るに新規に造ったわけではないみたいだな」
ここの軍事施設全体と建築年数は同じくらいだから、元々あった地下倉庫を転用したのだろう。
天井に架かる金属製の梁に腰掛けながら眼下の様子を窺う。
元地下倉庫の広大な空間の床には赤々と輝く術式陣が敷かれていた。
術式陣があるのは祭壇のような装置の壇上であり、周囲には多数の奇怪なオブジェクトが置かれている。
不吉な雰囲気を出すためだけの意味の無い置き物に見えるが、そのオブジェクト一つ一つに個別の術式が刻まれていた。
視界に入るオブジェクトの術式を記憶していると、まさに儀式場とも言えるこの空間に大量の人間が入ってきた。
「〈悪魔宿主〉が五人。軍人を除いたのが贄か」
悪魔の力を身に宿した人間であるデモゴルゴン達は皆クロメネア王国軍の軍服を纏っている。
他にも軍服姿の者はいるが、その者達はデモゴルゴンではないみたいだ。
平然とした表情のデモゴルゴン達とは違って彼らの顔色は悪く、怯えているらしく顔も強張っている。
そんな軍人達が引き連れてきた人間達の動きは緩慢で、表情にも変化がなく全員が無気力といった様子だった。
何も考えていないようで、軍人達に誘導されるがままに歩いている。
軍服を着ている軍人達とは違い、一糸纏わぬ姿で歩いている彼らに羞恥心などの感情は微塵も見受けられず、薬物や魔法などで徹底的に自我を奪われていることが窺える。
「王都のスラム街に犯罪者が尽きたら奴隷や奴隷落ちさせた平民を、そしてその次は捕らえてきた他国民か」
祭壇に向かって歩いていく全裸の老若男女のステータスを確認したことで、彼らがクロメネア王国民ではないことが分かった。
この短期間でよくぞこれだけの数の外国人を攫ってきたものだ。
まぁ、デモゴルゴンの、というか悪魔達の力を使えばそこまで難しいことではないか。
百人以上の数の他国民がクロメネア王国の軍人達に誘導されるがままに祭壇に向かうのを眺めていると、その中に普通の身の上ではない者が若干名いた。
どんな人物か性格かまでは分からないが、気付いてしまったからには、このまま見過ごすと損をした気分になる。
幸いにもこれだけの数がゾロゾロと固まって動いているならば、その中から数人ほどいなくなっても気付かれることはない。
救出することに決めた数人に焦点を合わせると、ユニークスキル【世界と精霊の星主】の【支配ノ黄金】を発動させる。
一瞬だけ空間が歪み、百人を超える者達の中から一部の者達の姿が消えた。
情報を集めるために傍観する予定だったが数人程度なら構わないだろう。
強制転移で救出した者達の世話を【意思伝達】による念話で配下に命じつつ、眼下の儀式の観察を続行する。
百人以上の人間達が赤く光り輝く術式陣に足を踏み入れる度に粒子状に分解されていく。
血も肉も魔力も、そして魂すらも術式陣に吸い込まれていき、その度に術式陣が放つ光は強まっていった。
やがて、贄として連れて来られた全ての人間が祭壇の術式陣へと消えた。
「ふむ。単純な魔力集積陣でもエネルギー変換陣とも違うみたいだな」
祭壇の術式陣にデモゴルゴン達が近付くと、その外縁部に設置されている宝玉に触れる。
すると、祭壇自体が脈動するような波動を発し始めた。
地下空間を震わせるドクンという鼓動が鳴り響く度に、贄の人間達を捧げることで祭壇に蓄積された力がデモゴルゴン達へと移動していく。
その力がデモゴルゴン達を満たしていくと、彼らの内側に宿る悪魔の力が落ち着いていくのが感じられた。
「不安定だった悪魔達が大人しくなっていく。まさに安定剤といったところか」
デモゴルゴンが抱える大きな欠点の一つが、その身に宿した悪魔達の不安定さだ。
人間の肉体を奪って受肉した本物の悪魔達である〈人魔〉とは異なり、デモゴルゴンの悪魔達は受肉に成功したわけではない。
自らに適した人間の肉体でなかったために肉体を奪えず、その身に宿った段階で止まっており、これは一種の封印状態のようなものだ。
それ故に、宿った悪魔達は封印の器とも言える人間の肉体から抜け出すべく大半の悪魔は暴れるらしい。
それを大人しくさせるために用意されたのが人間の贄という安定剤だ。
クロメネア王国の王都の人口が減った一因でもあり、この安定剤によって体内の悪魔達が大人しくなるため、その間はデモゴルゴンとなった人間は身に宿した悪魔の力を扱える。
本来の担い手である悪魔や、現世に受肉した悪魔であるデモノイドほど自由に力は振るえないみたいだが、それでも十分過ぎる力だ。
「デモノイド達が置いていった安定剤補給陣はここだけのようだから、この施設を破壊すれば戦況は再び帝国側に一気に傾く……やっと準備が終わったか」
そう呟いた直後、軍事施設の随所で大爆発が起きた。
大爆発による振動は当然ながら、地下空間にある儀式場にまで爆発音が聞こえてきたことから、この爆発の規模の大きさが察せられる。
大爆発が起きて間もなく、不吉な音を発しながら地下空間の天井に亀裂が入った。
そうして儀式場の視線が天井に集まった瞬間、祭壇の周囲に複数の人影が出現した。
全身黒づくめの集団は姿を現すと同時に、各々の手から球体のような物を祭壇に向かって投擲する。
球体は形を崩しながら祭壇へと吸着し、次の瞬間には大爆発を引き起こす。
地上で起きている爆発に使われている爆弾よりも強力らしく、数個の手のひらサイズの爆弾は瞬時に儀式場の地下空間全体を吹き飛ばした。
「凄い爆発だな。流石は大国の工作部隊秘蔵の特製爆弾と言うべきか」
転移で地上へと脱出すると、儀式場を破壊した者達も同じように地上へ脱出していた。
全身黒づくめの彼らは〈影無騎〉と呼ばれる、アークディア帝国の諜報機関の中でも破壊工作を得意とする少数精鋭の者達だ。
影無騎の全員が隠密系職業スキルの最上位である【無影】を取得しており、その位階に相応しい技能を持っている。
俺が開示したデモゴルゴンの情報から、デモゴルゴンの安定剤補給陣の破壊計画が立てられ、その実行部隊に影無騎達が選ばれた。
全員が短距離転移を可能にする魔導具を支給されており、転移能力を考慮した上での破壊工作を可能としていた。
安定剤補給陣がある場所を特定するために贄の人間達を追跡するのにも彼らの隠密能力は最適だった。
これらの能力と装備もあって、影無騎達は安定剤補給陣の破壊にはうってつけの人員だと言えるだろう。
「万が一失敗した時は代わりに破壊しようと思っていたが、その必要はなかったみたいだな」
安定剤補給陣のあった地下儀式場だけでなく、地上の軍事施設も破壊されており、この短時間で黒煙と爆炎に覆われた廃墟と化していた。
地下儀式場の爆発の中心地は安定剤補給陣があった祭壇であり、その祭壇の上にはデモゴルゴン達もいた。
至近距離であれだけの爆発を受けたならば、いくら悪魔の力を得ていようと無傷とはいくまい。
「まぁ、死んではいないようだけど」
作戦成功を確認した影無騎達がこの場を去ってからほどなくして、地上の軍事施設を吹き飛ばすようにして五体の異形が姿を現した。
その数は地下にいたデモゴルゴン達と同じであるが、この五体はデモゴルゴンではない。
あれらの正体はデモゴルゴン達に宿っていた本物の悪魔達だ。
入れ物になっていた人間が致命傷を負ったことにより、弱まった器の人間を内側から殺して現世に顕現したようだ。
致命傷を負うと宿した悪魔に殺される可能性が一気に高まる。
安定剤で内部の悪魔達を大人しくできても、悪魔達は隙ができれば宿主を殺して現世に顕現しようとする。
これもデモゴルゴンが抱える大きな欠点の一つだった。
この時の顕現は、自らに適合した人間の肉体を奪う受肉とは異なるため、顕現するには悪魔達自身の魔力を使って肉体を作り出す必要がある。
そのため、廃墟に出現した五体の悪魔達は弱体化していた。
「Aランク上位ってところか。ま、こんなものだよな」
顕現したばかりの五体の本物の悪魔達に向かって【萬神封ずる奈落の鎖】の漆黒の鎖を放つ。
悪魔達は鎖から逃れようとするが、その動きを封じるために【支配ノ黄金】の黄金の瞳で見つめることで空間ごと動きを止めた。
その隙に悪魔達の拘束を済ませた。
「◼️◼️◼️ッ!?」
「何となく何を言ってるか分かるけど、人間の言葉で喋ってくれよ」
「◼️◼️、◼️◼️◼️ッ!」
「ハハハ。活きの良い素材じゃないか。いつまでの付き合いになるか知らないが、これからよろしくな」
悪魔言語で罵詈雑言を吐く五体の本物の悪魔達に笑いかけると、異界にある俺の固有領域〈強欲の神座〉へと悪魔達を連れて帰る。
五体もの本物の悪魔が手に入るとはラッキーだった。
色々な使い道が考えられるが、さて、どれから始めようかな?




