第361話 悪魔宿主
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「──現在の戦況について大体のところは皆様もご存知のことだと思います。帝国軍の侵攻を阻み、王国軍による防衛戦の要となっている各種戦力を供給している者達の名は〈人魔〉。その正体は、人間の身体を用いて現世に受肉した本物の悪魔達です」
俺が会議の場で発した敵の正体に、室内に集まった諸侯が静まり返る。
一般的ではない〈本物の悪魔〉というワードに聞き覚えが無く困惑している者もいれば、その意味を理解して眉間に皺を寄せる者や恐怖する者もいるなど、静寂に至った理由は各々で違っていた。
アークディア帝国とクロメネア王国の戦端が開かれてから約一ヶ月。
初戦の戦場を制したアークディア帝国軍は、順調にその軍靴をクロメネア王国の王都アルガランへと進めていた。
だが、王都までの道程の半分を過ぎようとした頃から、王国軍の反撃を受けて侵攻速度が鈍るようになった。
この状況を作り出したのは個体名ゲオルグ率いるデモノイド達。
便宜上、ゲオルグ一派と呼称しているデモノイド達が供給した戦力は強大で、初戦以降の戦場でも連戦連勝だった帝国軍に被害を齎していた。
此度の会議は、現状の把握と王国の新たな戦力への対策を考えるべく開かれた。
そのため、前線からも急遽帝国軍の総指揮を任されているアドルフも転移魔法にて帝都まで連れて来られていた。
俺もアークディア帝国の〈賢者〉としてデモノイドについて解説するために参加しており、こうして人前に立っている。
「先ずは、デモノイドに関して大まかに纏めた配布資料をご覧ください。資料に目を通してデモノイドに対する皆様の認識を共有する時間を設けた後に、質疑応答を交えながら詳しく解説します。陛下、よろしいでしょうか?」
「許可する」
「ありがとうございます。それでは暫しの時間を取りますので、各自お手元の資料のご確認をお願い致します」
同席者の中で最高位権力者である皇帝ヴィルヘルムからの許可が出たことで皆が資料に目を通していく。
会議に参加している全員が紙の資料を捲る音を聞きながら、此度のデモノイド達について考える。
このゲオルグ達を殲滅するのは簡単だ。
いくらデモノイドがSランク魔物相当の力を持つとはいえ、所詮はその程度の強さでしかない。
一概に言えないが、Sランク魔物を人間の基準で例えるなら上級SランクからSランク冒険者に匹敵する。
デモノイドが人型であることを考慮して、魔物ではなく冒険者ランクで評してもこの程度でしかないのだ。
〈魔王〉や魔王に匹敵すると呼ばれる魔物が分類されるSSランク魔物、そして超越者たるSSランク冒険者といった存在でもなければ警戒するに値しない。
心の底から警戒心を抱けなければ、本当の意味で警戒することができないのは当然だろう。
それにデモノイドという敵の存在は、俺自身の価値や俺が生み出す戦力の価値を高めるのに非常に都合が良い存在だ。
何事においてもそうだが、比較対象があることによって凡ゆる物に相対的な価値が生まれる。
考えなしに敵となり得る全ての勢力を潰すのは、短期的にならまだしも長期的に見るとメリットよりもデメリットの方が大きい。
実際、デモノイドという存在を観察し続けたことで新たなインスピレーションが得られた。
本物の悪魔を使わずに生成悪魔でもデモノイドは作れるのか?
悪魔とは真逆の存在とも言われる天使を使ってデモノイドに相当するモノは作れないのか?
天使版なら〈人天〉という種族名になるのか?
人間ではなく人工的に造られた人型魔法生物に受肉させることはできないのか?
そもそも受肉する先は人間である必要があるのか?
剣などの無生物に受肉させて使役することはできないのだろうか?
など、軽く考えただけでもこれだけの着想が得られた。
このことからも、安易に滅ぼしてしまうよりも利用した方が様々な面でメリットが大きいのは明らかだ。
デモノイドという存在を初めて知ったのは、約七年前の大陸オークションの会場にて魔王信奉者達が引き起こした騒動だ。
その一連の騒動が完全に終息した後、別件でエドラーン幻遊国の支配者である幻主アイリーンと対談した際に、主犯である魔王信奉者達を支援していた勢力としてデモノイド達について教えてもらった。
件のデモノイド達は今回のゲオルグ派とは別のデモノイド勢力であり、騒動の事後処理の一環でアイリーンによって既に壊滅させられている。
この情報を得てすぐに【情報蒐集地図】を使って大陸内を探してみたものの、〈人魔族〉や〈デモノイド〉という検索ワードに引っ掛かる存在は見つからなかった。
その時は【情報蒐集地図】でも見つからなかったことから、アイリーンが処分した一派以外にはいないのだと結論付けた。
あれから暫く経ち、今回のクロメネア王国との戦争で相手側の勢力について調べていた時に、クロメネア王と密かに接触しようとしている謎の一団として偶然発見した。
まさか俺が直接目視しなければ〈人魔族〉という情報を看破できないとは思わなかった。
人間の肉体に受肉した精神体という特殊な存在だからか、俯瞰的に見える現実世界の情報を収集する【情報蒐集地図】では見つけることが出来なかったようだ。
幸いにも、本体の眼だけでなく、分身体や【深闇と豊饒の外界神】の【眷属創生】で生み出した眷属体の眼を通してもデモノイドと看破できるようなので、今後はもっと簡単に見つけることができるだろう。
ゲオルグ一派を見つけた後、中央大陸にいる他のデモノイド勢力も発見しており、これらの個体は全て【情報蒐集地図】にてマーキング済みだ。
ゲオルグほど空間感知能力に秀でた個体はいないようで、かの個体以外には気付かれることなく〈妖星神眼〉にて監視することができていた。
その際に、とある者の種族も人間ではなく人魔族であることが判明したのだが……いや、あれは特殊な事例か。
厳密には、アレも人魔族と称していいか怪しいからな。
近いうちに接触してみようとは考えているが、即座に戦闘になった場合に備えて相対する場所を選ぶ必要があるし……まぁ、今はいいか。
「さて、そろそろ最後まで目を通された頃かと思います。質問がある方は挙手を願います。どうぞ、陛下」
「デモノイドが大体Sランク相当の戦闘力だというのは理解した。そして、その見た目は人間と変わらないということだが、何かデモノイドか否かを判別する方法はないのか?」
確かに、為政者としては気になるところか。
世界に混乱と破壊を齎す悪意の使者たる本物の悪魔が、人の世に紛れて活動しているなど気が気ではないだろうからな。
「現状では神官といった聖職者が使える神聖魔法にある対悪魔の感知魔法か、極一部の高位鑑定系スキルしかないかと思われます」
そんなお誂え向きな神聖魔法があるのは、昔から現世へ顕現した本物の悪魔を討伐してきた教会ならではだと言える。
まぁ、魔力コストが高いなどの問題があるため、デモノイドの疑いがある相手でもない限りは滅多に使われない魔法らしいけどな。
「神聖魔法か。神塔星教の神官ならば誰でも使えるのか?」
「いえ、聞いたところによりますと、高位の神官でなければ使えないようです。魔力消費量も高いのもあって、頻繁に使うことは出来ないと思われます」
「そうか。やはり数は用意できないか。分かった」
取り敢えず納得したようでヴィルヘルムが手を下げた。
次は、今回の戦で一番関わっている帝国軍総指揮官のアドルフを当てた。
「デモノイド達が王国軍に提供した戦力の一つである〈悪魔宿主〉についてだが、このデモゴルゴンとデモノイドの違いは何だろうか?」
デモノイド達からデモゴルゴンと呼称されている者達は、皆一様に宿した悪魔の力を使用することができる。
人の身で悪魔の力を振るう点だけで見るならば、確かにデモノイドとデモゴルゴンに違いはないだろう。
「簡単に言いますと、本物の悪魔が人間の身体を完全に乗っ取って受肉したのがデモノイドで、逆に乗っ取りに失敗したのがデモゴルゴンです」
「では、デモゴルゴンはデモノイドのなり損ないということか?」
「ある意味ではそうです。どうやら人間であれば誰の肉体であっても受肉できるというわけではないようで、成功率はかなり低いみたいです。デモゴルゴンは、そうした受肉に失敗した結果から生まれた副産物といった感じですね」
「副産物ならば失敗作ではないと?」
「人間側からすれば、デモノイドのように身も心も悪魔に乗っ取られることなく、自らの意思で悪魔の力を行使できるのならば失敗作とは言えないかと。成功率もデモノイドより高いですしね」
「なるほど。では、連日攻めてきている王国兵は、数的にデモノイドではなくデモゴルゴンか」
「はい。デモノイドほど十全に悪魔の力を操れませんが、それでも脅威的な戦力です。宿した悪魔次第ですが、大体Aランク相当の強さの兵士を生み出せるのは十分脅威でしょう」
まぁ、世の中そんな上手い話はないという例に漏れず、デモゴルゴンにも複数の大きなデメリットがあるんだけどな。
そもそも、デモノイド然り、デモゴルゴン然り、これらの存在を一体生み出すのにかなりのコストが掛かっている。
悪魔的な所業という言葉が、これほど文字通りに相応しいことは中々ないだろうな……。
クロメネア王国の王都の現在の人口は、開戦時から大きく減少していた。
一方で、開戦前よりもデモノイドの数を増やしたゲオルグ一派は、既にクロメネア王国より撤退している。
首魁であるゲオルグが俺の遠隔視に気付いて撤退の判断を下していなかったら、今現在も王都の人口は減り続けていたかもしれない。
そういう意味では、デモノイドとデモゴルゴンは為政者からしたらリスクの大きい兵器だと言えるだろう。
ま、今ある分以上にデモゴルゴンが増えることがないのは良いことか。
ちょうど挙がった新たな質問への答えとして、デモゴルゴンのコストとリスクについて触れるとしよう。
万が一にも帝国貴族が手を出したりしないように、俺からの警告の意味も込めて、な。




