表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
374/412

第360話 人魔



 ◆◇◆◇◆◇



 クロメネア王国の王都アルガラン。

 平時は首都に相応しいほどの活気に満ちていた市内は、アークディア帝国からの宣戦布告を受けてからは見る影もないほどに落ち込んでいた。

 小国ではあっても一国の首都とあれば、大通りには多くの人の往来があるのが普通だが、現在の大通りには人影は疎らにしかない。

 そんな窓の外に広がる光景を眺めていた貴人のような男は、まるで興味を無くしたように背後へと振り返り、室内で行われている交渉へと顔を向ける。

 視線の先では中年ほどの年齢の男と、その息子ぐらいの年齢の青年がテーブルを挟んで話し合っていた。



「ほ、本当にそれだけの力があるのか?」



 そう言って戸惑いながら尋ねた中年男性の名はアゴル・ト・クロメネア。

 此処クロメネア王国の現国王だった。

 今いる場所はアゴルが普段いる王宮ではなく、王都にある高級ホテルの一室。

 少し裕福な商人といった格好も相まって、顔を知らなければアゴルが国王だと気付く者はいないだろう。

 だが、アゴルの目の前にいる青年は、対面に座るアゴルがクロメネア王国の国王だと理解した上で嘲りの顔を隠すことなく言葉を紡いだ。



「勿論ですともクロメネア殿()。適性と材料にもよりますが、素体となった者の実力を大きく上回る力が手に入ることは、お約束できますよ」


「そ、そうか……数は幾つ用意できる?」


「材料次第でしょうか。こればかりはワタクシ共の技術を以てしても如何ともし難いので。料理と同じですよ。どれだけ料理人の腕前が良くても、食材が悪いと作れる料理の質と味には限界がありますからね」


「なるほど、な。分かった。必要な物なら幾らでも揃えるから、帝国を返り討ちにできる力を用意してくれ!」


「承知しました。ああ、材料もですが、ちゃんと金も用意してくださいね?」


「分かっておる」



 それから暫く話し合いが行われると、用が済んだアゴルは人目を避けるようにフードを被ってから護衛を伴って部屋を出て行った。

 それを見送ると、交渉を行なっていた青年は首を回してから軽く息を吐いた。



「はぁ。オレが言うのも何ですが、国を守るために民を捧げるのは本末転倒じゃないですかねぇ?」


「何に重きを置くかの違いだろう。あの男にとっては、それが自らだったというだけだ」


「そうですねぇ。まぁ、おかげでオレ達は金も手駒も得られるので良いこと尽くしだから構わないんですけど」



 青年と窓際に立っていた貴人風の男が会話をしていると部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

 匂い立つ色香を纏わせたその女性が入室しても男達は平然としている。

 その反応からも彼女が彼らの身内であることは明らかだった。



「お客様は無事にお帰りになられました。他の利用者にも気付かれてはおりません」


「そうか。ご苦労だった、キューラ」


「いえ、これが私の役目ですので。引き続き部屋の外で結界を張っておりますので、御用がありましたらお申し付けください、ゲオルグ様」



 キューラから敬称付きで呼ばれたゲオルグという男が頷きを返すと、一度頭を下げてからキューラは退室していった。



「便利なモノですね、キューラの精神干渉能力は。何処に滞在しようとその場所を簡単に支配できるんですから」


「ダンよ。何処でもというわけではないだろう。彼女の力を以てしても干渉できない場所はある。例え支配しても、それが命取りになる場所は存在するのだから」



 アゴルと交渉していた青年であるダンの対面に座ったゲオルグは、何処からともなく取り出した酒をグラスに注ぐと一気に呷る。

 自らの主君の珍しい姿を見たダンは不思議そうに首を傾げた。



「ゲオルグ様がそのような飲み方をなさるなんて珍しいですね」


「私とて酒に頼りたくなる時もある」


「……何かあったのですか?」



 ゲオルグの様子から何かがあったと察したダンが恐る恐る尋ねる。

 素直に答えるべきか少し悩んだゲオルグは、もう一つ酒瓶を空けてから口を開いた。



「……おそらくだが、魔王殺しが我々の存在を注視している」



 一瞬何を言われたか分からなかったダンだが、ゲオルグの言葉の意味を理解した瞬間、その軽薄そうな顔を強張らせていた。



「……今、ですか?」


「断言はできないが、今は気配を感じない。だが、先ほどダンとクロメネア王が交渉をしている間は我ら以外の目が向けられているのが感じられた」


「そう、ですか……クロメネアから撤退しますか?」


「いや、撤退はせずとも大丈夫だろう。我らを潰すつもりなら既に襲撃されているはずだ。魔王が関わる戦でもない限りは、人類国家間の争いには直接干渉はしないという情報は事実らしいな」


「確かにオレ達は魔王ではありませんが……悪魔ですよ?」



 悪魔。

 ダンが言うところの〈悪魔〉は、神々が造りし神造迷宮などといったダンジョンに出現する迷宮産魔物の一種である悪魔や、一部のスキルや魔導具(マジックアイテム)によって生成される悪魔とは異なる存在だ。

 人為的と()為的という差はあるが、それらによって作られた悪魔ではなく、人間や魔物が地上で生まれ暮らしているのと同じように、この世界で生まれ暮らしている存在にあたる。

 作られた悪魔と区別するため、便宜上〈本物の悪魔〉と呼ばれている彼らには、作られた悪魔達とは違って物質的な肉体が存在しない。

 精神的な存在のみが活動できる地上とは異なる位相の空間に生息しており、地上に干渉するには自らの魔力を消費して物質的な肉体を作り出す必要がある。


 〈世界〉より〈悪で在れ〉と存在を生み出された本物の悪魔達は、本能的に地上世界に破壊と混乱を齎すことを望む。

 そんな彼らだが、自らの魔力を消費して肉体を構成した場合、その肉体に使用した魔力分だけ本来の力から弱体化してしまうという欠点を持っていた。

 そのような欠点が気にならないほどに強大な個体は、地上世界への出現後に多くの命を奪っていき、弱体化する前よりも更に力を高めることができる。

 この最たる存在が大魔王の一つである〈獄炎の魔王〉であり、かの大魔王は地上世界に出現後あっという間に〈魔王〉となり、そして〈大魔王〉へと至った。

 だが、〈獄炎の魔王〉という強大すぎる悪魔の存在によって、本物の悪魔の危険性と成長力の高さが明らかになってしまい、第二の〈獄炎の魔王〉の誕生を阻止すべく、神塔星教の主導の下に本物の悪魔は出現次第即座に討伐するのが凡ゆる国家での常識となった。


 作られた悪魔と本物の悪魔を姿形で見分けることは難しいが、使役されてるか否かで見分けることができるため、〈獄炎の魔王〉以降で本物の悪魔が魔王となった事例は存在しない。

 地上世界に出現してもすぐに討伐されてしまうことは悪魔達も認識しており、その対策として悪魔達は新たな進出方法を編み出した。

 それは〈受肉〉という画期的な方法だった。

 霊的・精神的な存在と言える本物の悪魔が物質的な存在である人間の身体を奪う、それが〈受肉〉だ。

 受肉した悪魔は、悪魔特有の気配を大幅に軽減することができ、生来の魔力を減じることもないため弱体化もしない。

 その代わり、人間の身体の影響を受けて悪魔の種族特性である非常に高い成長性を失うが、その特異性を失ってもなお魅力的な地上世界への進出方法だった。


 そうして受肉した悪魔であるゲオルグ達は、本物の悪魔の本能を満たすべく各地で蠢動していた。

 此度のクロメネア王国とアークディア帝国間の戦争における王国側への支援もその一環であり、これまで正体がバレなかったのもあって大胆な方法で王国を支援しようとしていた。

 その矢先での歴戦に魔王殺しである〈創造の勇者〉らしき存在からの視線を受けて、ゲオルグ達は戦々恐々となってしまうのも無理もなかった。



「悪魔の早期討伐は教会の教義ではあるが、それは〈魔王〉へ至るほどの高い成長性を危惧してのことだ。受肉したことで〈人魔(デモノイド)〉という新たな種になった我々からこの成長性は失われている。対魔王の討伐対象に含まれるかは微妙なところだろう」


「そんなものですか。じゃあ、〈創造の勇者〉は気にする必要はありませんね」


「油断はするなよ。おそらく人間の範疇での行動ならば動かないだろうが、あくまでも予想でしかない。少なくとも、かの勇者の勢力圏に我ら自身が直接関わるのは控えるべきだろう。クロメネア王国に戦力を提供したら早急に撤退するぞ」


「かしこまりました」



 ゲオルグは一つだけダンに嘘をついた。

 かの勇者らしき存在からの視線は今もなお向けられており、一連の会話も盗聴されていると感じていた。

 気付いていないフリをしつつも、敵対の意思はないことを示すゲオルグの意図が通じているか否かは、〈創造の勇者〉のみが知ることだった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ