第359話 帝聖勇騎士第二席
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「──アドルフ侯爵閣下。此度は本陣への突然の来訪と、私の婚約者が担っていた業務の代行を許可していただき感謝致します」
「体調を崩されたオリヴィア殿の代わりに来られたのだから気にするな。理由はどうあれ、我が帝国の勇者であるリオン公が本陣に滞在すると聞いた兵士達の士気が上がっている。それに、このベヒーモスの実践テストの技術責任者として賢者が来ることを断わる理由もない。今日一日のみとのことだが、よろしく頼む」
「ありがとうございます。微力を尽くします」
場所はアークディア帝国軍の本陣が置かれているベヒーモスの艦内の指揮所。
その指揮所で此度の戦における総大将を任せられているアドルフに臨時の技術責任者として着任の挨拶をしていた。
彼の娘であるマルギットの婚約者として正式に発表されてからは、公の場でも以前より話しやすくなった。
そんな彼に娘とは別の婚約者との情事が原因で、こうして挨拶をすることになるのは少し気まずい。
ベッドの上での延長に次ぐ延長により、気付いた時には日が昇り始めており、能力を使って体力を回復させてもなお、オリヴィアの身体は万全の状態とは言えなかった。
一度の延長で収まりがつかない段階で分かっていたが、日の出に気付くのが遅れるぐらいには俺の方も彼女の身体に飢えていたらしい。
艦外の光景を映すスクリーン越しの朝日を受けて、漸く現在の時刻に気付いたオリヴィアは慌てて身支度を整えようとしていたが、俺はまだ満足していなかった。
なので、半ば強制的に彼女を再び寝所に連れ込み、こうして分身体を代わりに参陣させていた。
だから本体とオリヴィアは今もまだベッドの上だ。
「それにしても、オリヴィア殿は本当に大丈夫なのか?」
「先ほど診察してきましたが、過労からくる一時的な体調不良のようでした。今回の戦のために、この半年間毎日忙しそうにしていましたし、初日が無事に終わり気が緩んでしまったのでしょう」
「なるほど。確かに、魔導研究所の方はここ暫く毎晩のように明かりが灯っておったな……ところで、つかぬことを聞くがリオン公」
「はい」
「ちゃんとオレの娘とも時間を作っておるのだろうな?」
ジロリとした目を向けてくるアドルフの様子から、オリヴィアが参陣できない本当の理由を察していることに気付いた。
どうやら自分の娘を蔑ろにしていないか気になったらしい。
「勿論です。単純な時間で言えば、マルギットとの時間の方が多いですよ、義父上」
「それならばいい……ゴホン。ところで、リオン公は彼に会うのは久しぶりではないか? 積もる話があるだろうから、今のうちに話しておくといい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
私的なことを聞いてしまったのを誤魔化すような強引な話題転換だが、気になっていたのは事実なのでアドルフに礼を言ってからその場を後にする。
指揮所内の端へと移動すると、そこにいる金髪碧眼の戦人族の美丈夫に声を掛けた。
「久しぶりですね、チェイン卿。元気でしたか?」
「お久しぶりです、エクスヴェル公。おかげさまで元気に過ごさせていただいております」
彼の名はチェイン・イム・ハーティス。
錬魔戦争の最中に王位を継ぐことになり、結果的に前ハンノス王朝最後の王となった元ハンノス王だ。
また、即位するまでは王太子の身でありながら実力で八錬英雄の第二席にまで登り詰めた強者でもあった。
「相変わらず口調が堅いですね。もっと楽にしてくれていいんですよ」
「大恩ある公に対して、これ以上口調を崩すことはできません」
極短い間とはいえ敗戦国の王だったチェインの今の肩書きは〈帝聖勇騎士第二席〉。
つまり、俺とアークディア皇帝であるヴィルヘルムを除けば、現状では三人しかいない〈聖金霊装核〉の使用者たる〈聖金霊装騎士〉の一人というわけだ。
主戦派ではなく反戦派に近かったものの、錬魔戦争の開戦時は王太子で、戦争終盤では国王だったチェインは、本来ならば処刑はされずとも幽閉されているのが当たり前な立場にある。
実際、錬魔戦争が終結すると、チェインは新王朝のハンノス王であるカウルには引き渡されることなく、アークディア帝国の帝都に連れ帰られ、皇城の一角にて幽閉されていた。
新ハンノス国王となったカウルの現体制に対する、もしもの時の手札の一つとして処刑されずに幽閉されていたチェインを再び表舞台に引き摺り出したのは俺だ。
旧ハンノス王国の八錬英雄の中でもレベル的に英雄級だったのは、第一席と第二席の二人のみ。
その第二席だったチェインをキトリニタスの使用者として推薦した際、当然ながら帝国貴族達から猛反対を受けた。
錬魔戦争自体がアークディア帝国が過去にハンノス王国から受けた屈辱を払拭するために起こったことからも分かるように、帝国人達の怨みは根深い。
先祖から続くハンノス王家への怨みから反対する者もいれば、長命種故に当事者であるため反対する者もいた。
理性ではなく感情から反対してくる者達を説得するのは時間の無駄なので、それらの声は無視して彼ら以外の帝国貴族達へチェインを帝聖勇騎士に推す理由について説明した。
一つ目は、ハンノス王国の旧体制派の生き残りと現体制であるカウル達双方への牽制になること。
帝聖勇騎士というアークディア帝国の重職にチェインを置くことは、潜伏している旧体制派を刺激し、良くも悪くもチェインに接触してこようとするだろう。
また、現体制は元ハンノス王であるチェインを旗頭に帝国に介入されるかもしれないと考えるようになり、その隙を与えないために帝国との関係を良好に保とうと尽力せざるを得なくなる。
二つ目は、敗戦国の重鎮であっても登用することにより帝国としての度量を内外へ示せること。
これは今後帝国の版図を拡大させ、国力を高める際に大いに役立つ。
属国内にいる原石を発掘することにも繋がるはずだ。
三つ目は、チェインの実力が英雄級、つまりはSランク冒険者相当であるため育成の手間が省けること。
その分だけ他の二人の帝聖勇騎士の育成にリソースを集中させることができるため、費用対効果が非常に高い。
何よりも、これだけの強者を腐らせておくのは勿体なかったので適材適所というやつだ。
細かく挙げればまだあるが、そこまで詳しく説明する必要はないため、主な理由として三つのメリットを会議の場で提示した。
それでもなおギャーギャー騒いでいる奴らもいたが、皇帝であるヴィルヘルムの鶴の一声によりチェインを登用することが決まった。
後は実際にチェインがキトリニタスに選ばれれば正式に就任することになった。
帝聖勇騎士用のキトリニタスにはアークディア帝国への叛意があると使用できないという制限機能が組み込まれている。
そのため、帝国に対する叛意があればそもそもキトリニタスに選ばれないのだが、チェインは無事にキトリニタスの使用者に選ばれた。
この結果を意外に思っている者は結構いたが、事前に面談してチェイン自身に帝国への叛意が無いのは分かっていた俺からすれば、予定通りの結果でしかなかった。
「キトリニタスに異常はありませんか?」
「はい。問題はありません。今からこの剣を振るうのが楽しみです」
虚言ではなく、チェインは本当に実戦を楽しみらしく、何処となくワクワクしているようだった。
面談した際に元々王族としての地位に興味はなかったと言っていたし、王太子でありながら使われる側である八錬英雄になっていたのは、そちらの方が性に合っていたからなのだろう。
チェインは生まれと才能、性分が全てイコールになるわけではない典型例だったのかもしれないな。
そんな戦闘狂の疑いがあるチェインと少し話をした後、アドルフに一言断りを入れてから指揮所を後にした。
「さて、格納庫にでも行くか」
本陣の指揮所があるベヒーモスの艦橋から格納庫へと移動する。
そこにあるオリヴィアが開発設計した多脚型機甲錬騎の状態を見て回る。
現場の主任整備士から受け取ったチェック表の確認を済ませると、いつでも出撃できるように全機を起動状態に移行させた。
「賢者様。所長が今回の戦場で試作砲塔の実戦テストをすると仰っていたのですが、本日はどう致しましょう?」
「昨日はしなかったのか?」
「はい。戦場が終始自軍に優位に進んでおりましたので、予定外の変数を減らすべく一日目は見送ることになりました」
「なるほど。少し待て……どうやらクロメネア側もレギラス王国から購入した魔動機騎を戦場へ投入するようだ。性能を検証するにはちょうど良い相手だから、いつでも使えるようテストの準備を進めておいてくれ」
「かしこまりました」
アークディア帝国と比較して純粋な兵力では大きく劣るクロメネア王国は、今回の戦のために多額の資金を用いて幾つかの戦力を準備していた。
さっさと過ちを認めて降伏すればいいのに、っと思わなくもないが、一国家としては戦わずして降伏するという選択肢を取れないのは理解できる。
それに、その抵抗のおかげで面白い力を見ることが出来そうだった。
俺自身が参戦したら簡単に終わる程度の力ではあるが、俺以外の帝国側の戦力と相対するならば良い勝負ができるかもしれない。
アークディア帝国製新型機甲錬騎の試作砲塔の最終チェックを手伝いつつ、クロメネア王国の王都にいる存在へと意識を向けた。




