第358話 本陣の一室にて
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クロメネア王国との戦争に際して、アークディア帝国では幾つかの新戦力・新兵器が準備されていた。
俺のエクスヴェル公爵家の灰天騎士や黒鋼機兵といったように一貴族が単独で準備したモノもあれば、逆に国を挙げて準備したモノもある。
現在俺がいる陸上要塞艦〈ベヒーモス〉などは、アークディア帝国が開発と製造を担った新兵器にあたる。
ベヒーモスは要塞艦という名称の通り、要塞のようにも艦船のようにも見える外観をしている。
陸上と頭に付いているが、短時間ならば飛行することも可能であり、その飛行能力と浮遊術式を使ったホバー移動による陸上走行能力を併用することで、帝都から遠く離れた地であるこの戦場まで移動してきた。
ベヒーモスの艦体には角のような二つの主砲が備わっているが、現状では使用される予定はない。
魔導兵器として直接戦闘を担うのではなく、アークディア帝国軍の本陣として要塞の役目を担っていた。
強固な装甲と各種防衛機能によって守られた移動式要塞の評価を行うのも、此度の戦にベヒーモスが実戦投入された目的だった。
「取り敢えず一日目か……」
「リオンさん、何か気に掛かることがあるの?」
部屋にある窓──正しくは壁の向こう側にある外の景色を映し出す機能を持つ窓の代用の魔導具だが──から夜景を眺めていると、この部屋の主であるオリヴィアから声を掛けられた。
娘のシルヴィア共々婚約者になったオリヴィアと一夜を過ごすのは久しぶりだ。
帝国本陣の要塞であるベヒーモスの艦内には、多数の部屋が存在する。
その中には今回の戦争に参加している帝国の重鎮のための居住用の部屋もある。
俺達が今いる部屋もそうした部屋の一つであり、ベヒーモスの主任開発者として従軍しているオリヴィアのために用意された部屋だ。
居住用の部屋の中でも高級仕様なだけあって、部屋の内装と設備は宮廷や上級貴族の屋敷と見紛うばかりのモノが揃っている。
そんな部屋で夕食後から現在の夜更けの時間までオリヴィアと逢瀬を楽しんでいた。
「オリヴィア。いや、このベヒーモスといい今回の戦争には新兵器や戦力が複数投入されているからな。初日は無事に運用されたから、二日目以降もこの調子なら良いな、っと思っていただけだよ」
二人っきりの私的な時間であるため、俺のオリヴィアに対する呼称と口調は普段と違うが、彼女は婚約者になってからも公私共に変わらずありのままだ。
正式に婚約者の関係になってからは人目を憚ることがなくなり、公の場における距離感も近くなったため、他人から見たら彼女の変化は著しいらしい。
「そういうことね。はい」
「ありがとう」
オリヴィアが手渡してきたグラスを受け取り口をつける。
グラスの中身の寝酒はシェーンヴァルト公爵領で作られた高級酒だった。
オリヴィアの屋敷に泊まっていく時によく飲む酒だが、今回の遠征にも持ち込んでいたようだ。
部屋に備え付けの浴室のシャワーで汗などを流してきた今のオリヴィアはバスローブ姿であり、上気した肌も相まって大変色っぽい。
つい先ほどまで数時間に渡って激しく肌を重ねたというのにまた抱きたくなってきた。
普段ならばオリヴィアの体力が尽きて寝落ちするまで続けるのだが、今いる場所は俺やオリヴィアの屋敷ではない。
ベヒーモスの艦内は物理的にも魔法的にも万全の守りが敷かれているとはいえ、戦場にいることには変わりなく、いざという時に満足に動けなくまで体力を使い果たすわけにはいかなかった。
この一年間、オリヴィアはベヒーモスや他の新型魔導兵器の開発で非常に忙しく、俺と一夜を共にできない月もあったほどだ。
オリヴィアには宮廷魔導師長兼魔導研究所所長という肩書きがあり、そのうちの所長としての身から此度の戦争の準備に奔走していた。
ベヒーモスの開発に関しては俺も関わっており、俺のところで製造している飛空艇の中でも皇帝御座艦のフリングホルニ型やエクスヴェル公爵家専用艦のスキーズブラズニル型といった特殊艦に搭載されている〈紅賢核炉心〉が動力機関に使われている。
演算機能を制限し、魔力生成機能に特化させた量産型賢者の石の一つ〈賢魔の石〉を使った動力なだけあってルベドが使用できる魔力は潤沢だ。
その魔力を十全に活かした艦内設備や各種武装の選定と実装に、主任開発者のオリヴィアは頭を悩ませることになった。
そんな彼女の多忙な日々も今回の実践テストが無事に終われば落ち着くはずなので、そうなればまた以前のように二人の時間が作れるようになる。
手加減抜きで彼女を抱くのはそれまでお預けだな。
まぁ、それはそれとして今夜はお忍びで彼女の部屋で朝まで過ごすのだけど。
ただ一緒に寝るだけならば、これ以上オリヴィアの体力を消耗することはないだろう。
「リオンさんは今日は自分の陣にいたのよね。灰天騎士と、えっと黒鋼機兵だったかしら。私は艦内にいたから詳しくは知らないんだけど、大活躍だったみたいね」
「ああ。灰天騎士に先鋒を任せて敵軍の右翼に楔を打ち込み、その傷口を後続の黒鋼機兵が押し広げていった形だな」
ベッドの縁に座るとオリヴィアも横に座ってきた。
そのまま俺の身体にもたれかかってきた彼女の肩を抱きながら話を続ける。
「以前教えてくれた話だと、灰天騎士のコンセプトは旧ハンノス王国の切り札だった錬装剣と八錬英雄の再現だったかしら?」
「どちらかと言えば安全な形での再現というべきかな。八錬英雄達が使っていた魔物であるリビングアーマー種の生成能力などはないけど、その代わりに錬装剣の能力元である〈錬剣の魔王〉のレプリカにあたるゴーレム型神器が使う能力を模した力が使える。だから灰天騎士の中でも上澄みの騎士達の強さは八錬英雄にも匹敵するだろう」
「魔王の力を使っていた八錬英雄に匹敵か。ある意味で灰天騎士は勇者であるリオンさんの力が使えるのだから納得ね。流石は私の勇者様」
そう言ったオリヴィアが顔を上げてきたので、無言で求められた通りに口付けをする。
軽くはないキスをされてしまい、スイッチが再び入りかけたが此処が戦場であることを思い出してグッと堪える。
シャワーを浴びる前までは、これ以上は体力を消耗するわけにはいかないと自分でも言っていたはずだが、寝酒のアルコールが入ったからか理性を本能が上回ったようだ。
彼女の体力的にも俺だけでも理性を保たなければならない。
大胆に胸元をはだけさせたオリヴィアが、グラスを近くのテーブルに置くと更に密着してきた……言外のメッセージは伝わってるが我慢である。
「……八錬英雄と言えば、まだ帝国の切り札は実戦投入しないのか?」
俺の嗜好的にも身体の相性的にも婚約者中屈指のレベルであるオリヴィアからの延長戦の誘いから気を紛らわせるべく、先ほどの話の続きを行う。
俺の首元に口付けて追加の痕跡を刻んでいたオリヴィアは、トロンとしていた目で見上げながらも質問に応えてきた。
「……〈帝聖勇騎士〉の出番はまだみたいよ。クロメネア王国軍が切り札らしき戦力を出してきたら投入するってアドルフは言ってたわね」
「なるほど。まぁ、戦力的にも妥当なところか」
帝聖勇騎士の正式名称は〈聖金霊装騎士〉と言い、その名称が示すように持ち主によって異なる武具へと形を変える六角柱型の黄金色の金属塊〈聖金霊装核〉の使用者に選ばれた者達のことを指す。
アークディア帝国の切り札である人工聖装具使いであり、俺とヴィルヘルムを除いた数は三人。
この数は、俺が皇帝であるヴィルヘルムにキトリニタスを紹介し、護国の戦力として献上した時から変わっていない。
献上分の三個のキトリニタスの使用者を選出するのは大変だったが、その分だけ文句無しの逸材が選ばれた。
最初にヴィルヘルム達帝国上層部がキトリニタスの使用者候補として集めた者達の中からは、残念ながらキトリニタスを使うに足る逸材は一人しかいなかった。
残る二人は俺が斡旋したのだが、そのうちの片方がキトリニタスの使用者に決定されるまでに一悶着あった。
一悶着と言うように、彼を選ぶことにより得られるメリットを説明してやったら、渋々ではあるが使用者として認められていた。
キトリニタスの創造者としても気になるが、この帝聖勇騎士三人の選出と育成には少なからず関わっているので、その動向は気になるところだった。
「そんないつ動くか分からないことよりも、今が大事でしょう?」
「……明日に響くぞ」
「あと一回ぐらいは大丈夫よ。朝起きて駄目だったらリオンさんが回復させてくれると信じてるわ」
俺を押し倒した──抵抗はしなかった──オリヴィアが上に跨り、その身に纏っていたバスローブを脱いだ。
うん。紳士に、もとい真摯に説得しても無理だったのだから、これ以上の説得は時間の無駄だろう。
時間を無駄にするぐらいならば、婚約者との時間に使ったほうが有意義なはずだ。
後一回ぐらいならば支障はでないと自分に言い聞かせてから、俺も抑えていた本能に身を任せた。




