第357話 灰色の至高
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「──あの時よりは地味だな」
開戦と同時に始まったアークディア帝国軍とクロメネア王国軍による軍団魔法の打ち合いを眺めながら、エクスヴェル公爵家の〈灰天騎士〉の一人である上級騎士ラゴゥルは数年前にあったゴベール戦役を思い出していた。
アークディア帝国の一公爵家とゴベール大砂漠に面する三ヶ国の間で起きたこの戦争は、大国の公爵家の完勝によって終わった。
当時、ラゴゥルも三ヶ国の一つサウラーン王国の一兵士として参戦していた。
掃いて捨てるほど、とまでは言わないが、使い捨てを躊躇われないほどには命の軽いサウラーン王国の平民だったラゴゥルは、天から降り注ぐ銀色の剣の雨に貫かれて死んだ。
数多もの銀の雨の如く降ってくる剣を見た瞬間に、本能的に自分が死ぬことを理解したラゴゥルの心に浮かんだのは、恐怖ではなく憧憬にも似た感情だった。
美しい、凄い、自分も使いたい、綺麗だ。
死に対する恐怖ではなく、憧れのような感情を抱きながら死んだラゴゥルは、気が付いたら他の兵士達と同じ様に生き返っていた。
目を覚ましたラゴゥルの視界に映ったのは、自分以外の死者も次々と蘇生されていく光景と、その奇跡を顔色一つ変えずに為している黒き〈勇者〉の姿だった。
「あの時って?」
ラゴゥルが自らの人生の分岐点である記憶を追憶していると、横合いから同僚の声が聞こえてきた。
「ゴベールでの戦のことだ。あの戦の時に見た奇跡のような光景と比べたら地味だったからな」
「そりゃあ、あの時と比べれば地味だろうよ。今回の戦は、敵と味方のどちらの戦力も常人の範疇だからな」
同僚から返ってきた呆れ混じりの言葉に首肯する。
ゴベール戦役に参戦していた兵の中には、戦後にアークディア帝国のエクスヴェル公爵領へと移住し帰化した者達がいた。
元々いた国こそ異なるが、ラゴゥルと同僚もそのクチだった。
そのため、この同僚はラゴゥルの発言に含まれている意味が理解できていた。
「まぁ、傍から見たら俺達も常人ではないだろうけどよ」
「そうだな……」
魔法合戦から視線を逸らして顔を上げたラゴゥルは、青く澄み渡った空を見上げる。
現在の時刻は少し早い昼といった時間帯。
目を凝らしてもラゴゥルの力では天を観るだけで、青天の先に在る星を観ることはできなかった。
〈星〉には届かず、〈天〉を掴むばかり。
憧れた〈白星騎士〉に至れるほどの力は無く、その下の灰天騎士止まり。
かつては今の自分自身を表しているような景色を観ると溜め息を吐きそうになっていたが、今のラゴゥルはそうではない。
灰天騎士に任じられた際に主君に言われた言葉を思い出す。
『お前は確かに星にはなれないだろう。我が家の象徴にして抑止力たる星々には、天地を照らせるだけの技量と才能、そして魂が必要だ。残念ながら、お前には最後の魂の力だけが足りなかった。こればかりは私にも手が出しようがないのでな』
自らの胸に手を当て瞑目する。
ラゴゥルには魂を知覚する力はない。
だが、主君が言うこの魂の力がスキルに関することであることは、エクスヴェル公爵家独自の騎士教育課程で教えられており、知っていた。
矮小な自らの魂の器をどれだけ呪ったか分からない。
それでも、救いはあった。
『この灰天騎士の位は、お前のように白星騎士には至れないが、ただの騎士として置くには非凡な力を持つ騎士達のために作られた。白星騎士の役割は抑止力である一方で、灰天騎士の役割は対外的な戦力だ。つまり、白星騎士とは異なり、直接的に我が公爵家の強大な力を示すことが求められる。これは誰にでも任せられるものではない。騎士ラゴゥルよ。お前にその役目を果たす意志はあるか?』
ラゴゥルが返答に悩むことはなかった。
だが、感動のあまり主君への返事が数瞬遅れてしまったのは、悔やんでも悔やみきれない。
そうしてただの騎士から灰天騎士の位になったラゴゥルは、その灰天騎士の中でも更に特別な位を与えられていた。
「お、流石に国力の差が如実に表れてるな」
同僚の声に視線を戻した先では、アークディア帝国軍が放った軍団魔法による飽和攻撃によって、少なくない被害を受けたクロメネア王国軍の姿だった。
軍団魔法に必要な移動式魔力炉と魔法使いの数は、そのまま国力に直結している。
大国であるアークディア帝国の軍に匹敵できるだけの援軍を用意できなかったクロメネア王国軍が、魔法戦で後れを取ることになるのは分かっていたことだ。
「帝国軍も軍団魔法を止めたか」
「あれは強力だが、その分だけコストが高い。敵軍に少なくないダメージを与えられたならば、あとは味方への最低限の支援に使用するに留めるだろう」
「言ってる側から支援魔法が来たな。皇帝陛下からの支援強化もあるし、こりゃ楽勝だぜ」
「油断するなよ。これだけのお膳立てを受けておきながら大怪我をして戦線離脱した時は、主君の顔に泥を塗ったお前にトドメを刺してやる」
「お、おう。き、気を付ける。気を付けるからその目を止めてくれ」
ラゴゥルが調子の良い同僚を脅して気を引き締め直させていると、ちょうどいいタイミングで指令が下った。
『指令だ。各灰天騎士部隊は敵右翼に進撃せよ。侵攻速度は周りに合わせる必要はない。各部隊の隊長の指揮の元に突撃し、追加の指示があるまで敵右翼を蹂躙し、敵軍全体を揺るがせ』
『第一部隊、了解』
『第二部隊、了解しました』
『第三部隊、了解です』
『第四部隊も了解です』
各部隊長に与えられたイヤーカフス型通信系魔導具〈念信機〉から聞こえるエクスヴェル公爵軍本陣からの指令に応えたラゴゥルは、第一灰天騎士部隊の隊長として部下に指示を出す。
「本陣からの指令だ。我々は敵右翼に向けて突撃する。本陣からの追加の指示があるまでは、そのまま敵への攻撃を続ける。公爵様に恥じない戦いをせよ。いいな?」
「「「了解!」」」
「行くぞ! 我に続け!」
エクスヴェル公爵家の上級騎士である灰天騎士。
その灰天騎士の中でも限りなく白星騎士に近い力を持つとして、特別に〈至高天〉の位の座を与えられた四人の隊長達に率られた、各部隊二十五名、計百名の灰天騎士達が雄叫びを上げながらアークディア帝国軍の陣営から飛び出していく。
エクスヴェル公爵軍の本陣の守りに置いている二十五名を除いた全ての灰天騎士達が、敵軍に向かって全力で地を駆ける。
たった百名の騎士による敵軍への突撃は味方から見ても異常な光景であり、予めエクスヴェル公爵軍本陣から帝国軍本陣へと通達されていたとはいえ、帝国軍に少なからず動揺を与えていた。
味方から正気を疑われた突出した行動の対価は、敵軍からの集中砲火だった。
迫り来る矢弾や魔法攻撃といった遠距離攻撃に対して、ラゴゥル達四人の至高天は、至高天の位と共に下賜された力を解放した。
「正義を為せ──【炎座す至高の天紋】」
「慈悲を示せ──【水座す至高の天紋】」
「懺悔せよ──【地座す至高の天紋】」
「守護せよ──【風座す至高の天紋】」
灰天騎士達の先頭を走るラゴゥル達四名が起動句を唱えた瞬間、彼ら四人の背中から巨大な光翼が具現化する。
意思を持つように動いた四対の光翼が、敵軍の全ての遠距離攻撃を薙ぎ払う。
神々しく光り輝く暴虐の翼は、無数の攻撃を受けても一切揺らぐことはなく、灰天騎士達を守ってみせた。
ラゴゥル達至高天の灰天騎士が使用したのは、エクスヴェル公爵にして〈創造の勇者〉であるリオンがスキル【始源の魔賢神紋】 の〈魔賢神紋〉技術を基に作り出した刻印型魔導具〈固有権紋〉による力だった。
ユニークコードの中でも天使系と呼称されるユニークコードが至高天の灰天騎士に与えられていた。
天使系ユニークコードに共通して備わる攻防一体型能力【至高ノ天翼】により具現化した光翼は、敵軍からの攻撃を防ぎ切るとすぐに消え去った。
その頃にはラゴゥル達は敵陣の目前にまで迫っており、これ以上は光翼を具現化させる必要がなかったからだ。
再び各部隊ごとに分かれた灰天騎士達は、その身に纏う灰天騎士専用装備〈灰威ノ天覇魔鎧〉の属性行使能力を発動させ、同じく専用装備〈灰威ノ天衝矛〉を振るっていく。
各々が望む形状の武器となる能力を持つ劣化版キトリニタスたる〈灰威ノ天衝矛〉から様々な属性攻撃が放たれ、クロメネア王国軍右翼を蹂躙する。
灰色の四つの矛先は、クロメネア王国軍の右翼へと突き刺さると、その傷口を更に拡大させていき、開戦早々に戦況を帝国側へ大きく傾けるほどの戦果を挙げるのだった。




