第356話 灰天騎士と黒鋼機兵
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アークディア帝国軍によるクロメネア王国侵攻に際して、帝国貴族であるエクスヴェル公爵家も軍を派兵している。
今回はエクスヴェル公爵家の初の国外への派兵とあって、公爵家としての面目を立てるために三人の白星騎士を送り込んだ。
とはいえ、強国というわけでもないクロメネア王国の軍隊が相手ならば、一般的な騎士とは桁違いの強さを持つ特級騎士である白星騎士達だけでも勝利できてしまうだろう。
白星騎士達は、数年前にエクスヴェル公爵家のゴベール大砂漠領で起こったゴベール戦役で、その力を初披露した時よりも更に力が増大している。
一年近く前に作り出した〈擬神霊丹薬〉という霊薬によって、白星騎士達一人一人の力は基礎レベル八十台でもレベル九十台のステータスに匹敵するほどの力を獲得していた。
この〈擬神霊丹薬〉は、勇雷魔霆結晶に微量の星鉄、神器〈魔神の星霊神樹〉の樹液や葉などの複数の超々希少素材を惜しみなく使って作った仙霊級丹薬だ。
素材の希少性の高さから数が少なく、その上に霊薬の力を完全に取り込むには基礎レベルが最低でもレベル八十に到達している必要があり、現状では殆ど白星騎士の証のような扱いの霊薬になっていた。
白星騎士以外で与えたのは、Sランク冒険者であるためレベル八十に達しているリーゼロッテ、レティーツィア、シアンぐらいだ。
リーゼロッテとレティーツィアは身近な婚約者という理由から与え、シアンは魔神星教の教主として身を守る術は幾らあっても良いという理由から与えていた。
また、レベル百オーバーの超越者であるヴィクトリアにも与えてみたところ、彼女には効果がないことが判明した。
検証のために同じ超越者のリンファにも摂取してもらったが、やはり効果はなかったため非超越者にしか使えないとみて間違いないだろう。
レベル的に非超越者に含まれるはずの俺にまで効果がなかったのは、素材に自分の血が入っているのが理由かもしれない。
そんな超越的な効力を持つ霊薬で強化された白星騎士達を最前線に投入してしまうと、他の勢力の活躍の場を奪う結果になるのは明らかだ。
戦功を強く欲するならまだしも、そうでないならば白星騎士は過剰戦力であるため、帝国軍が敗戦濃厚にでもならない限りは動かすつもりはない。
だからといって、全く働かないのもそれこそ公爵家としての面目が立たないので、代わりに戦場で公爵家の武威を示すための戦力はちゃんと用意していた。
「さて、そろそろ我が公爵家の出番だが、準備の方はどうだ、一星よ」
「ハッ、全て滞りなく完了しております。いつでも出陣可能です」
分身体を通して、此度の戦のエクスヴェル公爵軍の総指揮を任せている白星騎士の一星に確認を取る。
彼の覇気のある声が陣内の隅々にまで響き渡り、眼下に整列する騎士と兵士達に緊張が走るのを感じた。
その様子を見渡しながら、彼らの装いへと目を向ける。
白にも黒にも染まれず、星には届かず天に留まった騎士達と、黒き鋼の鎧の力に頼らねばならない凡百の兵士達。
それぞれ〈灰天騎士〉と〈黒鋼機兵〉と名付けた彼らは、今回のような他国との戦争用に準備した戦力だ。
灰色の鎧に身を包む上級騎士達と、頭の天辺から足の先までを黒色の機巧鎧で覆った兵士達の専用装備には特殊な素材が使われている。
今となっては懐かしい存在である〈錬剣の魔王〉や、旧ハンノス王国の八錬英雄達が錬装剣を通して生成していた、〈錬剣の魔王〉の眷属のリビングアーマー達の金属素材がそれぞれ使用されていた。
灰天騎士の専用装備は、〈錬剣の魔王〉の金属素材──本体ではなく偽体の方だ──と他の数種類の金属を混ぜ合わせてできた合金製の鎧と武器だ。
この灰色の鎧には、〈錬剣の魔王〉との〈星戦〉で得た〈魔王の宝鍵〉で選択した報酬である神器〈魔鎧王操従神人形〉のアトラスの力の一部を再現した能力が実装されている。
ゴーレム型神器のアトラスは、【従神人形】【能力共有】【神ならざる王の手】【魔王再権:錬剣】の四つの能力を持つ。
【従神人形】はゴーレム型神器として成り立たせる能力で、【能力共有】は神器の所持者であり帰属者である俺に恩恵のある能力なので、初めから除外されている。
つまり、灰天騎士の鎧には残る【神ならざる王の手】【魔王再権:錬剣】の二つの能力を模した能力の実装が試みたのだが、生産性やコストを考慮して実現出来たのは【神ならざる王の手】の劣化版だけだった。
オリジナルのように、『使用者の経験と才能次第で凡ゆる属性能力を行使し、その能力形態を変化させられる』といった汎用性の高い能力を完全に再現するのは、装備の等級的にも無理があった。
『〈錬剣の魔王〉が有していた能力を再現し行使する』能力である【魔王再権:錬剣】に関しては言うまでもなく再現は不可能だ。
構想段階から予想できていたことなので悔しさはない。
それどころか、思っていた以上に再現できたことに驚いたぐらいだ。
そんな自分の製作技術の上達具合を確認させてくれた灰天騎士専用装備〈灰威ノ天覇魔鎧〉を装備した灰天騎士が、此度の派遣軍には百五十人いる。
この百五十人全員に防具のオーバーアッシュと、オーバーアッシュの能力を最大限活かせる武器〈灰威ノ天衝矛〉をセットで支給してある。
余談だが、当初武器の名前を〈灰威ノ受器〉と名付けたのだが、偶々性能テストを観ていたカレンから『灰皿って名前の武器はナンセンスよ!』っと反対を受けて今の名称になった。
個人的にはピッタリの名前だと思ったんだがな……。
一方の黒鋼機兵だが、こちらの人数は二千人もおり、その数からも彼らが今回派遣したエクスヴェル公爵軍の主力なのが分かるだろう。
黒鋼機兵の専用装備〈機鋼外装〉は、その名が示すように兵士達の姿を覆い隠す外装のような意匠をしている。
それだけならば普通の全身鎧と変わらないが、このアウターメタルには装着者の動きを補助する仕組みが内蔵されている。
動く金属鎧であるリビングアーマーの金属素材を下地にし、リビングアーマーの種族的身体動作特性を術式で再現し、逆説的に身体動作補助機能を実現させたのだ。
その特性上、強者には恩恵が低く、弱者であればあるほど恩恵が強く現れるため、凡百の一般兵士達にこそ相応しい装備となって完成した。
元々は低位冒険者用に考案していた装備なのだが、コスト的に低位冒険者へ普及させるのが難しいという本末転倒な結果になってしまいお蔵入りとなった。
その試作品の技術を流用し、こうして日の目を見ることになったわけだ。
ちなみに黒鋼機兵が扱う武器に関しては、以前と変わらず上級兵用装備〈魔剣銃コンステレーション〉と一般兵用装備〈魔剣銃スターダスト〉の二種だ。
「……確かに準備は出来ているようだな」
現実では一秒ほどの時間経過の間に各種装備に関する情報を振り返りつつ、全員の装備に問題がないことを確認し終えた。
一度首肯してみせてから改めて配下の一般騎士と兵士達に顔を向ける。
今使っているのは分身体だが、姿は分身体の基本的な姿である本体のままだ。
そのため、俺の能力をある程度知らされている三人の白星騎士以外の者達は、エクスヴェル公爵家当主の俺がわざわざ戦場まで激励しに来てくれたと思っている。
おそらくだが、そういったことも彼らが緊張している理由の何割かを占めているのだろう。
「今回の戦は我が公爵家の初の外征だ。前回のゴベール戦役では公爵領に対する防衛力が示された。今回はその逆だ。前回同様に多くの者達が注目していることだろう」
ここで言葉を切り、今一度全員を見渡す。
ふむ。誰一人として怖気付くことなく、戦意に溢れているようで何よりだ。
精神修練に力を入れておいて正解だったようだな。
「お前達は我がエクスヴェル公爵家の矛と盾だ。勇者たる俺の剣は凡ゆる障害を斬り裂く。賢者たる俺の魔法は凡ゆる災いを退ける。その加護は俺の配下であるお前達にも宿っている。我が公爵家と我らが祖国たる帝国のために勝利を持ち帰れ。そして、必ず生きて帰れ。諸君の奮闘に期待する」
「「「ハッ!!」」」
眼前の兵達からの敬礼に答礼を返す。
手を下ろして後ろに退がると、すぐに一星による出陣命令が下された。
それから間もなくして、エクスヴェル公爵軍も含めたアークディア帝国に属する全ての軍に対して、帝都にいるヴィルヘルムの【皇帝軍旗】による強化が行われた。
さて、クロメネア王国はどれくらい持ち堪えられるかな?




