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第355羽 皇帝軍旗



 ◆◇◆◇◆◇



「──間もなく始まるようです」



 帝都エルデアスにある皇城の一室に集まっている面々に向けてそう告げると、手元の魔導具(マジックアイテム)を操作する。

 すると、魔導具と連動している巨大なスクリーンに遠方の地のリアルタイムの鮮明な映像が映し出された。

 映像は上空から撮影されたもので、地上ではアークディア帝国軍と敵軍であるクロメネア王国軍が展開していた。


 クロメネア王国は、数年前のイスヴァル戦役にて、他国から故メイザルド王国へと派遣される援軍の通行を許可した国々の一つだ。

 直接的ではないものの、アークディア帝国に対する敵対行動と取られる行いだったのは紛れもない事実だ。

 大義名分はあっても、これまでに開戦した国々と比較すれば優先順位が低かったのと、イスヴァル戦役の後に旧ハンノス王国との戦である錬魔戦争が起こったため、今の今まで後回しになっていた。

 だが、その錬魔戦争による傷も癒え、以前よりも帝国の国力が大きく増したならば、これ以上大人しくしている必要はなく、此度の開戦となったわけだ。



「両軍の陣容は?」


「我らがアークディア帝国軍は、正規軍が十万、貴族軍が七万、属国軍が五万、義勇軍が二万の合計二十四万ほどになります」


「ふむ。錬魔戦争の十数万から随分と数が増えたな」


「それだけ陛下の威光と帝国の力が広く知れ渡った証かと」


「フッ。普通は世辞だと判断するところだが、リオンから言われると本当のような気がしてくるな」


「事実ですよ。本当に」



 実際、錬魔戦争で戦功を立てた者達には相応の褒美が与えられている。

 爵位が上がった者も入れば、新たに爵位を与えられた者もいる。

 属国軍の中には、戦功により宗主国のアークディア帝国へ毎年支払う税が大幅に引き下げられた国もあった。

 勿論、逆に罰せられた者達もいるものの、今代皇帝であるヴィルヘルムが戦における信賞必罰をしっかりと行うことが周知されたのが、前回からの大幅な増員となった理由だ。

 なので、ヴィルヘルムの威光というのは世辞などではなく事実を言ったまでだった。



「報告を続けます。一方のクロメネア王国軍ですが、最新の情報では正規軍が三万、貴族軍が四万、傭兵などの外部戦力が三万の合計十万ほどになるようです」


「単純な数だけでも戦力比は二倍か。リオンから見て懸念事項はあるか?」


「この戦場に限って言うならば特にありません。王国のSランク冒険者を前線へ駆り出してくるかと思いましたが、今現在も王都から動いておりません」


「王都の守りに置いたか。今代のクロメネア王も臆病なところは受け継いでいるようだな。王都を守る兵の数は?」


「合わせて十万ほどです。王都の民も徴兵するならば、三倍にまで増えるかと」


「……クロメネア王が愚行を冒す前に勝敗を決する必要がありそうだな」



 ヴィルヘルムに俺が懸念することが伝わったらしく、自分の首から下げているペンダントを手に取っていた。

 アークディア帝国の金色の国章が施された白いペンダントは、俺が以前ヴィルヘルムに献上した皇帝仕様(インペラトール)の〈聖金霊装核(キトリニタス)〉の待機形態だ。

 ヴィルヘルムのキトリニタスの力を使えば、ただでさえ離れている彼我の戦力差が更に開くことになるだろう。

 その代わり、能力の発動中は大量の魔力と精神力を消費し続けるため、使用者のヴィルヘルムは少なくない負担を負うことになる。



「如何なされますか?」


「当然使用する。魔力の貯蔵は十分だが、それでも魔力が足らぬ時は魔力を譲渡してくれ」


「かしこまりました。では、現場の総指揮官に〈帝旗〉の使用を伝達致します。使用タイミングは?」


「現場に任せる。使用の合図は青だ」


「承知しました」



 現地にてアークディア帝国軍の総指揮を任されているアドルフへ対して【意思伝達】のスキルを使って通達する。

 程なくして、スクリーンに映っている帝国軍の本陣で赤い光が点滅しているのが確認された。

 この光は、ヴィルヘルムからの指令を受諾したことを俺以外の室内の者達に教えるために行われている。

 その赤い光が確認されてから十数分後。

 再び帝国軍の本陣から光が発せられた。

 ただし、今度の光の色は赤ではなく青だった。



「【皇帝軍旗】」



 ヴィルヘルムが自らのキトリニタス=インペラトールの能力名を唱えた瞬間、スクリーンに映し出されている帝国軍に属する兵士達の能力が強化された。

  アークディア皇帝ヴィルヘルム用のキトリニタスであるインペラトールには五つの能力がある。

 その内、【聖霊錬装】と【星金の加護】は俺のキトリニタスであるトライアにも共通して実装されている能力だ。

 他の能力に関しては、キトリニタスの根幹とも言える【能力構築】によって生み出されており、インペラトールの性能(スペック)は俺の同等なので【能力構築】の枠は三つ。

 その三つの能力の中でも【聖金強化紋(ライジング・コード)】と【帝国権威】はヴィルヘルム個人を強化する能力だが、残る一つの【皇帝軍旗】は他者を強化する能力だった。



「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」


「落ち着かれましたか?」


「ああ。覚悟していたが、これだけの数を強化するとなると、負担が凄まじいな」



 皇妹であるレティーツィアをはじめとした室内に同席している者達が、ヴィルヘルムを心配している。

 ちゃんと能力にはストッパーが備わっているので、使用者が能力に殺されることは無いのだが、見るからにヴィルヘルムの顔色が悪くなっていれば無理もないか。

 【無限宝庫】から俺が作った特別な果実水が入った水差し(ピッチャー)を取り出す。

 これは〈侵星の魔王〉との〈星戦〉に勝利して得た報酬の一つである〈魔神の星霊神樹(ベルリオ・ステラシア)〉の樹液を希釈したモノや黄金星果(イズン)などの超希少素材を用い、〈地刑の魔王〉との〈星戦〉の勝利報酬の〈失われし秘宝酒創典〉のレシピを参考にして作り出したモノを更に水で薄めたモノだ。


 原液の名称は適当に〈克死星酒(ネクタル)〉と名付けた。

 死を乗り越えるという意味の名前の通り、イズンの永続強化効果を無くす代わりに、一時的な各種回復効力を劇的に高めたような効果を持っている。

 このピッチャーに入っているのはネクタルを霊地の水で薄めており、その際にアルコールは抜けているので分類的には酒ではなく果実水になる。

 一種の劇薬でもある原液のネクタルほどではないが、この〈星霊果実水(デミネクタル)〉も非常に高い回復効果を有しているので、今のヴィルヘルムには役立つだろう。

 


「陛下、こちらをどうぞ。少しは楽になるはずです」



 ヴィルヘルムの前に置かれているコップの中の水を消すと、その中にデミネクタルを注ぐ。

 それを一息に飲み干したヴィルヘルムの顔色が見る見る間に良くなっていった。



「……凄い効果だな。味も良いし、新商品か?」


「二体の魔王との〈星戦〉に勝利して得たモノを使って作った果実水です。今のところは商会の方で販売する予定はありませんね」


「そうなのか。販売するようになったら教えてくれ」


「かしこまりました。試供品代わりに、そちらのピッチャーは中身ごとお納めください」


「うむ。感謝する。コレの名は?」


「デミネクタルです」



 【皇帝軍旗】で持続的に消費される分よりも、デミネクタルによって強化された回復力の方が上回っているようだ。

 ヴィルヘルムは魔人種の王族とも言われる冠魔族であるため、基本的な身体能力だけでなく、魔力などの回復力といった性能も非常に高い。

 大元のスペックが高いため、デミネクタルの効果による一時強化の恩恵も大きく、回復力が消費力をギリギリ上回ることが可能だった。



「発動しているのは分かるのだが、【皇帝軍旗】はちゃんと彼らを強化できているか?」


「はい。陛下が認識なされた帝国軍の約二十万の兵士達の全てが間違いなく強化されております」



 ヴィルヘルムのキトリニタス=インペラトールの能力【皇帝軍旗】は、『アークディア皇帝の御旗の下で戦う全兵士達の全能力を強化する』という効果がある。

 対象は直接認識する必要があり、通常は同じ戦場に立つことで発動することを想定しているが、今回ヴィルヘルムは帝都に留まることになっているため、このスクリーンの映像で代用した。

 対象人数が増えれば増えるほど使用者であるヴィルヘルムの負担が増す能力だが、その分強化率は高く、有効時間もヴィルヘルムが能力を維持できる間はずっと発動し続けられる。



「私達に出来るのは、あとは見守ることだけです」


「そうだな。彼らが圧倒的勝利を収めてくれることを信じて待つとしよう」



 ヴィルヘルムのその発言を受けて、皆がスクリーンの映像に集中する。

 俺も肉眼をスクリーンに向けつつ、分割した思考の一つに意識を向けて戦況の把握に努めた。




 

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