第354話 魔神星教と装備
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「──時間か」
ユニークスキル【世界と精霊の星主】 の固有特性〈妖星神眼〉が持つ千里眼系の力によって視える光景からそう判断する。
あちら側の準備は整っているようだし、さっそく移動するとしよう。
「まぁ、俺自身がこの場から動くわけじゃないんだが……〈顕現〉」
異界に存在する固有領域〈強欲の神座〉にあるエリア〈玉座の間〉が、現実世界を上書きする形で一時的に顕現する。
室内の景色自体はそのままだが、先ほどまではいなかった複数の人影が跪いたままの体勢で目の前に現れていた。
その集団の中の最前列にいる、白黒の生地に金飾という最も絢爛な聖衣に身を纏った人影に声を掛けた。
「久しぶりだな、シアン」
「お久しぶりでございます、リオン様。この度はわたくしどものために御身の貴重な時間を割いていただき感謝致します」
「このぐらいならば構わん。緊急性のある報告というわけでもない定期報告なのだからな。それに、魔神星教のために尽力しているシアンのためならば個別に幾らでも時間を作るとも」
「ありがとうございます……その際はよろしくお願い致します」
まぁ、実際には既に何度も個人的な時間は作ってるんだが。
その時は今のような落ち着き払った教主の姿ではなく、若い外見年齢相応の言動と姿を見せてくれている。
状況的に都合の良い人材だったから教主の座を任せたが、シアンが思いのほか演技派で、教団のトップとして様になっていた。
ちなみに、魔神の真名とも言えるリオンという本来の名前を魔神星教の信徒の中で直接呼べるのは、教主や大聖女など階位の高い極一部の者のみだ。
それ以外の者達には宗教上の名である魔神か魔神の名で呼ばせている。
「ムシュフシュも魔神星教の守護者としての役目を果たしているようで何よりだ」
シアンの次に、彼女の一つ後ろの列に並んでいる黄金の髪に黒い竜角、そして額に紫色の宝珠を持つ美女の姿をしたムシュフシュに声を掛ける。
この女人としての姿は、本来は竜型であるムシュフシュが俺の使い魔となった際に獲得した能力の一つだ。
性別が女なのは、黄金星竜ムシュフシュとなる前の〈炎竜の魔王〉、その更に前の〈炎竜神器〉の使い手が人間の女性だったからだろう。
今の容姿が元の姿に似ているかは分からないが、人間よりも巨大な竜形態よりも人間サイズの人型の方が利便性が良いのは間違いないため、必要な時以外は人型形態をとらせている。
「恐れ入ります」
「何か変わったことはあったか?」
「特には。強いて言うなら、シーディアの近くの森に今まで見かけなかったアンデッドを偶に見かけるようになったぐらいです」
「頻度は?」
「毎月一体見かけるかどうかです」
「ふむ。偶々流れてきた個でないならば、〈死使の魔王〉の縄張りが変化したかもしれない、といったところか」
「はい。主上のお許しがいただけるならば、かの紛い物の領域へ私の眷属を斥候として送り込もうかと考えております」
何というか、ムシュフシュは相変わらず何処となく古風な口調だな。
ムシュフシュの元になったと思われる〈炎竜神器〉の使い手もこんな勇ましい感じだったのだろうか?
まぁ、私的な場でシュシュと愛称で呼んでやった時の反応は可愛らしいけど。
「その程度の数ならばまだ送り込む必要はない。そうだな……月に五体以上見かけるようになったら送り込め。ただし、戦闘は厳禁だ。お前は教団の守護者なのだから、教団の防衛以外は他に任せよ」
「承知しました」
「さて、お前とも久しいな、シャルガ王。お前とは即位式以来か?」
「はっ、お久しぶりでございます。魔神様の仰る通り、直接拝謁させていただくのは私の即位式以来になります」
ムシュフシュと同じ列に並んでいる男性は、魔神星教の本拠地を置いているシーディア王国の国王であるシャルガだ。
彼は先代国王シュアンの息子であり、教主であるシアンの甥でもある。
俺がこの地に降り立った時点で先代のシュアンは既に老年だった。
妹のシアンとは異なり、彼は長命種である上位種へと進化できるほどレベルが高くなかったため、年齢相応に老化していた。
そんなシュアンに、魔神星教が国内に広がったタイミングで息子のシャルガへの譲位を勧めた。
幾つかの理由から生前退位を勧めた際、妹のシアンが俺を連れてくるまで国を保たせた功績を讃えた後、余生は安心して過ごせと労いの言葉をかけてやったら予想以上に感激しながら承諾された。
そんな風に、父王が没する前に王位を継いだシャルガの即位後初の事業は、国土の拡大だ。
具体的にはシーディア王国を都市国家の規模から脱却させるために、土地の開拓と城壁の拡張を行わせた。
この国家事業には、シーディア王国の近くに建てた蒐奪迷宮〈グニパヘリル〉で得られる各種恩寵が用いられている。
俺からの恩寵という支援もあって、開拓作業も拡張工事も順調だった。
俺が権能【強欲神域】の固有領域〈強欲の神座〉を顕現させた場所は、魔神星教の中枢となるべく俺が直々に建てた大神殿の一室だ。
蒐奪迷宮〈グニパヘリル〉の白黒の配色の外観とは異なり、この塔型神殿〈ジッグラト〉の外観は純白と金飾で構成された聖なる様式をイメージして作っている。
内装まで真っ白というわけではないが、ジッグラト内の殆どの部屋は白を基調とはしている。
それはシアン達が待機していた謁見の間も同様であり、その白い内装が〈強欲の神座〉に上書きされ、壁と天井は黒く染まり、床は材質不明の白い床へと変貌していた。
上書きされたことでシアン達が跪いていた場所には気付いたら紅い柔らかな絨毯が敷かれており、この室内の変貌ぶりをシャルガ達信者に見せ付けるのも、彼らからの信仰を維持するための演出の一環だ。
細かいところで手間暇かけている甲斐もあって、初対面から三年が経ってもシャルガ達の俺への信仰心に一片の翳りも見当たらなかった。
「こうして直接会うのは久しぶりだが、シャルガの働きは観ていたぞ。先代の治世を観たのは僅かな間だけだったが、シャルガの民を導く手腕は先代のそれにも劣っていないな」
「身に余る光栄です」
「以後も、シアン達と協力してその辣腕を存分に振るってくれ」
「ハッ、お任せください!」
さて、主位と次位への言葉掛けはこんなところか。
次位よりも下の階位の者達には幾つかに分けてから、それぞれ纏めて話せばいいだろう。
このまま淡々と話すのもなんだし、久しぶりに現在の装備について確認しておくかな。
約一年前に倒した〈侵星の魔王〉から手に入れた宝鍵で選択した報酬の霊物と帰属契約をして以来か。
武器・刀・神域級中位〈財顕討葬の神刀〉
武器・刀・神域級下位〈龍喰財蒐の神刀〉
武器・杖・神域級下位〈魔源災戦の賢神杖〉
武器・剣・伝説級中位〈無垢なる命喰の霊剣〉
防具・上着・神域級下位〈星坐す虚空の神衣〉
防具・下着・伝説級最上位〈妬み望む魔竜の王鎧〉
防具・手袋・伝説級最上位〈精霊王の御手〉
防具・足甲・神域級下位〈大地神の偉大なる足跡〉
防具・上衣・伝説級最上位〈人理栄光の精霊王衣〉
防具・下衣・伝説級上位〈悪毒逆天の魔龍王衣〉
防具・腰帯・伝説級上位〈勇猛戦神の黄金腰帯〉
装身具・腕環・伝説級最上位〈九頭龍王の宝環〉
装身具・腕環・神域級上位〈黄金星天の英勇神器・擬装〉
装身具・指環・伝説級最上位〈聖金霊装核〉
装身具・指環・叙事級下位〈炎環魔女の祝愛受けし指環〉
装身具・耳飾・叙事級中位〈氷刻魔女の祝愛受けし耳飾り〉
装身具・首飾・神域級最上位〈星統べる王の聖剣・擬装〉
その他・右眼・神域級中位〈天空神の霊眼〉
その他・左眼・神域級中位〈天空神の霊眼〉
その他・領地・神域級下位〈天空神の聖域法晶〉
その他・霊物・神域級下位〈魔神の星霊神樹〉
そういえば、一年前から変化が無いと思っていたが、〈氷刻魔女の祝愛受けし耳飾り〉の等級が変わったんだったな。
約三年前に俺がユニークスキル【世界と精霊の星主】を獲得した際に、その内包スキル【星王伴侶】の効果によってリーゼロッテが【星霊女王】という特殊系スキルを取得した。
このスキルの効果でリーゼロッテの能力が強化されたのだが、彼女はその強化された力で遺物級上位だった〈氷刻魔女の祝愛受けし耳飾り〉を叙事級中位へと作り直した。
とはいえ、能力が強化されても根本的な製作技術的な力が一気に上達するわけではないため、満足のいく代物が出来るまで二年以上の時間がかかっていた。
まぁ、リーゼロッテがヴィクトリアの作った〈炎環魔女の祝愛受けし指環〉の等級を超えることに拘らなかったなら、もっと早く作り直されていただろうけど。
しかし、こうして確認してみると装備の持て余し具合が凄いな。
大概のことは多数ある神域権能級ユニークスキルで事足りるから装備に頼る機会があまりない。
神器はまだしも、伝説級装備は数えきれないほどあるから魅力が薄れたんだよな。
伝説級アイテム獲得によって覚醒称号〈黄金蒐覇〉から得られていた強化効果も薄れており、〈魔王〉などの敵を【財ヲ顕ス強欲ノ刃】を持つ神刀で必ず倒すほどでもなくなった。
自然属性の支配者の証たる称号〈精霊王〉を得てからは、新規に自然属性系の神の加護も獲得できなくなってるし、各方法による強化も頭打ちになってきたな。
まぁ、そういう意味でも俺を崇める魔神星教の信徒達が抱く信仰心という名の知名度が齎す〈黄金蒐覇〉の効果には期待できる。
信徒達だけでなく、大魔王と南方大陸には色々と期待したいところだ。
中央と南方以外の他の大陸にも、いずれ目を向けてみるのも良いかもしれないな。




