第350話 統世竜使 後編
戦場一帯を制圧するように気配を発すると、相対するウルドラが怯んだ。
「くっ。ならば、我も本気を出すとしよう!!」
そう吠えたウルドラが背中から生える竜翼を広げると、翼の表面が波打ち、泥のような物質が分泌されていく。
生成された泥は竜翼と一体化し、竜翼を瞬く間に巨大化させていった。
そして、巨大化した竜翼から再度灰色の泥が生み出されると、その膨大な量の泥が地上へと放出された。
「あれは……」
あの灰色の泥には見覚えがある。
確か、都市国家群〈アルガト王国〉の君主であるスイン王が使用者である〈泥水神器〉が生み出せる生成物だったな。
灰色の泥が雨の如く地上へ降り注ぐと、それらの泥が蠢き、毒蛇、魔獣、そしてアンデッドへと形状を変化させていく。
毒蛇は〈蛇毒神器〉を核とした〈毒威の魔王〉の顕現能力で、アンデッドは〈死獣神器〉を核とした〈死使の魔王〉が使う顕現能力とみていいだろう。
魔獣は〈狂獣神器〉を核とした〈憤怒の魔王〉の力に関連している気がするが、魔獣を操る能力はあってもゼロから生み出す顕現能力があると聞いたことはないため確証はない。
ただの勘だが、たぶん間違いないだろう。
現時点で大魔王の眷属になっている三体の魔王モドキ共だけでなく、今のところは眷属化していない〈混成神器〉である〈泥水神器〉の力をまで使えるとはな。
〈泥水神器〉に関してもあのような力があるとは聞いたことはないが、こちらの方も〈狂獣神器〉と同様に〈泥水神器〉自体の力とみて間違いないはずだ。
今のウルドラが持つユニークスキルの力なのか、或いは大魔王の眷属〈統世竜使〉としての力なのかは不明だが、おそらく他の魔王モドキや混成神器の力も使えると考えていいだろう。
「ラフムの泥を素材にして魔物を生成したのか。これは魔王達が使役する魔物だと思うが?」
「忘れたようだな。竜神様の御力は魔王達を遥かに上回る。その御力を使えば魔王の力を再現することが可能なのだ! この〈炎竜の魔王〉のように心服させる時間があれば、魔王達自身をあの都市へと差し向けられたのだがな。残念だ」
竜頭の口角を上げて嗤うウルドラの視線の先では、生み出された魔物達がシーディア王国に向かっていた。
ウルドラは竜神教の使徒である自分が、敵対する魔王達の力を扱えることを疑問には思っていないらしい。
「人類の守り手である竜神教の使徒が、魔王の力を使えるのをおかしいとは思わないのか?」
「この大地の全ては竜神様の所有物である。なれば、竜神様の使徒たる我がその御力の一端を使えるのは当然だ」
「そういう解釈か……」
【情報賢能】でウルドラの精神状態を調べてみたが、〈統世竜使〉とかいう大魔王の眷属と化している所為で解析が難しい。
だが、それでもウルドラの思考に干渉している力があることは分かった。
この様子だと、竜神の正体が大魔王〈創世の魔王〉であることや、各種混成神器が魔王モドキという大魔王の眷属を作り出す代物であることを説明しても無駄だろうな。
会話の最中にも、ウルドラの竜頭人身の肉体に〈蠍鎧神器〉の持つ蠍の殻のような鎧が覆っていった。
竜鱗の上に生成された鎧によって防御力が強化されるのは厄介そうだが、今はそれよりも地上の方が優先だ。
「光よ」
周囲に大量に生み出した光剣を、地上を覆い尽くす魔物の軍勢へ向けて射出する。
シーディア王国の城壁に迫っていた魔物達へと光剣の雨が降り注ぐ。
地上の魔物達は、最も強い個体でも中央大陸の基準でAランク程度の強さしかない。
その程度の力しかない魔物ならば、一体一体は光剣で容易く屠ることができるが、数だけはどうしようもなく光剣だけでは焼け石に水だった。
あの数を一掃するならば魔法が一番だが、下手な魔法を使えばシーディア王国の城壁どころか、城壁内に住まう人々まで被害が及びそうだ。
中央大陸よりも建築技術の劣る南方大陸の城壁の耐久性について考えていると、ウルドラが騎乗していた〈炎竜の魔王〉の上から飛び出して攻撃を仕掛けてきた。
「余所見とは余裕だな!」
「ある意味では余裕だとも」
神槍アプスーによる突きを躱わすと、手元に生み出した光剣を振るう。
光剣がギルタブリルの鎧を斬り裂くが、ギリギリで身体を反らされたため、その下にあるウルドラの身体にダメージを与えることまでは出来なかった。
「ウォオオオオォッ!!」
鎧を裂かれても臆することなく、ウルドラが連続で槍撃を繰り出してくる。
神槍アプスーからは先ほどの混命の水の飛沫だけでなく電撃まで発してきた。
この電撃は察するに〈天牛神器〉の力だろう。
だが、【雷光吸収】がある俺に雷電攻撃は通じない。
混命の水の飛沫についても追加で【闘聖戦神の黄金鎧気】を発動させることで肉体への接触を防いでいるため、こちらの方も無視することができる。
そのため、俺が躱わすべきは神槍による物理的な攻撃のみだ。
隙を突いて光剣で神槍を弾くと、ウルドラに向けて【嵐星覇槍】を放つ。
ギルタブリルの鎧を砕きながらウルドラを遠くまで吹き飛ばすと、地上の魔物を制圧するためにスキルを発動させた。
「【英霊顕現】」
ウルドラの怒涛の攻撃を躱し続けながら、眼下の空間に向けて多数の術式陣を展開する。
ユニークスキル【魔賢戦神】の【不滅の勇者の祝福】により、術式陣からレベル八十台のステータスを持つ英霊騎士達が次々と出現する。
その数は一万。
Sランク冒険者相当の力を持つ一万体の英霊騎士達を地上へ向かわせる。
その後を追うようにムシュフシュも地上へと向かっていくのが見えた。
どうやらムシュフシュも都市攻めに参戦するつもりのようだが、見す見す行かせるわけがないだろう?
「【神縛の檻】」
【正義と審判の天罰神】の内包スキル【審判権限】の派生スキル【神縛の檻】。
対象を一定空間内に隔離・拘束するこのスキルにより、ムシュフシュが周囲に展開された光の檻によって空中に拘束された。
取り敢えず、ムシュフシュについてはこれでいいだろう。
さて、英霊騎士だけでもいずれ魔物を殲滅出来るだろうが、もう少し数を調達しておくか。
同ユニークスキルの内包スキルである【神星天唱】を発動させると、シーディア王国の都市全域に向けて言葉を発する。
『シーディア王国の民達よ! 城壁に迫る魔物の軍勢を見よ! あれらは竜神教の使徒が生み出せし魔王の走狗達である。そして、竜神教が崇める竜神こそが、この地に魔王達を産み落とした元凶である大魔王なのだ!』
元々城壁の上には兵士などの戦う力を持つ人々が老若男女問わず集まっていた。
そんな彼らへと【神星天唱】の言霊による啓示を下す。
『立ち上がれ、シーディア王国の民達よ!無知蒙昧な竜神教にも、暴虐の化身たる魔王にも負けぬ戦う力を、この〈魔神〉がお前達へと授けよう!』
その宣言と共に、【星天権限】の派生スキルを発動させ、城壁の周りに集まっていたシーディア王国の者達の前へと光の球体を出現させる。
一人一人の前に出現した光の球体に触れると、その光の球体は二つに分かたれ、触れた人物に最適な武器とその身を守る光の鎧へと形態を変化させた。
イメージした通りに自由自在に光を支配する派生スキルである【神星天武】ならば、この程度のことはできる。
シーディア王国の者達が次々と目の前の光の球体に触れていく。
光の武具で武装した民の数はあっという間に国民の半分近くにまで膨れ上がった。
最後に、【審判権限】の派生スキルである【審判の刻】を発動させ、彼らの全能力値を一時的に五割ほど強化し、致命的な攻撃を一度だけ無効化する祝福を与えた。
これだけ支援すれば、今まで武器を取ったことのない者でもBランクぐらいの魔物なら単独でも倒すことができるだろう。
『恐れることはない。国を、家族を、親しき者達を守るために立ち上がったお前達には、魔神たる俺がついている。行け! その手で魔物から祖国を守り抜くのだ!』
「「「オオォーー!!」」」
俺の言葉を受けて城壁から歓声が沸き起こると同時に城門が開かれ、騎獣に騎乗した一団が飛び出していった。
一団の後に続くように徒歩で駆けていく者達も大勢いる。
よく見ると、騎獣に乗る者達の先頭にはシーディア王国の国王と王子がいた。
シアンの親族まで前線に出てくるとは少し意外だったが、よくよく考えたら不思議でもないか。
その上空に視線を移すと、そこには空飛ぶ水の船団の姿があった。
どうやら、兄王や甥と同様にシアン自身も参戦するようだ。
これだけの兵力があるならば、これ以上は地上の魔物の軍勢を気にする必要は無さそうだな。
「ウォオオォォ!!」
上空からの落下速度も加わった槍撃を弾くと、飛来してきたウルドラと向かい合う。
「随分と遠くまで行ってたみたいだな?」
「キサマ、よくも、我らが神を大魔王などと侮辱してくれたな!!」
「なんだ、聞こえてたのか。事実だよ、使徒という名の大魔王の眷属よ」
「ガァッ!!」
怒れるウルドラの口から放たれた虹色の竜の息吹を光剣で真っ二つに斬り捨てる。
場も盛り上がってきたことだし、漸く本番ってところかな?




