表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/411

第347話 竜神教



 ◆◇◆◇◆◇



 南方大陸の西部には、大陸内で最も美しいと評される白き建造物が存在する。

 その建造物は〈ウルメティム大聖堂〉という名を冠しており、この大聖堂がある聖都ウルメティムは南方大陸の土着信仰である〈竜神教〉の総本山だった。

 そんな南方大陸に住まう多くの人々から信仰を向けられている竜神教の中枢たるウルメティム大聖堂には、竜神教の中でも極一部の神官しか足を踏み入れることが出来ない聖域があった。

 現在、〈神託の間〉と呼ばれるその場所には、竜神教の聖衣を身に纏う二人の男女がいた。



「急な招集に応えよく来てくれました、使徒ウルドラよ」



 涼やかな声質の声を発する女性に対して、使徒ウルドラと呼ばれた男は跪ながら首を横に振る。



「我ら竜神教の聖主にしてナルタマルタ神聖国の聖女王であらせられるマルティナ様が御呼びとあらば、例え複数の魔王に囲まれていようとも喜んで馳せ参じましょう」



 ウルドラが冗談ではなく本気で言っていることが分かったマルティナは満足そうに頷く。

 竜神教の使徒に選ばれる条件の一つが、竜神教に対する強き信仰心であることから、竜神教を纏めているマルティナに対するウルドラのこの言葉は当然のことだった。



「使徒ウルドラの言葉を嬉しく思います。そんな使徒ウルドラならば、これより告げる試練も乗り越えられると信じております」



 試練という言葉を聞き、ウルドラの顔に緊張の色が混じる。

 これまでにマルティナ直々にウルドラへと告げられる試練は、そのどれもが使徒の身でも困難なモノばかりだったからだ。

 最も困難だった試練としてウルドラの脳裏に浮かぶのは、やはり巨人種の征伐だろう。


 ウルメティム大聖堂があるナルタマルタ神聖国を更に西に向かった先には、巨人種と呼ばれる巨大な人型魔物の勢力圏が存在する。

 巨人種は個体ごとに強さの差が著しい魔物だが、人間からすれば見上げるほどに身体が大きい点は共通しているため、その巨大さだけでも脅威だった。

 その巨人種の縄張りに存在する特殊な鉱物資源を確保するために、ウルドラは資源産出地一帯の巨人種の殲滅を命じられたことがあった。

 幾度となく命の危機を感じながらも巨人種を駆逐して試練を果たしたことにより、ウルドラの使徒としての名声は不動のものとなった。

 試練達成によって得られた鉱物資源のおかげで竜神教の力が一層増したことを思い出したウルドラは、此度の試練を乗り越えた先に待つ栄光に思いを馳せる。

 そのようなことを一瞬だけ考えたウルドラは、気持ちを切り替えてマルティナから告げられる試練の内容に耳を傾けた。



「試練を果たすのは使徒の勤め。是非ともお聞かせください」


「使徒ウルドラならば、そう言ってくださると確信していました。此度の試練はこれまでにない強さを持つ難敵が待ち受けていると、我らが竜神様より直々に神託がありました」


「なんと、竜神様からの試練ですか!?」



 基本的に竜神教の使徒が受ける試練とは、竜神教のトップであるマルティナが竜神教の力を高めるべく下す勅令のことを言う。

 だが、極稀に竜神教の信仰対象である竜神から、直々にマルティナへと神託が下ることがあった。

 自分達が崇める竜神の正体が、大魔王〈創世の魔王〉であることを知らない使徒ウルドラは、巨人種の征伐以来の竜神からの試練に歓喜した。



「はい。私からではなく、竜神様より使徒ウルドラへ向けての試練になります。試練の内容ですが、竜神様曰く、南方大陸の北部に悪しき塔が建てられたとのことです。この悪しき塔と、悪しき塔を建てた存在の排除が使徒ウルドラへの試練です」


「承知致しました。悪しき塔と申されましたが、どのような塔かお聞かせ願えますか?」


「強力な結界で姿を隠している異質な建造物だそうなので、一目見れば分かるとのことです」


「結界ですか……かしこまりました。それではすぐに出発し、必ずや邪悪な塔を打ち倒してみせましょう!」



 そう告げるウルドラに対して、マルティナは首を横に振る。

 ウルドラの自信は実力と実績に裏付けされた確かなものだが、此度の試練はそれだけでは決して達成できないレベルの強敵だった。



「我らが神によれば、今の使徒ウルドラの力では邪悪な塔を排除することも塔の支配者を討つことも不可能とのことです。そのため、使徒ウルドラには〈降神の儀〉によって、竜神様の力の一部を直接その身に宿した上で試練に臨んでいただきます」



 〈降神の儀〉と聞いてウルドラの目が大きく見開かれる。

 竜神教の使徒が竜神の力を直接受け入れ、一時的に竜神の眷属と化する〈降神の儀〉は過去に一度のみ行われた。

 先々代の使徒が眷属化した時は、当時の巨人種の王を討つためだったと記録されている。

 その巨人種の王に匹敵する強敵であることを理解し、ウルドラは無意識に緊張から喉を鳴らしていた。



「……竜神様が直接御力を貸していただけるとは。それほどの神敵、我が命に変えても必ずや討ち倒してみせましょう」


「期待していますよ。我らが神が此度の試練に際して賜えて下さるモノは降神だけではありません。戦力の増強と現地までの移動のために、竜神様がその御力を駆使して〈炎竜の魔王〉を一時的に従属なさったそうです」


「ま、魔王をですか!?」


「はい。竜神様が我ら信徒のために応えて下さりました。その慈悲の心に感謝し、必ずや試練を果たしてください」


「お任せくださいませッ!!」



 〈炎竜の魔王〉という俗称の偽りの魔王が、元より竜神こと〈創世の魔王〉の眷属であることを知らない二人は、神託の間から降神の儀が執り行われる儀式の間へと移動する。

 事前に待機していた高位の神官達によって、降神の儀の準備は既に完了しており、その様子から事態は自分の予想よりも緊迫していることをウルドラは察していた。

 必ずや邪悪な塔とその支配者を討つことを改めて誓いながら、ウルドラは儀式の間の中央に立った。


 やがて、降神の儀が開始された。

 高位神官達の祈りに乗せて大量の魔力が放出されていくと、室内に配置された大量の供物と聖物が次々と光の粒子となって消滅する。

 発生した青白い光の粒子は中央に立つウルドラの身体の中へと入り込んでいき、その身体を変化させていった。



「う、ぐっ、ぐああアあアアァァッ!?」



 ウルドラの絶叫が儀式の間を満たしても降神の儀は続く。

 身体の変化に耐えられず声を上げたウルドラも、使徒に選ばれた際に過去の降神の儀について口伝されており、彼自身も覚悟の上だからだ。

 降神の儀に参加した竜神教の高位神官の殆どが魔力枯渇により気を失った頃になって、漸く降神の儀は終了した。



「使徒ウルドラ」


「……ハッ。マルティナ様」


「どうやら無事に降神に成功したようですね」


「ご心配をお掛け致しました」


「構いませんよ。身体の調子はいかがですか?」



 降神の儀によりウルドラの身体は元の姿から一変していた。

 人族の上位種である戦人(ヴァトラー)族だった面影は一片も残っておらず、その姿はまさに異形と評されるモノだった。

 竜の頭部に全身に生えた揃った鱗など、言葉通りの意味で人型の竜となった今のウルドラを見て、彼だと気付く者が一体どれほどいるだろうか。

 儀式に参加していたマルティナや高位神官達、そして当事者であるウルドラだけは、竜頭人型の眷属と化した姿を喜びを以て迎え入れていた。



「そうですね……一言で申しますと凄いとしか言葉が出てきません。今の私ならば、かつての巨人種征伐を傷一つ負うことなく完遂することができると断言できます」


「それは素晴らしいことです。口伝によれば、降神により得られるのは竜の身体だけではないとか。そちらは賜りましたか?」


「勿論でございます。降神により、竜神様から〈統世竜使(キングー)〉の名と共に新たなユニークスキルを授かりました」



 竜神教の使徒に選ばれる条件の一つにユニークスキルの有無があった。

 これは、降神の儀の際に〈創世の魔王〉より与えられるユニークスキル【天命ノ書版(トゥプシマティ)】を受け入れられるだけの魂の許容量(キャパシティ)が必要だったからだ。

 肉体のだけでなく、ウルドラが元々有していたユニークスキルが上書きされて【天命ノ書版】となり、〈統世竜使〉という使徒型眷属として心身を完全に縛るための名を賜えられたことによって降神の儀は完了した。



「流石は使徒ウルドラです。貴方ならば神の力を受け入れられると信じていました」


「光栄です、マルティナ様」


「そんな使徒ウルドラには此方を授けましょう。これは、竜神教の開祖が竜神様より賜った神器〈混命神器(アプスー)〉です」



 マルティナの指示を受けて、高位神官の一人が一本の青白い槍をウルドラの元へと持ってきた。

 ウルドラは目の前の神器アプスーから、〈混成神器(トゥプシマティ)〉だけでなく今の自分自身ともよく似た偉大なる力を感じとっていた。



「使徒ウルドラよ。その神器を使い、必ずや竜神様の試練を果たしてみせなさい」


「必ずや試練を果たし、神敵を討つことを我らが神に誓いましょう!」



 今一度自らの神への誓いを口にすると、神器アプスーを手に取った。

 神器を受け取ってから儀式の間を去る後ろ姿は、まさに困難に立ち向かう英雄のようでもあった。

 ウルドラをはじめ、降神の儀に参加した誰もが彼の勝利を疑っていなかった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ