第346話 恩寵システム
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ここ一年ほど南方大陸を調査していて気付いたのだが、南方大陸の人間の身体能力は中央大陸の人間の身体能力よりも若干だが高い傾向にある。
あくまでも感覚的な話ではあるのだが、おそらく間違ってはいないはずだ。
中央大陸と比べれば文明的に劣る原始的な環境下で生き延び、人間の勢力を広げているだけあって、根本的な肉体の性能が強靭になっていったのだと思われる。
所謂、環境に適応したというやつだろう。
だが、そんな現地民であっても、生物としての分類は人間でしかなく、獣や魔物が持つような爪も牙もない身体一つでは出来ることは限られていた。
そのため、南方大陸では肉体の性能に縛られない強力なスキルを持つ者や、逆に肉体の性能を活かすことのできる武具自体の価値が必然的に高くなっていった。
そんな中、〈創世の魔王〉が生み出した擬似神器〈混成神器〉は、純粋な武具としての性能だけでなく特殊かつ強力な能力まで有していた。
まさに、南方大陸の人々が想像する全ての強さを備えた至宝だと言えるだろう。
間接的にではあるが、かの大魔王へと〈信仰〉が集まるのは当然であり、並大抵のことではこの状況を覆すことは難しい。
ただ性能の良い武器を提供するだけでは、混成神器へ依存する現状を打破することはできない。
なので、彼らには新たな依存先となる、強力な印象を残すであろうモノを用意することにした。
それが、この蒐奪迷宮〈グニパヘリル〉という迷宮と、その内部でのみ展開される〈恩寵システム〉だ。
[ダンジョンへの入場者を確認しました]
[〈恩寵:アイテム交換権限〉が与えられます]
[ダンジョンエリアに存在する祭壇にて指定された魔物の素材を捧げてください]
[祭壇に捧げた魔物の素材を対価に任意のアイテムを獲得可能です]
脳内に聞き覚えのある声が響き渡ると、脳裏に聞こえてきた通知と同じ内容が文章として浮かび上がってきた。
〈創造の勇者〉や〈精霊王〉といった称号効果だけでなく、ユニークスキルである【強欲神皇】の力や特殊系スキルである【世界法則干渉】などを使って構築したシステムなのだが、ちゃんと俺以外にも適用されているだろうか?
「これが、南方大陸の迷宮だけの新しい仕様ってやつなの?」
「ああ。マルギットには何て聞こえてきた?」
「ギフトが与えられたって聞こえた後は、祭壇に魔物の素材を捧げて、対価としてアイテムを獲得可能だ、っていう内容が聞こえたわ」
「そうか。他の皆も同じ内容だったか?」
マルギット以外の面々にも尋ねてみると、頷きが返ってきた。
また、最初に音声で聞こえてきた内容が文字情報として脳裏に残っていて、任意で内容を振り返れる仕様もちゃんと適用されていることも分かった。
「というか、この通知の音声って、淡々とした感じだけど、ご主人様の声よね?」
「ああ。よく分かったな」
「そりゃあ分かるわよ。感情が篭ってないから少し分かり難かったけど」
「機械的な音声案内の方が公平っぽいだろ?」
「確かに」
カレンが言うように、この恩寵システムの通知機能には俺の肉声を使っている。
肉声を使っている理由は、この迷宮を生み出し、南方大陸の人々に恩恵を与えているのは誰なのかを教えるためだ。
無意識下に刷り込んでいるとも言える。
今後、〈創世の魔王〉が得ていた〈信仰〉を奪うにあたって重要な要素になるので、音声案内は必要不可欠だった。
「対価を捧げてアイテムを得る、か。このギフトってやつを使って、リオンは現地民に武具を与えるつもりなのか?」
「武具だけに限らないぞ。実際に祭壇に向かうと分かるが、武具以外のアイテムも手に入れられる。このギフトが与えられたから光の柱が見えるようになったはずだ。あの光の柱の下に祭壇がある」
シルヴィアの疑問への答えとして、彼女達を祭壇がある場所へと案内する。
道中で遭遇した魔物に関しては、討伐した後は解体せずにそのまま回収させることにした。
出現した全ての魔物を倒し、その死体を彼女達が持つ【異空間収納庫】の収納空間へ収納していく。
この【異空間収納庫】は、賢能宝珠を開発した際に彼女達にプレゼントした【異空間収納庫】のスキルオーブによって取得したものだ。
元々【異空間収納庫】を持っていた者には、代わりのスキルオーブをプレゼントしている。
そのため、彼女達は荷物が増えるのを気にすることなく魔物の死体を回収していった。
程なくして、ダンジョン内に広がっていた森が拓けて、目的地である祭壇がある広場へと到着した。
「思っていたよりも派手なのね」
「地味よりは良いでしょう」
セレナが言うように、〈恩寵:アイテム交換権限〉で使う祭壇は黄金色で非常に派手な見た目をしていた。
流石に黄金色は派手過ぎたかなと少し思っている。
「黄金色だと、この祭壇自体を持ち帰ろうとするんじゃない?」
「祭壇は此処に空間的に固定化されているので、動かすことも壊すことも出来ないんですけどね。故意に攻撃したら自動防衛機構が発動しますから、盗み出すことは不可能ですよ」
「リオンくんがそう言うからには、余程強力な防衛機構なんでしょうね……」
「少なくとも、南方大陸の人々では太刀打ちできないと思いますよ。それはそうと、セレナ先輩の言う通り派手過ぎた気がしますので、祭壇の色は変えておきます」
祭壇に向かって軽く手を振ると、祭壇の色彩が黄金から艶感のある漆黒へと変化させた。
「これでどうです?」
「んー、まぁ黄金よりかはマシになったと思うわ」
「それなら良いです。じゃあ、祭壇に近付いてみましょうか」
全員で祭壇に近付くと、次は音声無しに情報のみが脳裏へと入り込んできた。
[〈恩寵:アイテム交換権限〉で交換できるアイテムの一覧を表示します]
[アイテム名に意識を向けることで、対象アイテムの獲得に必要な対価の情報が開示されます]
この二文の後に交換アイテムの名称が脳裏に羅列されていく。
適当に〈上質な鉄剣〉へと意識を向けると、必要な対価は〈灰色魔狼の毛皮〉が三個必要だという情報が開示された。
問題なく機能していることを確認していると、情報を確認していたエリンが声を掛けてきた。
「……ご主人様。この仕様ですが、ポイント制には出来ないのでしょうか?」
「ポイント制?」
「はい。目的のアイテムを手に入れるために対価となる魔物の素材を獲得する仕様は良いと思うのですが、これだと特定の魔物のみに討伐が偏ると思われます。ですので、どの魔物の素材を捧げた場合でも、獲得できる数が違う以外は同じポイントが得られるほうが分かりやすいですし、積み重ねていけば誰にでもチャンスが生まれます」
「なるほど。そう言われてみると、エリンの言うことは尤もだな。翻訳機能の応用で交換アイテムがどのようなアイテムなのかを理解できるようにしているんだが、この機能をポイント制のポイント計算にも使えばどうにかなるか?」
「ポイント制で使うのは加法と減法ぐらいですよね?」
「そうなるな」
「その程度ならば現地の人々も必要に駆られて、自然と独力で学ぼうとするかと思います。寧ろ、ご主人様の迷宮の恩恵に預かる者達の学力向上に繋がりそうですから、計算機能に関しては敢えて実装しないというのもアリかと」
「ふむ。そういう考え方もあるか……」
まぁ、今の計算力でも最低限の金銭のやり取りは出来てるし、そもそも対価が足りなければ交換自体が出来ないのだから、計算力は気にすることはなさそうだな。
エリンの言う通り、必要に駆られれば生まれに関わらず頭を使うようになるだろうし、その逆転の発想から得られるものもあるだろう。
「エリン様の仰る通りかと思われます。付け加えますと、現状の仕様ですと各交換アイテムごとに必要な素材が異なりますから、その指定の魔物を探索する労力や、素材を交換可能な状態で討伐する技量を持つ方が大変そうです」
「確かに、シャルロットの言う通り、現状だと必要対価を確保する難易度が高すぎるかもしれないな……ポイント制に変えておくか」
ポイントの計算の難易度と、対価に使える状態の必要素材の確保の難易度だと、前者の方が楽だろうな。
素材の状態が良いと得られるポイントにボーナスを付くようにすれば、自然と解体技能も上がりそうだ。
その解体技能は計算技能と同様に、グニパヘリルの外でも活かせるだろう。
祭壇の色を変えたように現状の恩寵システムのアイテム交換権限の仕様を変更した。
流石に祭壇の色を変える時よりも時間がかかったが、指定素材制からポイント制へと仕様の変更を行なった。
エリン達が祭壇までの道中で確保した魔物の死体を使って、獲得ポイントの違いを確認する。
ちゃんと設定通りに、素材状態の良し悪しでポイント数に変化が生まれていることが確認できた。
祭壇接近時に脳裏に送り込まれる交換アイテムの情報も、アイテム名の横にポイント数が表示されるだけのシンプルな仕様に変わっており、送り込む情報量が激減するという意味でもポイント制には大きなメリットがあった。
今の仕様の方が南方大陸の者達も比較的扱いやすいだろう。
指定素材制のイメージは前世のRPGゲームとかにあった『お使いクエスト』だったんだが、現実ではそう上手く機能させることは出来なかったようだ。
「ご主人様。恩寵:アイテム交換権限って言うからには、他にもギフトの種類があるんでしょ?」
魔物の死体を祭壇に捧げて得たポイントで交換した飴玉を口内で転がしながら、カレンが他のギフトについて確認してきた。
当然のことだが、アイテム交換権限の他にもギフトは存在する。
「恩寵:アイテム交換権限は初めてこの迷宮に入った際に自動的に皆に与えられるギフトだが、他のギフトに関しては今後設立する宗教にて与えられる予定だ」
「宗教で?」
「ああ。南方大陸には、この大陸を守る偉大な竜を崇める〈竜神教〉という宗教があるんだが、その実態は大魔王〈創世の魔王〉を崇める宗教なんだ。だから、大魔王へと向かう信仰力を削ぐため、南方大陸の者達の信仰先を別に用意することにしたんだ」
「その信仰先が、ご主人様が設立する宗教なのね」
「そういうことだ。そこでは、この迷宮内でのみ効果を発揮するギフトを与えることで、そのギフトの力を活かして迷宮内での成長を促すというわけだ。だからその宗教内でギフトを祝福として与えない限りは、得られるギフトはアイテム交換権限だけになるな」
その宗教で竜神教を、ギフト込みのグニパヘリルで混成神器を、そして俺自身で大魔王の眷属へそれぞれ対抗することで、大魔王の力を削ぐ予定だ。
ある種の三位一体の構造だな。
「何ていう名称の宗教なんだ?」
「色々悩んだんだが、最終的に〈魔神星教〉にしたよ」
「魔神星教? 随分と紛らわしい名前にしたのね」
シルヴィアからの問いに答えていると、マルギットから呆れの混じった反応が返ってきた。
名付けた俺自身も、紛らわしい名前だと思っているけどな。
「勇者教とか賢勇教とかいう名称よりかはマシだろう?」
「まぁ、その二つよりはマシね。〈魔神〉っていうのも、結構リオンにピッタリだと思うし。ねぇ、シルヴィア?」
「確かにな。リオンって、ある意味では色んな魔を支配しているし」
「それって褒めてるのか?」
宗教名で良い案がないか自分のステータスを確認した際、ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の内包スキルにあった【黄金魔神の指環】という名を見て、直感的にコレだと思い〈魔神星教〉に決めた。
マルギットとシルヴィア以外の皆も同意するように頷いており、彼女達がピッタリだというなら間違いではなかったようだな。




