第341話 星の使徒
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「──ふむ。やはり無理か」
目の前に建っている二十メートルほどの高さの黒い塔が僅かに震えている。
塔全体が振動しているため判りにくいが、徐々に塔が上方に向かって動いていっており、その様はまるで大地が異物を排出しているようにも見えなくもない。
「〈削除〉」
そう呟くと、ユニークスキル【祝災齎す創星の王】の内包スキル【迷宮創造】の力で創造した迷宮が消滅していく。
普通の建造物のような構造で迷宮である塔が建っていたわけではないため、迷宮が消滅した後の地面に大穴は空いておらず、平らな地面が残るのみだった。
「はぁ。やっぱり、帝王権能級のユニークスキルの力だけでは大魔王から力を奪うには力不足か……」
広大な南方大陸と一体化している大魔王〈創世の魔王〉から力を奪うべく、その手段としてユニークスキル製の人造迷宮を使うことを決めたのは良かったものの、根本的な問題にぶつかってしまった。
俺の〈強欲〉たる力の根源たる【強欲神皇】自体は神域権能級ユニークスキルなので、大魔王から力を奪う出力としても質としても問題はない。
だが、その強奪の力を大陸という巨大な肉体の深部に届かせるための道具である迷宮の力が足りず、強奪の力を発揮して間もなく南方大陸から排除されてしまった。
ハードウェアの性能が低い所為で、高性能ソフトウェアの力を十全に発揮できないイメージが近いだろう。
この問題を解決するには、迷宮を創造する力を持つ【祝災齎す創星の王】を強化すればいい。
一言にユニークスキルの強化と言っても方法は二つある。
一つは、現在の等級である帝王権能級から、より上位の神域権能級のユニークスキルへとランクアップさせることだ。
しかし、いくら俺がユニークスキルをランクアップさせやすいとはいえ、必要な材料がなければ実行することはできない。
もう一つの強化方法は、他の力を使って【祝災齎す創星の王】の【迷宮創造】の力を強化することだ。
既に現時点でも様々な力によって【迷宮創造】は大幅に強化されている。
帝王権能級のユニークスキルなのに、一時的だが大魔王の身体とも言える南方大陸に迷宮を創造出来たのが、何よりの証拠だ。
だが、俺が求めているのは永続的な迷宮の維持なので、一時的では意味がない。
一つ目のユニークスキル自体のランクアップは現状では不可能なので、取るべき方法は自然と二つ目の他の力による支援を受ける形での強化方法になる。
問題はその力のアテがすぐには思いつかないことなんだが。
「どうやって迷宮の力を強化したものか……」
『なぁ、ご主人』
「ん? どうしたサラマンダー」
俺が南方大陸の地で一人悩んでいると俺と契約している六大精霊の一体である火の大精霊が、異界にある俺の固有領域〈強欲の神座〉から念話で突然声を掛けてきた。
『今って、大陸と一体化している大魔王に、ご主人の迷宮を造る力が通じ難いって話なんだよな?』
「そうなるな」
『それだったら、ご主人の〈星〉の力を強化すれば解決するんじゃないか?』
「〈星〉の力? 〈創造〉ではなくてか?」
『ええ、〈星〉の方よ。だって、大魔王は大陸という星の一部と一体化しているじゃない。それは大魔王自体が星の一部だと言えるわ。だから今のマスターに必要なのは大魔王という星に干渉する力の強化よ。星に干渉する力が強まれば、大魔王の抵抗を弱めることもできるはずよ』
サラマンダーとの念話の途中で水の大精霊が話に混ざってきた。
そのウンディーネの言葉に同意するような意思が他の五体の大精霊達からも伝わってくる。
どうやら六大精霊全員が話を聞いていたらしい。
『それに、〈星〉の力が増せば、自然と迷宮を生み出す力も増す。何故なら、アレは元々〈神〉と〈星〉が〈創造〉したモノだからな』
「神造迷宮と幻造迷宮のことか」
『そういうことだ』
「なるほど」
追加で土の大精霊から齎された情報に納得する。
元より巨塔こと神造迷宮は、神々が人類へと贈られた試練であり恩寵だ。
その〈神〉の神造迷宮を模して〈星〉が生み出した紛い物の〈幻造迷宮〉という存在を考えれば、【迷宮創造】の力が強化されるのも道理だと言える。
「だが、既に関連してそうな力は取り込み済みだぞ。伝説級最上位の豊穣の冠とかな」
豊穣の冠こと〈豊穣なる黄金角冠〉には、〈星〉とも関わりのある〈豊穣〉の力が宿っている。
〈黄金の魔女〉の固有魔法『欲深き強欲の蒐獲祭』により選択獲得した〈蒐獲物〉なのだが、豊穣の力を使う度に頭に被るのが面倒くさくなって、ある時その能力を剥奪していた。
その際に【豊穣権限】【黄金土壌】【豊穣なる祝福】の三つの能力を得たが、今回の件には特に役立つことはなかった。
農業や霊地関連では大活躍なんだけどな。
『マスターは忘れている。〈悲嘆の魔王〉の存在を。ボク達のかつての王の成れの果てを。〈星の使徒〉たる精霊達の王の力を得れば、マスターの〈星〉の力も高まるはず』
「……〈堕ちた精霊王〉か」
闇の大精霊の言葉にその存在を思い出す。
〈精霊王〉とは、その名の通り六大精霊達をはじめとした精霊達の王だ。
精霊達にとって必要不可欠な存在なのだが、現在はその玉座は空位に近い状態にあった。
何故ならば、今の精霊王は人類に対する失望と怒りで反転し、〈魔王〉となってしまっているからだ。
称号名〈悲嘆の魔王〉、通称を〈堕ちた精霊王〉というその精霊王は、かつて大勇者〈理想の勇者〉の使い魔だったらしい。
しかし、〈理想の勇者〉が仕えていた国や守っていた人々に裏切られて処刑された際に、契約主の死を嘆き、裏切った人類に怒り、魔王と化してしまった。
時をそう置かずに、死した〈理想の勇者〉が〈絶望の魔王〉として復活し、自らを陥れた国家と人々に対する殺戮を開始した。
当時のエリュシュ神教国は、ほぼ同時に誕生した二体の魔王のうち、より危険度の高い〈悲嘆の魔王〉を封印することに決めた。
〈悲嘆の魔王〉は、魔王化してもなお〈精霊王〉であることに変わりはなく、このまま放置しておくと配下の無数の精霊達までもが魔王化した精霊王の影響を受ける可能性が高かった。
少なくとも、直下の六体の大精霊達に関してはほぼ間違いなく魔王化すると当時のエリュシュ神教国の上層部は予測していたそうだ。
結果、当時のエリュシュ神教国所属の超越者〈境界王〉によって、〈悲嘆の魔王〉は封印された。
今は亡き〈境界王〉がそのように動いていた一方で、他の〈天弓王〉〈天喰王〉が何をしていたかと言うと、〈理想の勇者〉を陥れた国に助力し、間接的に裏切った二つの国を滅ぼしていた。
同じ超越者であり友であった〈理想の勇者〉が、取るに足らない愚者達によって殺されたことによる報復だ。
少し前に寝物語に天喰王からその時の聞いたのだが、彼女の弁によると『あの頃の儂らは若かったからな。優しかったあやつを陥れた奴らと、そんな奴らに国を任せている民を殺すのに躊躇いはなかったのう。ん? 後悔しているかか? ふむ……国一つを滅ぼしたのはやり過ぎた気がしないでもないが、後悔は一切ないのう。また同じことが起こっても、儂は躊躇わんじゃろうのう。弓ジジイに関しては知らぬがな』とのことだった。
弓ジジイこと天弓王も私怨により国を一つ滅ぼしているが、リンファほど酷くはなく、殺したのは〈理想の勇者〉を裏切った者達だけだ。
ただ、その裏切りの基準はジークベルト次第であり、かの国の上空からは一射一殺の矢が天を埋め尽くさんばかりに降り注いだらしい。
まぁ実際のところ、国を象徴する城などの建物や施設は跡形も無く破壊されたが、奇跡的に人的被害は大したことではなかったと後世の記録に残っているため、彼が直接殺した人数はそこまでではない思われる。
最終的にリンファもジークベルトも国を滅ぼしたには変わりないことを考えれば、直接的か間接的かの違いだけで大差はないんだろうけどな。
当時いた四人の超越者のうち、処刑された〈理想の勇者〉を除いた三人のうちの二人がそのように動いたことを考えると、残る〈境界王〉がエリュシュ神教国の決定とはいえ、〈悲嘆の魔王〉の封印を優先したことについて深読みしてしまうな。
ま、今は亡き彼女の胸の内について知っている可能性があるのは、彼女の夫であるジークベルトぐらいだろう。
「魔王化したとはいえ、お前達の王だろう。倒してしまっていいのか?」
『遠慮していたの?』
「まぁな」
風の大精霊からの問いに頷きと共に答えを返す。
魔王化から戻す方法があるのかは分からないが、戦闘中は魔王の封印状態が解かれるため、戦闘を長引かせてしまうとその時間だけ精霊達へ精霊王の魔王化の影響が広がる可能性が高まっていく。
なので、魔王化から元に戻す手を探る暇は無いだろう。
『気にする必要はないよ、ご主人様。寧ろ、解放してあげて欲しい。優しかった王が人類への憎悪に狂ったままの状態でいることの方が辛いかな……』
光の大精霊に同意する他の大精霊達の強い意思と悲しみの感情を感じる。
そういうことなら、これ以上は何も言うまい。
「……分かった。それじゃあ、大魔王を倒すためにも、封印されている〈悲嘆の魔王〉を倒すとしようか」
そのためにも先ずは、〈悲嘆の魔王〉の封印場所を管理しているエリュシュ神教国へ向かう必要がある。
ま、他の魔王も倒したければ倒しても構わないと言われたことがあるので、すぐに話はつくだろう。




