第340話 報告と方針
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「──南方大陸の開拓を兼ねた大魔王の討伐か……」
場所はアークディア帝国帝都エルデアスの中心地たる皇城ユウキリア。
その皇城内にある皇帝の執務室にてヴィルヘルムと宰相の二人と談合していた。
話の内容は、ここ一年ほど関心を寄せていた南方大陸についてだ。
二人には俺が書いた南方大陸の調査報告書と開拓計画書の二つの書類に目を通してもらった。
今回は南方大陸への本格的な介入を行う許可を得るために登城している。
「はい。領地の安全は飛び地のゴベール地方含めて十分に確保されました。属国となったゴベール戦役で敗戦した三ヶ国の情勢もこの一年で安定しましたし、参戦していない他二ヶ国との関係も良好です。その属国の一つと国境を接することになったロンダルヴィア帝国ともアナスタシア殿下を介して良好な関係を築けています。異大陸の開拓に取り掛かるには良い機会だと判断しました」
「ふむ。確かに、エクスヴェル領への外敵に心配はなさそうだな」
「ゴベール戦役にてエクスヴェル公の配下が見せた力を知れば、他国は公の領地に手を出すことはないでしょう。干渉するつもりならばゴベール大砂漠の周辺諸国で情報を集めるでしょうし、そうなれば、自然とゴベール戦役でのことが耳に入ります。生き証人とはよく言ったものです」
ゴベール戦役にて侵攻してきた三ヶ国連合の兵士達の多くは、俺のエクスヴェル公爵軍と戦って死亡した。
そんな戦場で散った敵の兵士達を全て生き返らせた上で帰国させることで、エクスヴェル公爵軍の力を周辺諸国に広める生き証人になってもらっていた。
その試みは大成功で、ゴベール地方の中心都市であり交易都市である黄金都市アヴァロンは、安全度が上がったことで以前にも増して大盛況だ。
エクスヴェル公爵軍と連合国軍が接敵したタイミングで、連合国の一つパルディーン商国に隣接するアムラー王国へ第七皇女アナスタシアが率いるロンダルヴィア帝国軍が侵攻を開始した。
賢塔国セジウムにある俺の黒の魔塔にて開発中の試作機甲錬騎二種を実戦投入して行われた侵攻戦は、アナスタシア達の勝利で終わった。
その後、ロンダルヴィア帝国の属国となったアムラー王国は、アナスタシアの意向によってアークディア帝国と友好を結ぶための窓口となった。
ロンダルヴィア帝国における敗戦国の扱いは、侵攻軍の責任者であるロンダルヴィア皇族の意見が反映される。
アムラー王国への侵攻軍の責任者はアナスタシアなので、アムラー王国方面については心配する必要はない。
「このまま領主として領地の運営に尽力するのも良いですが、通常業務ならば部下達だけでも問題ないようなので私は新天地の開拓を行う方が効率的かと思います。何かあっても転移にてすぐに戻って来れますのでご安心ください」
「この資料には南方大陸と中央大陸間の超長距離転移は、南方大陸と一体化した大魔王が発する魔力によって阻害されていると書かれている。その点はどうなっているのだ?」
「私一人だけの転移なら可能です。他者を連れての転移となると、その人数が増えるにつれて消費魔力量が爆発的に増大するようですね」
「ならば問題なさそうだな。先日の会議で話したように、近々国土を広げるつもりだ」
アークディア帝国とハンノス王国による戦である〈錬魔戦争〉の終結から二年以上が経過した。
錬魔戦争での傷も癒え、ハンノス王国を下したことで増大した国力の掌握と戦力の補充を終えたアークディア帝国は、今年最初の御前会議にて新たな戦端を開くことが決まった。
アークディア帝国という国号が示す通り、アークディア帝国は他国を侵略し国土を広げる帝国主義国家だ。
だが、先々代の愚帝の時代に他国へ侵攻して敗北を重ねた結果、アークディア帝国の国力は大きく減退した。
そんな負の遺産を継ぐことになった先代の賢帝の尽力で、アークディア帝国が割れるのを防ぐことができた。
そして、今代の皇帝であるヴィルヘルムによって、愚帝の時代に奪われた土地が奪還されたことで、かつての帝国の栄光を取り戻していた。
つまり、漸く本来の国の姿に立ち返れるようになったわけだ。
皇帝であるヴィルヘルム個人の意思がどうあれ、帝国の威を国内外に示すためには、他国への侵略を行わないわけにはいかないだろう。
前回の戦である錬魔戦争──ゴベール戦役は実質的に俺個人と連合国の間に起こった戦なので除く──の終結から、二年経っての新たな戦争が早いか遅いかは知らないが、元より予想できていたことなので、会議の場で聞かされても驚きはなかった。
俺が〈聖金霊装核〉を提供したのも、次の戦に備えてアークディア帝国の戦力を強化するのが目的でもあるしな。
「知っての通り、次の戦は錬魔戦争の時とは違い、かつての帝国の地を奪還するわけではない。そのため、元より〈勇者〉であるリオンを駆り出す予定はないが、帝国貴族としてエクスヴェル公爵家からは戦力を出してもらわなければならない。その点に支障はないか?」
「まだ領地持ちの貴族になって間もない新興貴族なので兵の数は多くありませんが、広大な領地を守るのに必要な兵力以外は派兵できるかと思います」
「うむ。それならば良い。南方大陸の開拓を許可しよう。派兵の方にも期待しているぞ」
「はっ、かしこまりました」
ヴィルヘルムが期待しているのは、おそらくエクスヴェル公爵家の特級騎士である白星騎士だろう。
だが、あれは領地を守るための抑止力のようなものだ。
抑止力を簡単に使っては抑止力にならないので今のところ派兵する予定はない。
とはいえ、通常の兵士や騎士達だけでは数も少ないし、公爵家の戦力としては見劣りするよな。
白星騎士になれるほどの実力や才能はないが、鍛えればそれなりに強くなる者達はいるし、派兵用の騎士として育てておくか。
開戦までまだ時間があるから育成は間に合うだろう。
「エクスヴェル公は今後は南方大陸の開拓に専念されるのですか?」
「そうしたいところですが、こちらでも領地運営などやることがありますので、暫くは二つの大陸を行き来することになると思いますよ、宰相閣下」
「そうでしたか……」
「何か問題でもありましたか?」
「それは」
「いや、余から話そう。実はな、リオンにテオドールとヴィルヘルミナの家庭教師を頼みたかったのだ」
宰相が言い淀んでいるから何かと思ったら、どうやらヴィルヘルムの子供達の教育係を頼むつもりだったらしい。
「なるほど、そういうことでしたか。光栄なことですが、私には領地の経営と南方大陸の開拓がありますので……」
「分かっているとも。南方大陸の開拓があるのに余の子供達の教育まで任せたりはせんよ。ただ、時間がある時は二人に会ってやってくれ。父親の余よりもリオンの姿をよく探しているからな……」
「は、はい、承知しました」
最後の方は落ち込んでいたヴィルヘルムを置いて、宰相と少し話してから執務室を後にした。
さっそくテオドールとヴィルヘルミナに会おうかと思ったが、マップを見る限り二人は今お昼寝の時間のようだ。
仕方ないので二人に会うのは後日にするとしよう。
「さて、これからどうするかな」
皇城にいる分身体に向けていた意識を本体に戻すと、今後の方針について改めて考える。
取り敢えず、南方大陸に同化している〈創世の魔王〉を弱体化させるために色々動く必要がある。
南方大陸という広大な大地と一体化している大魔王から直接奪えれば一番だが、現時点では文字通り手が届かないので不可能だ。
まぁ、南方大陸全てを塵にしていいなら別だが。
「ふむ。迷宮でも作ってみて、迷宮経由で大魔王から力が奪い取れるか試してみるか」
迷宮は大地と繋がっているため大魔王から力を奪う手段として使えそうだ。
従来の迷宮では無理だが、当の大魔王の精神体から奪った【世界法則干渉】と【世界ノ楔】があれば出来る気がするんだよな。
「ま、一先ずやってみようか」
そう決断すると、南方大陸の地にはこれまで存在しなかった迷宮を創造することにした。




