第338話 不動神器
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南方大陸に一体化した大魔王〈創世の魔王〉が作り出した十一個の擬似神器〈混成神器〉。
これら混成神器の能力に関する調査を開始してから半年が経った。
詳細に調べられたとは言えないが、それぞれの混成神器のおおまかな能力については判明した。
加えて、混成神器の内、南方大陸の者達から〈魔王〉と呼称されている大魔王の眷属、もとい魔王モドキに使用者共々堕ちた混成神器と、その外見についても明らかになった。
また、調査の過程で、魔王モドキに堕ちた姿は混成神器と一体化する混成形態の姿と同一であることも分かった。
全ての混成神器について纏めると以下のようになる。
〈蛇毒神器〉。
様々な毒を生成し、それらに対する耐性を使用者に与える能力を持つ。
混成形態は角と翼が生えた深緑色の巨大な毒蛇であり、混成形態では飛行可能になり、更には他の毒蛇を生成・支配できるようになっている。
魔王モドキに堕ちて長く、元は禍々しいデザインをした深緑色の短剣型混成神器だったらしく、魔王としての通称は〈毒威の魔王〉。
〈炎竜神器〉。
形状自在の炎を操る能力を持つ。
混成形態は四足歩行の竜の形をした炎で、混成形態では実際の竜種の如く竜の息吹が使えるようになっている。
魔王モドキに堕ちて日が浅く、燃える炎のような色合いの大剣型混成神器だったらしく、魔王としての通称は〈炎竜の魔王〉。
〈泥水神器〉。
体力魔力などを奪う灰色の泥を生成・操作する能力を持つ。
混成形態は三つ目にケーブル状の長髪が生えた泥状の灰色の人型異形で、混成形態では味方に泥を纏わせて強靭な擬似武具を与えることが可能になる。
青い宝石を冠する灰色の長杖型混成神器で、現在の使用者は都市国家群〈アルガト王国〉の君主であるスイン王。
〈死獣神器〉。
身体能力の強化と凡ゆる病毒を生成し、その耐性を使用者に与える能力を持つ。
混成形態は黒色の獅子頭の人型異形で、混成形態ではアンデッドを生成・支配できるようになっている。
魔王モドキに堕ちて長く、元は鉤爪の付いた黒い手袋型混成神器で、魔王としての通称は〈死使の魔王〉。
〈狂獣神器〉。
使用者の全能力を強化し、魔獣を操る能力を持つ。
混成形態は銀色の獅子頭を持つ人型異形で、混成形態では魔獣を操る以外に、それらの魔獣達を超強化状態である狂化状態にもできるようになる。
魔王モドキに堕ちてそれなりに長く、元は銀色の牙の王冠型混成神器で、魔王としての通称は〈憤怒の魔王〉。
〈蠍鎧神器〉。
蠍の殻の如き硬い防御力と、鋏の如き鋭さを持つ刃の武器を具現化する能力を持つ。
混成形態は鎧と同化したことで蠍のような尻尾が生え、一対の鋏状の巨腕が追加され、混成形態では凡ゆる毒を操り、その耐性すらも持つようになっている。
追加された鋏腕と尻尾からは毒や魔力の砲撃が撃てるらしい。
濃紫色の全身鎧型混成神器で、現在の使用者は尚武の国〈ヴァララム王国〉の君主であるラスラーグ王。
〈豊水神器〉。
様々な性質の水を生成・操作する能力を持つ。
混成形態は下半身が人魚のようになり、上半身は水の輪っかを纏った姿になる。
混成形態では水中と空中で自由自在に行動できるようになり、陸地でも大規模な水害を起こせるようになるらしい。
水色の宝石を中心とした豪奢なデザインのサークレット型混成神器で、現在の使用者は宗教国家〈ナルタマルタ神聖国〉の君主である聖女王マルティナ。
〈天牛神器〉。
使用者に強靭な身体能力を与えるだけのシンプルな能力を持つ。
混成形態は見上げるほどに巨大な牛で、混成形態では雷を操れるようになる。
金色に様々な宝石で彩られた派手な外見の大斧型混成神器で、現在の使用者は蛮族〈グガーラ族〉の首領であるガラン。
〈七竜神器〉。
見た目の質量以上の伸縮自在さを持つ鞭型混成神器と、毒を操る力と耐性を使用者に与える能力を持つ。
混成形態は七色の鱗を持つ多頭竜で、混成形態では毒に加えて風も操れるようになる。
光の加減で色彩が七色に変化する鞭型混成神器で、現在の使用者は南方大陸で二番目に大きな国家〈セヴァード王国〉の君主であるリュウヴ王。
〈不動神器〉
身体能力の強化と他者を弱体化することができる能力を持つ。
混成形態は王冠の如き角が生えた巨大な黒竜で、混成形態では他者だけでなく万物をも弱体化できるようになる。
魔王モドキに堕ちて長く、元は黒一色の長剣型神器で、魔王としての通称は〈怠惰の魔王〉。
〈熱嵐神器〉。
周囲の熱と風を操る能力を持つ。
混成形態は翼の生えた獅子で、混成形態では更に病毒まで操れるようになるんだとか。
オレンジ色の刃を持つ翡翠色の刀剣型混成神器で、現在の使用者は南方大陸最大の国家〈バハーズ帝国〉の君主である皇帝ギルム。
以上が、十一の混成神器の能力と現状だ。
あくまでも現時点で分かっている範囲内での混成神器の能力でしかないので、秘匿している能力があるかもしれないという可能性は、常に頭に入れておいた方がいいだろうな。
「思ったよりも調査に時間が掛かったが、おかげで標的は決まったよ。なぁ、おい」
俺の気配を感じて目を覚ました、少し離れた場所にいる黒竜に話しかける。
〈怠惰の魔王〉の通り名で呼ばれる〈不動神器〉の魔王モドキ──他の魔王モドキと区別するためにウシュムガルと呼ぶとしよう──は、普段は南方大陸の地底にて眠りについている。
だが、一度目を覚ますと、必ず国を滅ぼしてしまうため、現在五体いる魔王モドキ達の中では最悪最恐の魔王と現地民から呼ばれているらしい。
そんないつ目覚めて国を滅亡させるか分からない特大の爆弾は、今後の南方大陸での活動において邪魔でしかないので、俺で保有し詳しく研究する混成神器の対象に選ばれた。
「グルルル……」
「姿だけでなく人の言葉すらも忘れたか。かつての大陸の英雄が身も心も大魔王の眷属に堕ちてしまっては忍びない。その魂を解放してやろう」
「グォアアァァーーッ!!」
溜めの動作もなくウシュムガルから闇のブレスが放たれてきた。
一瞬後に到達する闇のブレスに対し、ユニークスキル【正義と審判の天罰神】の内包スキル【星天権限】の派生スキル【神星天武】を発動させ、生み出した黄金色の光剣で闇のブレスを斬り裂いた。
自由自在に神性+星属性の光を支配する【神星天武】と、同派生スキル【星天光源】による光属性を常時超絶的に強化する効果によって、この光剣の性能は神器に匹敵する。
本物の神器と打ち合えるレベルではあるが、俺が持つ二振りの神刀のような特殊な効果はないため、イメージとしては使い捨て可能な量産型の光の神剣といったところだろう。
自由自在に支配できるため、剣の形状に限らず槍の形状にもできるが、やはり刀剣が一番使いやすい。
「グルゥア──」
「〈封〉」
ブレスが無効化されたウシュムガルが次の行動を取ろうとするのを、【星天権限】と同じ内包スキルである【審判権限】の派生スキル【神縛の檻】を使って、周囲の空間ごとウシュムガルを隔離・拘束する。
そこらの魔物ならば、俺の魔力が続く限りは封じられるのだが……長くは保たなさそうだ。
「流石は神器を騙るだけはあるらしいな」
不可視の檻に罅が入り出したのを眺めながら、ウシュムガルの詳細な戦闘データを収集する。
混成神器を調べるならば、今の大魔王の眷属時のデータもあった方がいいからな。
どうやら、ウシュムガルの全身から発せられる黒い波動に檻が侵され、【神縛の檻】の効力が弱体化しているようだ。
噂通りの力だが、神域権能級ユニークスキルの力にも通じるレベルとは正直思わなかった。
序列二位の大魔王が生み出した混成神器の力を少し侮っていたかもしれない。
「特殊性は分かった。では耐久性はどうだ?」
持っていた黄金の光剣を空中に放り投げると、切っ先をウシュムガルに向けた状態で空中に停止した光剣の周りに、同じ状態の光剣を大量に生成した。
ウシュムガルが拘束を破った瞬間、それらの光剣を殺到させる。
数えるのも馬鹿らしいほどに無数の光剣がウシュムガルに直撃していく。
ウシュムガルは光剣の雨に対しても弱体化の黒き波動を放ち、その飛翔スピードと光剣の構成を弱体化させていた。
とはいえ、元々の速度と構成の強靭さから、黒い竜体に届くまでに然程弱らせることは出来なかったらしく、光剣はウシュムガルの巨体に次々と突き刺さっていった。
「ふむ。素の肉体強度も非常に頑強、っと。混成神器の強度が肉体の耐久性に反映されているのか……」
以前見た〈泥水神器〉の使い手の混成形態や、〈炎竜神器〉の魔王モドキの耐久性はここまでではなかった。
おそらくは〈不動神器〉自体の特性か、器となった人物が強かったからか、はたまた長きに渡り大魔王の眷属として多くの命を奪ってきたからか……ま、そんなところだろう。
「ググゥア、グルゥアアァァーーッ!!」
全身に光剣が刺さった状態のウシュムガルが咆哮すると、ウシュムガルの周囲の空間に大量の魔法陣が出現した。
魔法陣の構成からすると闇属性の攻撃魔法と状態異常魔法のようだ。
戦場である地底空間を埋め尽くす勢いで展開される魔法陣の観察を続ける。
最低でも上級魔法レベルの闇系魔法を瞬時にこれほど発動できるとは。
器になった南方大陸の英雄は剣士と聞いていたが、もしかすると魔法行使能力にも優れていたのかもしれない。
ウシュムガルの魔法が発動する直前、蔦のように杖全体に張り巡らされた金色のルーン文字が美しい黒き神杖〈魔源災戦の賢神杖〉を【無限宝庫】から取り出す。
その直後に発動された数多の魔法へと、凡ゆる魔法に対して反射・否定・干渉・支配することができる基本能力【魔導権源】を発動させた。
賢神杖ガンバンテインの力によって、発動した全てのウシュムガルの魔法が無に帰す。
目の前の光景に一瞬だけウシュムガルの動きが止まったが、すぐに次なる手を打つべく動き出した。
その様子を眺めながら、俺も観察と分析を続けるのだった。




