第336話 南方大陸への降下
◆◇◆◇◆◇
「──綺麗だな」
目の前に何処までも広がる黒き世界は、人の命など容易く奪う死の世界だ。
だが、この無限の虚無とも言える神秘的な光景には、何となく心惹かれてしまう自分がいた。
[特殊条件〈虚無認識〉〈虚空共感〉などが達成されました]
[スキル【外界適性】を取得しました]
[スキル【虚構神秘】を取得しました]
筆舌にし難い気持ちと取得した謎の新規スキルに首を傾げつつ、目の前の宇宙空間から背後の惑星へと身体ごと振り返る。
黒き虚空の景色も良かったが、前世の地球とは大陸の形状の異なる青き星の景色も大変美しい。
こっちはこっちで生命に溢れた世界が広がっていて見応えがあった。
通常の転移魔法や転移能力では何故か宇宙空間へ到達できないが、神域権能級ユニークスキルである【天空至上の雷霆神】の内包スキル【瞬身ノ神戯】の力でならば転移することができた。
帝王権能級ユニークスキル【妖星王眼】の【世界ノ天眼】で認識できる範囲で最も高い座標へと転移してきたのだが、転移先の空間に広がっていた光景には思わず圧倒されてしまった。
ここはただの中継地点だが、来て良かったな。
地上にいる時点から事前に周囲に展開していた多重結界によって息をすることができるが、仮に空気がなくとも【酸素不要】のスキルがあるので大丈夫だったと思われる。
とはいえ、これから向かう先は〈魔王大陸〉とも言われる〈大魔王〉と一体化しているらしい〈南方大陸〉だ。
〈大魔王〉の魔力か何かが原因で【世界ノ天眼】では南方大陸の座標を認識できないため、現状では直接転移することは不可能。
なので、通常なら海を越えて向かうのだが、それでは時間が掛かりそうなので上から直行することにした。
「ふむ。アレが俺の領地などがある中央大陸だから……向こうが南方大陸か。ここから見える限りだと、中央大陸の半分ぐらいの大きさかな?」
大陸それぞれのサイズ感は理解できたが、やはり宇宙空間からの認識程度では転移に必要な座標は認識できないようだ。
「なら、予定通り行くか」
宇宙活動用の多重結界の上から【天空至上の雷霆神】の【天空神ノ光輝】と【隠身ノ神戯】を発動させた。
俺の周囲を絶対防御の光が覆うと、その光ごと俺の姿が完全に見えなくなる。
神域権能級ユニークスキルの不可知化能力であるため、宇宙から降下してきても地上から知覚されることはないだろう。
準備が整うと、さっそく南方大陸に向けて降下を開始した。
【瞬身ノ神戯】に転移能力とは別にある空間歩行能力で大気も何も無い空間を蹴って初速をつける。
頭を地上に向けた状態で大気圏に突入するが、【天空神ノ光輝】の絶対防御の光に包まれているため、衝撃も熱も何も感じない。
だが、流石に空気の断熱圧縮の赤熱化で生じた熱と光が視界の邪魔になっていたので、これらの熱と光を【炎熱吸収】と【雷光吸収】で無力化しておいた。
ここまでで消耗した魔力を、熱と光のエネルギーの魔力変換によってあっという間に回復させつつ、徐々に近付いてきた南方大陸を凝視する。
「取り敢えず、中央大陸側の沿岸部に着陸するか。行け」
降下先を調整しつつ、絶対防御の障壁の一部だけ開いて、そこから俺の影の中にいたカラス型眷属ゴーレムの〈フギンムニン〉を解き放つ。
中央大陸のマップも殆ど埋まってしまって役目を終えていたが、再び役立つ時が来たようだ。
大量のフギンムニン達が南方大陸の空へと羽撃いていくのを横目に見ながら降下していく。
あとはフギンムニン達が【魔賢戦神】の【情報蒐集地図】を使って南方大陸の地図を埋めてくれるだろう。
残り数秒で地面に衝突するというタイミングで【瞬身ノ神戯】の転移を発動させ、降下予定地点のすぐ近くの空中へと移動した。
宇宙空間からの降下に伴い増大していた莫大な落下エネルギーが、転移現象によってリセットされたのを確認してから地面に静かに着地する。
身を守っていた結界を全て解除してから深呼吸を行う。
「……フゥ。大気に問題無し、っと。それにしても、〈星戦〉は発生しなかったな。やはり死んで、いや仮死状態なのか? それとも大陸と同化したことによる弊害か何かか?」
落下中も今も、南方大陸と一体化しているらしい〈創世の魔王〉との〈星戦〉は発生しなかった。
もしかすると〈星戦〉が起こる可能性があると思い至り、南方大陸へ分身体を送るのを止めて本体で来たのだが杞憂だったみたいだ。
「まぁ、好都合だが……お前達は魔王の眷属になるのかな?」
背後に広がる大海原の中から多数の海龍種が姿を現してきた。
〈創世の魔王〉が海龍系と聞いたから眷属かと思ったが、ステータスを視る限りでは魔王の眷属というわけではないようだ。
「全くの無関係ではないとは思うけどな。平均レベル七十とは、船では海上を渡れないわけだ」
海龍達が、竜や龍の種族固有の攻撃手段である龍の息吹を解き放とうとしているのを見据えつつ、腰に佩いた神刀を抜刀した。
三十を超える数の海龍達が、距離に関係なく刹那のうちに真っ二つになった。
[スキル【超高水圧滑閃刃】を獲得しました]
[スキル【魚竜種支配】を獲得しました]
[スキル【海原の支配者】を獲得しました]
ま、この程度の強さの敵ならこんなものか。
それなりに大量の経験値が得られたし新規スキルも得られたが、異大陸だからといって特殊なモノは得られなかったな。
経験値や新規スキルよりも、二振りの神刀〈財顕討葬の神刀〉と〈龍喰財蒐の神刀〉が有する【財ヲ顕ス強欲ノ刃】の能力で獲得できた顕在装具の方が個人的には余程価値がある。
剣や刀、槍、鎧、消費型アイテムなど【財ヲ顕ス強欲ノ刃】で獲得したアイテムを脳内で確認しつつ、海に沈もうとしていた海龍達の死体を全て回収した。
「海の方の地図も必要か。だが、フギンムニンでは魔物から姿は隠せても天候がな……」
追加でフギンムニンを北方の空へと解き放とうかと思ったが、以前もこの海の上空を越えられなかったことを思い出した。
普通のカラスの大きさしかないフギンムニンでは海上の悪天候には耐えられなかった。
海中にいる魔物達のことも含めると、生半可な強さではマップは埋められないだろう。
となると……。
「従魔召喚・セトス」
「偉大なる創造主様がお喚びと伺い、このセトス馳せ参じましたッ!!」
目の前の召喚陣から〈砂海黒骸衣偽魔王〉のセトスが召喚された。
セトスと名付けた目の前の使い魔は、〈地刑の魔王〉の死体を使って生み出したのだが、相変わらずテンションが高い。
「よく来たな、セトス。お前確か、出番を欲しがっていたよな?」
「ハッ。先日の戦において、私の出番が来ることなく終わってしまいましたので……おのれ、ドゥームッ! 後輩だというのに先輩の私よりも偉大なる創造主様のお役に立つとは……」
今のセトスは、魔物である俺の人型使い魔達が、表舞台で活動する時のために用意した黒星騎士用の装備に身を包んでいる。
黒星騎士装備は肌を完全に隠す仕様であるため、骨と皮だけの顔も仮面で見えないが、発言だけでなく声音と仕草だけでも悔しさが伝わってきた。
「続けていいか?」
「あ、申し訳ありません。ゴホン。私めに出番と申しますと?」
「ああ。この海のマップを埋めたくてな。だが、眷属ゴーレムだけでは力不足だから、セトスにはマッピング作業を行う眷属ゴーレムの護衛を任せたい。引き受けてくれるか?」
「おぉ……お任せくださいッ!! 必ずや成し遂げてみせましょう」
大袈裟なぐらい歓喜に身を震わせているセトスをスルーして、手元に【情報蒐集地図】の力を持たせてあるフギンムニンを一羽生み出した。
そのフギンムニンと一緒に一本の長杖もセトスに手渡す。
「マッピングの護衛の間は、この杖も使うといい。以前のお前を倒した時にドロップした杖だから、相性は良いはずだ」
神刀で〈地刑の魔王〉にトドメを刺した際、〈王権地杖セト〉という伝説級最上位の長杖がドロップしていた。
せっかくだから、戦力強化も兼ねてセトスに使わせてやろう。
「お、おぉ……なんという」
「感謝の気持ちは伝わったとも。早く動いてくれるとより嬉しく思うぞ」
「直ちに行って参りますッ!」
フギンムニンを黒いローブの懐に納めると、王権地杖セトを手にしたセトスが北方の海に向かって飛び上がっていった。
砂だけでなく風も操る元魔王の新生使い魔ならば、悪天候の海もそこの魔物にも対処することができるだろう。
中央大陸と南方大陸の間に広がる海のマップはこれで良いとして、俺自身は陸地の方を散策するとしようか。
何か面白いものが見つかるといいんだがな。




