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第335話 南方大陸



 ◆◇◆◇◆◇



 〈浮嬢水軍〉シアン・ウィンディナ。

 どこの国にも属していない珍しいフリーのSランク冒険者であり、フリーの傭兵でもある外見年齢二十歳ほどの天人(ハイラム)族の美少女だ。

 先の戦争で連合軍側で参戦した彼女は敗戦後、アヴァロンに滞在していた。

 直接的な依頼主であったパルディーン商国から、開戦前に依頼料の半分を先に支払われていたようで、滞在中はその金をアヴァロンに落とし続けてくれている。

 そんな彼女は何度も俺との面会を求めて行政府を訪問してきていたが、戦後処理で忙しくて彼女の願いは叶えられなかった。

 そういった案件が一先ず落ち着いたので、漸くシアンとの面会を行なったのだが、彼女から告げられたのは予想だにもしていない内容だった。



「南方大陸への支援、だと?」


「はい。公爵閣下に私の故郷、此方の大陸では南方大陸と呼ばれている地への支援をお願いしたく参りました」



 領主である俺との直接面談だからか、伝え聞くシアンの溌剌とした言動とは違い、落ち着いた礼儀正しい佇まいと口調で告げられた内容について考えた。


 南方大陸。

 またの名は異大陸とも言われているその大陸の存在を知っている者は非常に少ない。

 そして、その少数派の中でも更に一部の者しか使っていない呼称があった。

 その名は〈魔王大陸〉。

 この名の理由は南方大陸が、序列二位の〈大魔王〉である〈創世の魔王〉の支配領域だからだ。

 より正確に言うならば、南方大陸と〈創世の魔王〉は融合していることが理由で魔王大陸と呼ばれている。

 エリュシュ神教国の大神殿に秘蔵されている過去の記録によれば、生きてもいるし死んでもいる状態の特殊な〈大魔王〉らしく、南方大陸という海を越えた先にいるのと一つの大陸と融合できるほどに巨大なのもあって詳細が分かっていない。


 元々は海龍系の〈魔王〉であり、この大陸にて猛威を奮っていたそうだが、当時いた〈勇者〉に撃退されたことで南方の海へと逃げ延び、そこに存在していた大陸に同化したんだとか。

 南方大陸という広大な大地と同化しているのもあって、仮に討伐できたとしてもその際の戦闘の余波や、戦闘後に南方大陸の変化次第では俺達がいる大陸も海に沈むだろう。

 そういった理由から、〈天空大陸〉そのものである序列一位の〈終焉の魔王〉と同様に、〈創世の魔王〉の討伐は実質不可能になっていた。


 シアンはその南方大陸から来たというが、本当なのだろうか?



「この大陸と南方大陸の間に広がる海には様々な障害があるのだが、シアン嬢はどのようにして此方の大陸に来たのだ?」


「私のユニークスキルの力で海を越えてきました。私の水の船は術者である私だけなら人を乗せたままでも飛行できますし、数も多いので囮にも使えます。他にも雨風に干渉することもできますので、天候についても対処が可能でした」


「なるほど」



 この大陸──南方大陸の例に倣うなら〈中央大陸〉と呼ぶべきか──と南方大陸の交流は完全に遮断されている。

 原因は幾つかあり、一つは長距離航海の困難さ。

 これだけならば、まだどうにでもなる問題だが、他の原因が合わさることでその航海の困難さに拍車がかかっていた。

 中央大陸の近海はまだマシだが、南方の海へ向かうにつれて海の魔物が強くなっていくため、海上に浮かぶ船の上で戦い続けるには限界があった。

 更に、海の魔物と同様に空の方でも南方大陸に近づくに連れて悪天候になっており、中央大陸から南方大陸への交流の扉は閉ざされていた。

 

 しかし、シアンのユニークスキル【海洋と幻船の統魔権(ウェパル)】は、中央大陸と南方大陸を隔てる大海を越えるにはピッタリな力を持っている。

 長距離航海については、内包スキル【幻船軍団】にて空を飛行するため問題ない。

 海の魔物についても空を飛んでいくため気付かれる可能性が低く、仮に気付かれても【幻船軍団】の水の艦船は数を用意できるため、シアンが言うように先に進むための囮にも使えるだろう。

 水の艦船の戦闘力も決して低くないため、ある程度の海の魔物なら撃破することも可能だ。

 悪天候についても、【幻船軍団】と同じ内包スキルである【水嵐海主】を使えば解決できる。

 そう考えると、シアンのユニークスキルほど海を越えるのに最適な能力はないだろうな。



「戦場で見させてもらった力ならば確かに可能だろうな。だが、それはシアン嬢が南方大陸出身を裏付ける証拠にはなるまい?」


「……確かに物的証拠はございません。故郷より持ち込んだ物はありますが、中央大陸にも似たような物がありますので証拠にはならないでしょう。ですが、公爵閣下は他人の嘘を見抜けると聞きます。私が嘘をついているか否かはお分かりになられるかと存じます」


「フッ。有名になるのも考えものだな」



 これまでに幾度か相手の嘘を見抜けることを口に出した記憶はあるし隠してもいないため、その噂をシアンが耳にしていたとしても不思議ではない。

 【正義と審判の天罰神(アストライア)】の内包スキル【審判権限(ジャッジメント)】の派生スキル【神罰の瞳】は、元となった【救い裁く契約の熾天使(メタトロン)】の【審判の瞳】と同様に対象の真偽を看破することができる。

 なので、目の前にいるシアンが嘘をついていないことは分かっていた。

 何か他に手札がないかを探るために問い掛けたが、自分自身の明かしている手札によって叶わなくなるとは皮肉だな。



「シアン嬢が南方大陸出身というのは信じよう。だが、南方大陸への支援とやらを国ではなく何故俺に頼むんだ?」



 理由については予想できるが、一先ず彼女自身の口から聞いてみるとしよう。



「強いからです。個人としても勢力としても。他にも財力や、飛空艇を建造する技術力やそれらを運用できる国家に所属しているのも理由です」


「ふむ。確かに色々と条件は揃っているな」



 凡ゆる情報収集手段が通じないのもあって、南方大陸に関して知っていることは少ない。

 空を飛ぶ眷属ゴーレムは、悪天候や海にいる魔物にやられるためマップを広げられず、南方大陸の海域や大陸上空に満ちる魔王のモノと思わしき濃密な魔力によって、千里眼系能力である【妖星王眼(グラムサイト)】の【世界ノ天眼(ワールドアイズ)】の力が阻害されるからだ。

 ただ、シアンのように運良く南方大陸から中央大陸に渡ってきた者が残した情報から、あちらの大陸の環境についてはある程度予想はできる。

 道中の海は勿論だが、魔王大陸と呼ばれるだけあって陸の方も魔境のようだし、個人の武力にせよ勢力の軍事力にせよ特上のモノがなければ支援は続けられないだろう。

 フリーのSランク冒険者兼傭兵として動いていたのも、これらの条件を満たす個人や勢力を中央大陸で探すためだったのかもしれないな。



「支援とはいったが、状況的には軍事的な支援か?」


「はい、仰る通りです。ですが、物資の面でも余裕があるわけではないので、他の支援もしていただけるならば非常に有り難いです」


「そうか。単身海を渡ってきたほどだから、君の愛国心はかなりのモノだろう。だが、君の祖国はまだ存在しているのか?」


「……私が中央大陸に渡って二十年が経っています。年々国力は落ち、他国や魔物によって国土を減らしていましたが、当時の試算で最低でも三十年は保つと言っていたので、まだ間に合うはずです」



 シアンの緊迫した様子から察するに、実際のところは現時点でも微妙なラインなのかもしれないな。

 シアンからの支援要請を受諾するかしないかを判断するためにも、一度南方大陸に乗り込む必要がありそうだ。



「他大陸の国を救うとなれば、その労力やコストは計り知れない。それに対する対価はどう考えているんだ?」


「私が知る限りでは、南方大陸に中央大陸の手は未だ入っていません。国を挙げて公爵閣下が先駆者となるお手伝いをさせていただきます」


「ふむ。先駆者というのは悪くないし、現地の伝手があるのも魅力ではあるが、特に絶対必要というわけではないな」


「御助力いただけるのでしたら私の全てを捧げるつもりです」



 美人かつSランク冒険者であるシアンが俺のモノになるのは魅力的ではあるが、美女にも力にも困ってないんだよな。

 それに、理由はどうあれ女を増やしたら婚約者達が怒りそうだ。



「人身御供は趣味じゃないんだが……まぁ気持ちだけは受け取っておこう。支援を行うに足る理由が南方大陸にあるかを調べるためにも、後日詳しく聞かせてもらう。このまま話を聞きたいところだが、今日は他にも面談予定があってな。今度はこちらから招くから、今日のところは帰ってくれ」


「かしこまりました。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました」



 問答無用で拒否しなかったのもあってか、焦る気持ちを押し隠したままシアンは退室していった。

 まさか南方大陸への支援要請とは思わなかったが、まぁ、向こうについて良いタイミングではあるかな。

 一先ず分身体を送り込むことから始めるとしよう。

 取り敢えずの方針を決めると、別室で待たせているサウラーン王国のゼノヴィア王女の元へと移動するのだった。



 

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