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第333話 黒星騎士と天秤



 ◆◇◆◇◆◇



 黄金都市アヴァロンへ侵攻している連合軍のうち、此度の戦に最も金を掛けているのはパルディーン商国だった。

 これまでパルディーン商国が主導していたゴベール大砂漠の周辺国家の商業圏がアヴァロンに奪われようとしているからだ。

 今以上に既得権益が奪われないように自国の力を示し、戦後の交渉において優位に立つために、彼らは自国の戦力の強化に多額の戦費を投じていた。

 元より所持している国軍に加えて、金に物を言わせて著名な傭兵団や高ランクの冒険者を雇って戦力を充実させており、最終的に連合軍を構成する三ヶ国の中で一番の武力を保有するに至っていた。


 エクスヴェル公爵家の戦力を測るべく、他国が裏で手を回したことによってパルディーン商国には彼らが想定していた以上の戦力が集まった。

 元より彼らはこの戦に勝てるとは思っていなかったが、想定以上の戦力が集ったことで気が大きくなり、このままアヴァロンを攻め落とせるのでは、と思うようになっていた。

 そんな思いを抱いたまま侵攻した結果、攻略目標であるアヴァロンに到達する前に、パルディーン商国は壊滅的な被害を受けようとしていた。


 エクスヴェル公爵軍第三方面軍に配置された白星(はくせい)騎士の一人である三星が放った決戦戯の名は〈猟星刃〉。

 自らのオーラで支配した物質を『刃の猟犬』と化した上で振るわれるこの奥義によって、周辺の砂漠の砂が巨大な刃となって地面を疾りながらパルディーン商国軍に襲い掛かっていく。

 アヴァロンロード上にいるパルディーン商国軍を砂の巨刃が通過する度に数百人単位の被害が出ていた。

 その砂の巨刃は攻撃後も一向に消滅する気配はなく、砂に込められたオーラが尽きるまで何度も襲撃を続ける。

 このままでは文字通り全滅すると思われた次の瞬間、頭上から大量の水の砲撃が放たれ、全ての砂の巨刃が破壊されていった。



「……〈浮嬢水軍〉」



 自らの決戦戯を相殺した相手の二つ名を呟きながら、白星騎士の三星は視線をパルディーン商国軍の頭上へと向けた。

 そこには、砂漠の空だと言うのに半透明の水で構築された艦船が大量に浮かんでいた。

 今の砲撃があの水の船団によるものであることは誰の目にも明らかだった。

 パルディーン商国に雇われた〈浮嬢水軍〉の二つ名で呼ばれるSランク冒険者が持つユニークスキル【海洋と幻船の統魔権(ウェパル)】の力による水の船団の顕現だ。

 内包スキル【幻船軍団】によって生み出された追加戦力ごとパルディーン商国軍を打ち破るべく、三星は次なる奥義を放とうする。

 そんな彼に対して、突如姿を現した第三者が声を掛けた。



「待て。ここからは私が相手をしよう」


「……黒星(こくせい)騎士ですか」



 三星は反射的に槍を振るおうとしたが、声の主の姿を見た瞬間にその正体に気付いて動きを止めた。

 背後に音もなく現れた黒星騎士の首元には、三星が直前で止めた槍の穂先が突き付けられているが、黒星騎士は気にした様子もなく言葉を返した。



「主よりドゥームの名を賜っている。主の望みは白星騎士と黒星騎士の御披露目だ。このまま貴殿らに任せても勝利は間違いないが、それでは我ら黒星騎士の出番がない。だから、ここは譲ってくれないか?」


「……」



 どこか尊大な物言いの黒星騎士ドゥームに思うところはある三星だが、目の前の得体の知れない存在の言うことは尤もであるため、彼に突き付けていた槍を引いてから首肯を返した。



「分かりました。貴方の仰る通りだと思いますので、ここはお譲りましょう」


「感謝する」



 簡潔に礼を述べると、白星騎士と同様に肌の露出が一切ない全身鎧姿の黒星騎士は、パルディーン商国軍に向けて歩いていく。

 腰に佩いた〈必滅なる渇望の刃(ドゥダ・ザリチュ)〉と〈不全なる熱威の刃(ドゥア・タルウィ)〉の二つの短剣を鞘から抜き放つと共に、敵軍を威圧するように抑えていた気配を解放する。

 リオンの使い魔として〈深淵死妖英雄アンディス・エルフィオン偽魔王(・フォルス)〉に新生した古代ドゥームディス帝国の元英雄帝は、上空より放たれてきた大量の水の砲撃へ向かって双剣を振り抜いた。

 【双刃共鳴】と【深淵魔気】によって強化された斬撃は、巨大な黒き刃となって水の砲撃を斬り裂いていく。


 斬り裂かれた水の砲撃を構成していた水は飛散することなく、斬撃に込められた二振りの短剣が持つ力により瞬時に蒸発する。

 黒き斬撃はそのまま水の船団にまで到達し、水の砲撃と同様に直撃した船団をも蒸発させていった。

 〈浮嬢水軍〉の使うユニークスキルは魔権系と呼ばれる体系のユニークスキルだ。

 このユニークスキル群は、リオンが持つ神域権能(ディヴァイン)級ユニークスキル【神魔権蒐星操典(レメゲトン)】の力によって視認するだけでコピーが可能だった。

 コピーされた魔権系ユニークスキルは、第一内包スキル【魔権顕現之書(ゲーティア)】に納められており、その中には密かにコピーされていた〈浮嬢水軍〉の【海洋と幻船の統魔権】もあった。

 故に、〈浮嬢水軍〉が使うユニークスキルの詳細をリオンより予め聞いていたドゥームは、既知である頭上の水の船団からの攻撃にも冷静に対処していた。



「クッ! 死になさいッ!!」



 水の船団の後方から若い女性の声が聞こえた直後、最奥に見える一際巨大な艦船より水を含んだ竜巻が放たれてきた。

 砂漠の上空に発生した暴風雨に対して地上は右往左往しているが、ドゥームに慌てる様子はないばかりか〈浮嬢水軍〉の発言に対してツッコミを入れる様子すらあった。



「既に死んでいるのだがな。いや、主の御力で新生したと言えるのだから、一応生きてはいるし合ってはいるのか?」



 現在の自らの種族はどのような扱いになるのか疑問を抱きつつ、使い魔として主であるリオンを通して使用できる自らのユニークスキル【地下と幽冥の暗黒(エレボス)】の力を発動させる。

 第一の内包スキル【夜闇王権(ニュクス)】によって生み出した膨大な量の闇を全身から放出すると、上空に展開している水の船団と暴風雨に向かって手を翳した。



「【闇の抱擁】」



 第二の内包スキルを発動させると、ドゥームが放出した闇を素材にして構築された闇の手が、空間を越えて水の船団と暴風雨に襲い掛かり、それらを闇に侵していく。

 半透明の水の船体と実体なき暴風雨が徐々に黒く染まっていき、侵蝕が進むにつれて術者の〈浮嬢水軍〉のコントロールを受け付けなくなっていった。



「ちょ、ちょっと待ってよッ!? 何で私の船団が動かせな──」



 大型艦船より聞こえていた〈浮嬢水軍〉の慌てた声が突然途絶える。

 船団の最奥にあった大型艦船の半分は黒く染まっており、その黒く染まった船体の一部が異様に陥没していた。

 聴覚に優れるドゥームの耳は、〈浮嬢水軍〉の声が途絶えると同時に、船内にいたナニカが潰れた音を拾っており、水の船団の術者がどうなったかは明らかだった。

 術者が死んでも闇に侵蝕された水の船団は消滅することはなく、新たな術者となったドゥームの支配を受けて、その砲塔をパルディーン商国軍へと向けた。



「撃て」



 闇の船団と化した元水の船団から放たれたのは、当然の如く水ではなく闇の砲撃だ。

 闇が持つ破壊的な一面が顕れた砲撃は、地上のパルディーン商国軍を次々と蹂躙していった。


 闇の船団から絶えることなく上空から撃ち続けられる砲撃にいつまでも耐えられるわけがなく、程なくしてパルディーン商国軍が降伏した。

 ほぼ同時刻に他の二ヶ国の軍隊も白旗を挙げ、開戦時の半分以下にまで数を減らした連合軍の残存兵は全て捕虜となった。



「ふむ。終わったか」



 空間を裂く派手な演出と共に第一方面軍とジェスム国軍の戦場の上空へと転移してきたのは、エクスヴェル公爵家当主にして黄金都市アヴァロンがあるゴベール大砂漠の領主リオン・ギーア・ノワール・エクスヴェルだった。

 リオンは視線を此度の戦争を様々な手段で観戦している諸外国の目へチラリと向けた後、自軍の兵達へと顔を向けた。

 その視覚は第一方面軍だけでなく、各戦場の第二方面軍と第三方面軍へと向けられている。

 リオン自身の姿は空間系術式によってサウラーン王国軍とパルディーン商国軍との戦場にも届けられており、エクスヴェル公爵軍と連合軍の兵士全てに声と姿が届けられていた。



「我が騎士、並びに兵士達よ。お前達の奮戦の様子は見させてもらった。お前達が日頃どれだけ真面目に修練を行なっているかがよく分かる素晴らしい戦果だった」



 リオンの登場と共に全ての戦場にいるエクスヴェル公爵軍の兵達は、その場に跪いて彼の言葉を傾聴していた。



「此度の三ヶ国による侵攻程度では、お前達の力を十全に振るわせることが出来なかったのは多少心残りではあるが、その力は再び我が領地を侵そうとする者達が出た時に振るってもらうとしよう。後日、全兵に戦果と役職に応じた褒美を取らせる。楽しみにしておいてくれ」


「「「ハッ!!」」」



 エクスヴェル公爵軍から連合軍へと顔を向けたリオンは、自らの声と姿だけでなく各戦場の様子が確認できるように、魔法を使って三ヶ国の曇天の首都上空を背景に超大画面の映像を展開した。



「さて、ジェスム国、サウラーン王国、パルディーン商国の諸君。見ての通り、此度の戦争はこの私、リオン・ギーア・ノワール・エクスヴェルが保有する公爵軍の完全勝利に終わった。連合軍は約四万の兵数を半分以下にまで減らした一方で、我が軍の兵はただの一人も数を減らしていないことからも、我が軍の完全勝利という言葉が事実であることは異論はあるまい」



 遠方にある三ヶ国の首都に広がる混乱を確認しながら、リオンは言葉を続ける。



「此度の連合軍が侵略行為は誠に遺憾だ。我らは手を取り合い、共に繁栄の礎を築けると思っていたのだが……まさか我が都市への破壊工作を行うとはな」



 今も向けられている諸外国の目に対する警告も兼ねて一連の騒動の発端が何かが告げられる。

 三ヶ国の首都上空に発生していた異常気象の理由が、アヴァロンへの破壊工作報復であることに気付いていたのは極一部のみだったが、リオンのこの発言によって多くの人々が気付くことになった。

 勿論、異常気象がリオンによる報復であることに気付いていない者の方が多いが、この発言によってリオンが多大な利を得られることに変わりはない。

 懐から三通の書状を取り出すと、映像でも見えるように晒してから一瞬で姿を消した。



「三ヶ国の首脳部はたった今送った書状に書かれた日付にアヴァロンへ来い。来なければ、我が軍が各国へ逆侵攻を仕掛けさせてもらう。その時は我が軍の真の力をお見せしよう」



 眼下にいる連合軍の残存兵を威圧するように気配を発すると同時に、各国の首都上空に広がる曇天の空から雷鳴を轟かせ、人のいない場所へと落雷を降らせた。

 各国首都と連合軍の残存兵達の反応に満足したリオンは、それらを鎮めると彼らが少しでも平静を取り戻すのを待ってから最後の仕掛けを行う。



「……さて、連合軍の諸君。君たちも不幸だったな。国の上層部の不始末によって戦に駆り出され、多くの戦友を失ったのだから。これを観ている者達の中には家族や友人を失った者達もいるだろう。はじめに私が告げた、共に繁栄の礎を築きたいというのは嘘ではない。だが、このままではその輝かしい未来に一抹の不安が生じてしまうだろう。だから、喜べ。これは今回限りの特別処置だ」



 神域権能級ユニークスキル【正義と審判の天罰神(アストライア)】の内包スキル【天秤の星法】が発動し、各国の軍との戦線である戦場全域の上空に超巨大な黄金の術式陣が展開される。

 武装解除され、各戦場にて一箇所に集められていた連合軍の兵士達の武装の全てが粒子状に解けていく。

 それだけは対価には全く足りないため、映像が地上を向いているのを確認してからリオンは手元に多数のアイテムを取り出した。

 予め生み出しておいた超希少な高級アイテムも対価として上空の術式陣に捧げると、発生させる事象と対価が釣り合ったことで超巨大術式陣が一際強い光を発する。


 上空の超巨大術式陣から黄金の光が戦場に降り注ぐ。

 大地に伏した連合軍の兵士達の死体が黄金の光に照らされ、その損壊の激しい肉体が復元されていく。

 戦場に散らばった同一人物の肉片は一つに集まり、元通りの形の人体へと回帰する。

 再生ではなく回帰であるため、連合軍の兵士達の魂を源にして肉片一つ残っていない者達の身体も復元されていく。

 やがて、各戦場に散った二万以上の兵士達が一人残らず蘇生された。


 目を覚まして自らが生き返ったことに気付いた者達も、その光景を目にした者達も今日起こったことは生涯忘れることはない。

 そして、その奇跡を祖国にいる者達へと話さずにはいられなくなるのは自然なことだ。

 文字通りの生き証人である彼らの口から、今日のことは多くの人々へと伝えられるだろう。

 仮に各国が緘口令を敷こうとも、四万もの兵達が実体験した出来事を話すことを止めることは出来ない。



「連合軍の全兵士達よ。戦友達を連れて国へ帰るといい。二度と敵対することがないよう願っているぞ」



 神の如き奇跡を目の当たりにした兵士達は、誰から命じられたわけでもなく、蘇生された兵士達共々全員が頭上に佇むリオンへと深く頭を下げるのだった。


 

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